63 / 117
8章 舞踏会への招待
61話 迷った魔王:アスタフェル視点三人称1/3
しおりを挟む
アスタフェル視点三人称になります
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時間は、少しだけ遡る。
(迷った……だと……)
アスタフェルは入り組んだ廊下を当てもなく歩きながら途方に暮れていた。
どこかの下士官かと思われるような黒い立襟の質素な服を着ているが、これは小間使いの少女たちと擦った揉んだの末に着たものである。
せっかくの舞踏会だ。本当はもっと派手で洒落た服を着たかったのに、用意されていたのはこの飾り気のない軍服風の服だけだったのだ。
もっといい服はないのかと問うたのに、他のお客様とのことがありますので、と小間使いの少女たちは頑としてこの服を譲らなかった。
仕方なくこれを着ると、今度は長い白銀の髪を丁寧にブラッシングされぎりぎりとポニーテールに結われた。
出来上がりを鏡に映してみれば、そこには世にも美しい魔王がいた。
黒一辺倒の地味な下士官風の服なのだが、高く結われた輝く銀の髪、澄んだ空色の瞳、人の目を引きつけて放さない整った顔立ち、そしてすらりと長い手足。すべてが高貴さと傲慢さを兼ね備えた人の上に立つ者の風格を漂わせているのだ。
少女たちは礼装させた男が魔王だとも知らず、自分たちの手腕に満足した様子だった。
早々に準備が終わったアスタフェルは、舞踏会会場の大広間に放り出された。
そして待っていたのはジャンザではなく、お年頃の淑女たちの大群であった。
目を輝かせた淑女たちがアスタフェルに突進してきて取り囲み、矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。名前やら家族やら、決まった人はいるのかやら。
名はアフェル、家族はいない、決まった人はいる。
そんなふうに答えながら、それでもアスタフェルは楽しかった。
根っからのお祭り好きで楽しいことが好きな明るい性分である。魔界にいたころは、よく舞踏会を開いて遊んでいた。それを思い出したのだ。やはり、こんなふうに沢山の人と話すのは楽しい。
最近ずっとジャンザと二人っきりだったから。それはそれで幸せなのだが、やはり大勢の人と楽しく話すのも好きなのだ。
取り囲んでいる女性たちもアスタフェルが有力貴族の血筋ではないと知ると、ただ話を楽しむだけになっていった。
そんなふうにお喋りを楽しんでいると、視線を感じた。
ジャンザが人混みの遠くから、自分を見ていた。
アスタフェルは驚いた。
それほどまでに、彼女は美しかった。
翡翠色のドレスは、胸のあたりはきゅっとしていて、スカートはふわふわしていた。なのに全体的な感じではすっきりしたデザインで、それが背が高いジャンザによく似合っていた。
華麗だった。あくまでも品良く、ジャンザの持つ、輝くような生命力を際立たせている。それに隠れた品の良さや儚さをもうまく引き出していた。
まあジャンザは何を着ても可愛いのだが。
思わず名を呟くが、ぱっと、ジャンザは顔を俯かせて背を向けてしまった。そのまま走り去る。
えっ、と思った。ジャンザの顔が、まるで泣き出す寸前だったから。
ジャンザを追って女性たちの輪を突っ切って舞踏会会場の大広間を出たまではよかった。
しかし、今では完全にジャンザを見失ってしまった。
なんでいきなり逃げ出したのか?
