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9章 聖妃覚醒

95話 この想いに重さはいらない

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「またなんか考えてんのか?」

 警戒してくるアスタフェルに、ワタシは質問で返した。

「ワタシの野望は覚えているか?」

「薬草だけでできた薬を広める、だろ。魔女が魔力を込めた薬はよく効くが、それは魔女の命を削るということだから」

「そうだ。薬草だけの薬でもかなりの効力があることを人々に広めれば、ちゃんと受け入れてもらえると……そう信じている」

 そうやって、魔力の使いすぎで若くして亡くなった我が師匠アリアネディアの仇をとりたいと――ずっと、それが目標だった。

「この身が聖妃だと知らされたところでそれは変わらない。さすがにびっくりはしたが、それより納得した部分のほうが大きいし」

「大した胆力だが……納得って?」

「いろいろなことだよ。例えばオマエのこととか」

 そもそもの最初のことも、それで説明がつく。

 アスタのような大物がワタシのような魔女の召喚に応じたのは、ワタシが聖妃だから。
 召喚一番殺そうとしてきたのは、ワタシが天敵シフォルゼノの妻であり、つまりは彼の敵だから。

 本来ならば魔王なんて召喚すればあっという間に魔力を枯渇させて死ぬはずなのに未だピンピンしているのは、聖妃としての力をアスタの保全に使っているから。

「あの……それは、その、すまなかった。確かに最初は殺すために……けどほんと、なんか好きになってて。お前がほんと、可愛くて……。教えたらお前はシフォルゼノの元に行ってしまうのではないかと……すまん……」

「別に怒ってないよ。気持ちは分かるし」

 特に、裏があったはずなのにいつの間にか好きになってたってやつ。恥ずかしながらワタシもそうだし。

「でも正直、もっと早く教えてくれていたらとは思う。そうしたら聖妃であることを有効に活用できたのに。ワタシが聖妃だという事実はかなり強力な武器だから」

 ワタシはふぅっとため息をついた。

「なんて我ながら偉そうなことを言ってるが、まあ多分信じなかったと思うよ。魔王がまた変なこと言い出した、くらいでさ。この宝石で決定的な変化が起こって、はっきりと聖騎士にお前は聖妃だと宣言されたから認めざるを得なくなったってだけで。それだって実感なんかないんだから」

 聖妃というのは天にいて、たまに人間として転生してくるというが……。ワタシには肝心な、天にいた時の記憶なんか無い。
 本当に聖妃なのか疑わしいところもあるが、あの聖騎士の態度を見る限りでは、担がれているわけではなさそうである。

 自分の正体への認識はその程度のものだ。

 あくまでも、ワタシは力なき魔女のジャンザである。十七年間これで生きてきたのは伊達ではない。

 そんなワタシがたまたま手に入れたのが聖妃の力、というだけのことだ。

「いずれにせよ、ワタシがすることに変わりはないんだ。地道に薬草薬を人々に広めようとしていたところに王子様と出会い、彼を利用しようと作戦を変更したのと同じことだ。ワタシが聖妃だというんなら、それを利用するだけ。ワタシにとっては、この変化はそういうことさ」

「俺の立場でこんなこというのはなんだけど、お前って本当になにかを利用することしか考えてないんだな……」

「褒め言葉として受け取っておく」

「でもさ、前の変化では、なんだかんだあったけどアーク王子ではなく俺をとったんだよな。てことはお前が聖妃だと明かされた今後も、前の変化と同じように俺をとる。違うか?」

 その言葉には答えずに、ワタシはテーブルの上を見渡した。

 乱雑に放り出された大きなリュックと、アスタフェルの私物、そして純潔なる白き砂糖菓子が如く甘く気高いエプロンドレスとフリルカチューシャ……。
 彼は一旦はワタシの言いつけを守り、魔界に帰るために荷物をまとめていたのだ。

 その光景を思い浮かべると、胸が締め付けられる。
 朝にここを出た時には、ワタシたちは新婚旅行に行こうだとか和気あいあいとしていた筈なのに……。

「一度はオマエを捨てようとしたのは事実だ。ワタシからしたプロポーズをあんなふうに破棄したのは……悪かったと思っている」

「ショック大きかったぞ、あれ。はっきり言ってな」

「すまなかった」

「破棄ってないんだよな? 婚約?」

「……もうちょっと、魔王らしい貫禄のある言葉遣いを心がけてみては?」

「破棄ってないよな? 俺達、ちゃんと結婚するんだよな? 今度も俺を取るよな? シフォルではなく、俺を……」

 人の言葉も聞かずに心配そうに聞いてくる。しかし背がデカいくせによくもこんな器用に彼より背の低いワタシに対して上目遣いができるもんだ。

 まあ、心配だよな、それは。

 確かにワタシは王子から彼を遠ざけるため、別れを覚悟した。

 だが目の前でアスタフェルが消えようとしたとき、ワタシは何がなんでも彼をこの世界に留めようとしたんだ。

 矛盾が過ぎて、自分で自分がよく分からないが……。

 それでもたった一つだけ通った芯がある。それは、アスタフェルのことが、世界で一番大切だということ。

 ……王子の愛人になるという目的のためでもなく、なりたての聖妃として風の魔王アスタフェルを利用するためでもなく。

 ただ、彼が好きだから。

 なんの裏もなく、衝動に突き動かされて。離れがたいこの思いのままに……風の魔王をこの世界に留めるため、ワタシのそばにいさせるために。必死に行動した結果が目の前にある。

 これが、ワタシの本心。

 彼を離したくない。たったこれだけの純化した想いが、この状況を作り出したのだ。

「……当たり前だろ。オマエはワタシのものだ。ずっと一緒にいよう、死ぬまで離さない。愛してる。改めて言うよ。ワタシと結婚してほしい、アスタフェル」

「ああ……」

 有翼有角の魔王は目を瞑り、テーブルにもたれかかった。

「聞くたびに熱烈。ああ、シフォルに聞かせたいわ。祝福してくれるかな……。おも……へ……。いい子だぞ、ジャンザは……」
「おいナニ言いかけた」

 白い指で涙を拭う素振りを見せるアスタに思わず突っ込みを入れる。

「……すまん、感動しすぎてつい緩くなってしまった。許せ、面白くて変な我が妻よ」

「言ったなオマエ。それよくハッキリ言ったな。しかし二回目なのにそんなに感じ入れるもんなのか?」

「いいんだよ。毎日毎時毎秒毎刹那、寝るときも起きるときも何してても聞いてたいんだよ。お前の愛の言葉にはその価値がある。だから毎日毎時毎秒毎刹那俺にプロポーズしろ」

「はいはい。結婚してください」

 適当に答えた。
 この状態の彼をまともに相手にするのは意味がない。

 話を進めよう。

「だから、アスタ――」
「ジャンザ、今すぐ」

 ワタシたちは同時に喋りだし、そして。

「一緒にシフォルゼノに入信してくれ」「俺と一緒に魔界に逃げて式を挙げよう」

 声が、綺麗に重なった。




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