彼女の顔を思い出すと、胸がきゅっと締め付けられる。
顔を悔しそうに歪めて、あと少しで涙をこぼしそうな顔をしていた。あんな顔、ずっと一緒に生活していたのに初めて見た。
なんだかよく分からないが嫌われたのかもしれない。
だから早く追いついて、理由を聞いて、言い訳して、あの柔らかな薄緑のドレスごと抱きしめて、安心したかった。
なのに。
まさか見失い、しかも迷うとは。
いつの間にか人気すらなくなっている。完全に迷い込んでしまった。
せめて会場に戻ることができれば……。
「お客人、どうされました」
柔らく爽やかな男性の声がアスタフェルを呼び止める。
「おお、いいところに。ちょっと迷ってな。舞踏会の会場ま……で……」
案内してくれないか、と。
言いながら振り向いたアスタフェルは、しかしその男の姿を認めて最後まで言葉を紡ぐことができなかった。
ある意味今最も会いたくない相手だった。
うめくような声で、魔王は旧知のその名を呼んだ。
「シフォル……!」
「おっと。ここではキーロンだよ」
シフォルゼノ教聖騎士団の白い騎士服を着た背の高い金髪の男は、唇の前に一本指を立て空色の瞳でにこりと微笑む。
風の神シフォルゼノ。風の魔王アスタフェルの対となる存在、その本人。それが彼だった。
「なんの用だ。ジャンザは渡さんからな!」
「ご挨拶だね、図書館では見逃してやったのに」
「あんなもので恩を売ったつもりか。えらくシンプルな姿になりおって、今のお前など強そうでもなんでもないわ!」
この城の図書館で司書騎士の少女と密会しようとしたときのことだ。
聖騎士エンリオが邪魔して、そこに使いのものとしてエンリオの部下が来たのだが――それがなぜか、シフォルゼノ自身だった。シフォルゼノの信徒も、司書騎士も、ジャンザも――誰も気づかなかった。が、姿形が変わっても、アスタフェルにはバレバレだった。
何より驚いたのは、その姿だった。
この前の戦争(天地開闢したとき)で見たシフォルゼノは、羽が何千枚と生えた羽根車の上に頭がポンと乗っているというような、よく訳の分からない姿だったのに。
それが目の前に現れたのは、歳の頃はアスタフェルの外見より少し年上の二十歳そこそこの青年だったのである。
あのとき、アスタフェルは慌ててジャンザを遠ざけた。
風の聖妃として生まれたジャンザだ。本物のシフォルゼノをその目で見てしまったら、風の聖妃としての運命が覚醒してしまうかもしれないから。
「強そうとか関係ないんじゃない? 中身同じだし。君はそんなに変わってないね」
「変える必要性を感じないからな」
アスタフェルは生まれてからずっと人間に近い容姿に角と四枚の翼という出で立ちであった。角と翼を隠してしまえば人間と同じであり、今もってそこ以外いじっていない。――元神族としての美しさが良くも悪くも目立ちすぎることに、アスタフェル自身は気付いてすらいないのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時間は、少しだけ遡る。
(迷った……だと……)
アスタフェルは入り組んだ廊下を当てもなく歩きながら途方に暮れていた。
どこかの下士官かと思われるような黒い立襟の質素な服を着ているが、これは小間使いの少女たちと擦った揉んだの末に着たものである。
せっかくの舞踏会だ。本当はもっと派手で洒落た服を着たかったのに、用意されていたのはこの飾り気のない軍服風の服だけだったのだ。
もっといい服はないのかと問うたのに、他のお客様とのことがありますので、と小間使いの少女たちは頑としてこの服を譲らなかった。
仕方なくこれを着ると、今度は長い白銀の髪を丁寧にブラッシングされぎりぎりとポニーテールに結われた。
出来上がりを鏡に映してみれば、そこには世にも美しい魔王がいた。
黒一辺倒の地味な下士官風の服なのだが、高く結われた輝く銀の髪、澄んだ空色の瞳、人の目を引きつけて放さない整った顔立ち、そしてすらりと長い手足。すべてが高貴さと傲慢さを兼ね備えた人の上に立つ者の風格を漂わせているのだ。
少女たちは礼装させた男が魔王だとも知らず、自分たちの手腕に満足した様子だった。
早々に準備が終わったアスタフェルは、舞踏会会場の大広間に放り出された。
そして待っていたのはジャンザではなく、お年頃の淑女たちの大群であった。
目を輝かせた淑女たちがアスタフェルに突進してきて取り囲み、矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。名前やら家族やら、決まった人はいるのかやら。
名はアフェル、家族はいない、決まった人はいる。
そんなふうに答えながら、それでもアスタフェルは楽しかった。
根っからのお祭り好きで楽しいことが好きな明るい性分である。魔界にいたころは、よく舞踏会を開いて遊んでいた。それを思い出したのだ。やはり、こんなふうに沢山の人と話すのは楽しい。
最近ずっとジャンザと二人っきりだったから。それはそれで幸せなのだが、やはり大勢の人と楽しく話すのも好きなのだ。
取り囲んでいる女性たちもアスタフェルが有力貴族の血筋ではないと知ると、ただ話を楽しむだけになっていった。
そんなふうにお喋りを楽しんでいると、視線を感じた。
ジャンザが人混みの遠くから、自分を見ていた。
アスタフェルは驚いた。
それほどまでに、彼女は美しかった。
翡翠色のドレスは、胸のあたりはきゅっとしていて、スカートはふわふわしていた。なのに全体的な感じではすっきりしたデザインで、それが背が高いジャンザによく似合っていた。
華麗だった。あくまでも品良く、ジャンザの持つ、輝くような生命力を際立たせている。それに隠れた品の良さや儚さをもうまく引き出していた。
まあジャンザは何を着ても可愛いのだが。
思わず名を呟くが、ぱっと、ジャンザは顔を俯かせて背を向けてしまった。そのまま走り去る。
えっ、と思った。ジャンザの顔が、まるで泣き出す寸前だったから。
ジャンザを追って女性たちの輪を突っ切って舞踏会会場の大広間を出たまではよかった。
しかし、今では完全にジャンザを見失ってしまった。
なんでいきなり逃げ出したのか?
彼女の顔を思い出すと、胸がきゅっと締め付けられる。
顔を悔しそうに歪めて、あと少しで涙をこぼしそうな顔をしていた。あんな顔、ずっと一緒に生活していたのに初めて見た。
なんだかよく分からないが嫌われたのかもしれない。
だから早く追いついて、理由を聞いて、言い訳して、あの柔らかな薄緑のドレスごと抱きしめて、安心したかった。
なのに。
まさか見失い、しかも迷うとは。
いつの間にか人気すらなくなっている。完全に迷い込んでしまった。
せめて会場に戻ることができれば……。
「お客人、どうされました」
柔らく爽やかな男性の声がアスタフェルを呼び止める。
「おお、いいところに。ちょっと迷ってな。舞踏会の会場ま……で……」
案内してくれないか、と。
言いながら振り向いたアスタフェルは、しかしその男の姿を認めて最後まで言葉を紡ぐことができなかった。
ある意味今最も会いたくない相手だった。
うめくような声で、魔王は旧知のその名を呼んだ。
「シフォル……!」
「おっと。ここではキーロンだよ」
シフォルゼノ教聖騎士団の白い騎士服を着た背の高い金髪の男は、唇の前に一本指を立て空色の瞳でにこりと微笑む。
風の神シフォルゼノ。風の魔王アスタフェルの対となる存在、その本人。それが彼だった。
「なんの用だ。ジャンザは渡さんからな!」
「ご挨拶だね、図書館では見逃してやったのに」
「あんなもので恩を売ったつもりか。えらくシンプルな姿になりおって、今のお前など強そうでもなんでもないわ!」
この城の図書館で司書騎士の少女と密会しようとしたときのことだ。
聖騎士エンリオが邪魔して、そこに使いのものとしてエンリオの部下が来たのだが――それがなぜか、シフォルゼノ自身だった。シフォルゼノの信徒も、司書騎士も、ジャンザも――誰も気づかなかった。が、姿形が変わっても、アスタフェルにはバレバレだった。
何より驚いたのは、その姿だった。
この前の戦争(天地開闢したとき)で見たシフォルゼノは、羽が何千枚と生えた羽根車の上に頭がポンと乗っているというような、よく訳の分からない姿だったのに。
それが目の前に現れたのは、歳の頃はアスタフェルの外見より少し年上の二十歳そこそこの青年だったのである。
あのとき、アスタフェルは慌ててジャンザを遠ざけた。
風の聖妃として生まれたジャンザだ。本物のシフォルゼノをその目で見てしまったら、風の聖妃としての運命が覚醒してしまうかもしれないから。
「強そうとか関係ないんじゃない? 中身同じだし。君はそんなに変わってないね」
「変える必要性を感じないからな」
アスタフェルは生まれてからずっと人間に近い容姿に角と四枚の翼という出で立ちであった。角と翼を隠してしまえば人間と同じであり、今もってそこ以外いじっていない。――元神族としての美しさが良くも悪くも目立ちすぎることに、アスタフェル自身は気付いてすらいないのだが。
0
お気に入りに追加
402
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ヤンデレ騎士団の光の聖女ですが、彼らの心の闇は照らせますか?〜メリバエンド確定の乙女ゲーに転生したので全力でスキル上げて生存目指します〜
たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
攻略キャラが二人ともヤンデレな乙女ーゲームに転生してしまったルナ。
「……お前も俺を捨てるのか? 行かないでくれ……」
黒騎士ヴィクターは、孤児で修道院で育ち、その修道院も魔族に滅ぼされた過去を持つ闇ヤンデレ。
「ほんと君は危機感ないんだから。閉じ込めておかなきゃ駄目かな?」
大魔導師リロイは、魔法学園主席の天才だが、自分の作った毒薬が事件に使われてしまい、責任を問われ投獄された暗黒微笑ヤンデレである。
ゲームの結末は、黒騎士ヴィクターと魔導師リロイどちらと結ばれても、戦争に負け命を落とすか心中するか。
メリーバッドエンドでエモいと思っていたが、どっちと結ばれても死んでしまう自分の運命に焦るルナ。
唯一生き残る方法はただ一つ。
二人の好感度をMAXにした上で自分のステータスをMAXにする、『大戦争を勝ちに導く光の聖女』として君臨する、激ムズのトゥルーエンドのみ。
ヤンデレだらけのメリバ乙女ゲーで生存するために奔走する!?
ヤンデレ溺愛三角関係ラブストーリー!
※短編です!好評でしたら長編も書きますので応援お願いします♫
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる