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7章 怪我をした犬を全力で助ける魔女
34話 魔女、活路を見出す
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★ 魔女、活路を見出す
「ジャンザ……」
突然、ワタシの肩はアスタフェルに揺すられた。白いが思いのほかしっかりした男の指ががっしりと肩に食い込んでくる。
涙に濡れた明るい空色の瞳がワタシを見て、それから犬を見た。
「この犬を助けよう。今すぐに。俺の力を持ってすればたやす――」
「バカッ」
ワタシは慌てて彼の口を手で塞いだ。
本当にこいつはいきなりすぎて心臓に悪い。
「言われんでも助けるつもりだ。だからオマエはとりあえず黙っていろ」
「……そうだな。なにをモタモタしているのかと思っていたのだが……俺はお前を信じよう」
ずっと鼻をすすり、ワタシの手のひらの下で魔王はにやりと笑ってみせた。
鼻水が手につきそうな気がして手を離すと、すぐに彼の整った鼻梁から鼻水が垂れてきた。間一髪かよ。せっかくの整った顔が台無しだ。
しかし、本当にどうすればいいんだ。
やはりワタシが間違っているのだろうか。
いや、命は助けられるんだ。歩けなくなるだけで。
でもピューラは馬車の伴走犬だ。歩ける――どころか走れないといけない。
夫人はピューラが歩けなくなってもいいと言ってくれたけれど。それに夫人には、もしピューラが死んだとしても受け入れる覚悟がある。
それでもピューラがこうなってしまった原因である親子の罪を問わず、彼らを解放してくれた。その恩には報いたい。
何より子供の命を救ったこの犬のためにも、再び走れるようにしてあげたい。
夫人に見られることなんか気にせず、魔王の力を使ってこの子を助けたほうがいいのか? また、走れるように。
でもそうしたら、ワタシが力を持ったことを貴族たちに知られてしまう。そうすれば、今ように気軽にリザ宮に入り込むことすらできなくなるかもしれない。
ワタシは力なき魔女で、それが今のところ王子に近づきさせやすくしているのだから。
皮肉なことだ。魔女が魔力を使わずにすむようにしたいのに、降って湧いた魔力のことでこんなに悩むなんて。
本当に、どうすれば。
師匠……。
師匠の話をしたからか、頭の中に師匠の笑顔が浮かんでいた。
髪の色が珍しくて、銀色なのに薄い空色に見える不思議で綺麗な髪の毛だった。たくさんの苦労をしてきたはずなのに、澄んだ濃い紫の瞳はいつも優しかった。綺麗で、若くて……魔力を使いすぎて死んだ師匠。
ワタシは師匠の仇が取りたいんです。
魔法薬には魔女の寿命が入っているのだと、その魔女の献身が当たり前だと思わないでほしいと。ワタシたちだって生きているんだということを、知ってほしいんです。
だから、人々に魔力なんか入っていない薬草のみの薬を広めたいんです。薬草のみの薬だって、ちゃんと効くんだって。自分たちでもいくらでも作ることはできるんだって。
そのために権力がいるんだ。だから王子様と結婚する必要があるんです。
別に魔法を使っちゃいけないとはいってない、今みたいに重傷なら使えばいい。要は頼り切らなければいいんだ。魔力と薬草を併用するってことを人々に知ってほしいんんだ。
チリ、と、額のあたりに何かが触れた気がした。
この感覚。ワタシはいま、忘れてはならない、すごく重要なことを考えた気がする。
なんだ、それは。
師匠……師匠、お願い、導いて。お願い師匠……師匠!
在りし日の、師匠をありありと思い出す。
焚き火を囲んだあの夜。
師匠の傍らでは使い魔・銀の大鴉フィナが寝ている。フィナは夜が早かった。それにずっと師匠と一緒だった。師匠が死んだ今も……。
『ジャンザは魔力が低いからね』
『魔法を使うより、こうやって薬草に魔力を籠めるほうがいいわね。うん、それでやっていきましょう』
『薬草っていうのはね、それぞれ違った効力があるの。私たち魔女が魔力を籠めると、その本来持っている力が何倍にもふくれあがって、とーってもよく効くお薬になるのよ。たとえばこのサイゲ。これはこのままでも喉の症状によく効くんだけど、魔力を込めれば何倍にも効くようになるわ。それが魔法薬っていわれるものの正体。これならもとからある力を引き出すだけだから、ジャンザにもできるわ』
『魔力を籠めるとね、たくさんの薬草を同時に使ったときの効力が何倍にもなるの。すごいでしょ? でもいっぱい使えばいいってわけでもないのよ。症状を見て、使う量を見極めてあげるのも魔女のお仕事なの』
『私たち魔女は直接人間を癒やすことが難しいんだけど、動物ならちゃんとできるのよ。なんていうか、治ろうとする力を後押しすることができるの。不思議でしょ? きっと動物って、人間がどこかに忘れてきてしまったもの持っているのね。私たち魔女の力を受け入れる、器、みたいなのをね』
そうだ。
たくさんの薬草を使えば効力は増す。
単純なことだ、魔力というのは質と量が正比例するのだ。たくさんの魔力を込められた薬草――魔法薬を使えば、それだけ効く。
それに人間ではない動物ならば、魔女の魔力はよく効く。
それなら……。
「奥様。この子は必ず、ワタシが歩けるように治します」
「本当? ジャンザさん……」
「おお、俺の魔力ふぉっ」
奴の口を再び手のひらで塞いだ。
こいつは本当に……。
「ワタシの魔力で。目算がたった。ワタシなら、できる」
エベリン夫人に魔王の力を使えると知られないために。
薬草薬を広めるために、王子様と結婚するために。
……ワタシはきっと、どこかで間違っている。
それでも死ぬ気で、この犬を助けよう。再び走れるようにしてあげよう。
自分だけの魔力ですると、決めたんだ。
それが、ワタシの仕事だ。
* * *
「ジャンザ……」
突然、ワタシの肩はアスタフェルに揺すられた。白いが思いのほかしっかりした男の指ががっしりと肩に食い込んでくる。
涙に濡れた明るい空色の瞳がワタシを見て、それから犬を見た。
「この犬を助けよう。今すぐに。俺の力を持ってすればたやす――」
「バカッ」
ワタシは慌てて彼の口を手で塞いだ。
本当にこいつはいきなりすぎて心臓に悪い。
「言われんでも助けるつもりだ。だからオマエはとりあえず黙っていろ」
「……そうだな。なにをモタモタしているのかと思っていたのだが……俺はお前を信じよう」
ずっと鼻をすすり、ワタシの手のひらの下で魔王はにやりと笑ってみせた。
鼻水が手につきそうな気がして手を離すと、すぐに彼の整った鼻梁から鼻水が垂れてきた。間一髪かよ。せっかくの整った顔が台無しだ。
しかし、本当にどうすればいいんだ。
やはりワタシが間違っているのだろうか。
いや、命は助けられるんだ。歩けなくなるだけで。
でもピューラは馬車の伴走犬だ。歩ける――どころか走れないといけない。
夫人はピューラが歩けなくなってもいいと言ってくれたけれど。それに夫人には、もしピューラが死んだとしても受け入れる覚悟がある。
それでもピューラがこうなってしまった原因である親子の罪を問わず、彼らを解放してくれた。その恩には報いたい。
何より子供の命を救ったこの犬のためにも、再び走れるようにしてあげたい。
夫人に見られることなんか気にせず、魔王の力を使ってこの子を助けたほうがいいのか? また、走れるように。
でもそうしたら、ワタシが力を持ったことを貴族たちに知られてしまう。そうすれば、今ように気軽にリザ宮に入り込むことすらできなくなるかもしれない。
ワタシは力なき魔女で、それが今のところ王子に近づきさせやすくしているのだから。
皮肉なことだ。魔女が魔力を使わずにすむようにしたいのに、降って湧いた魔力のことでこんなに悩むなんて。
本当に、どうすれば。
師匠……。
師匠の話をしたからか、頭の中に師匠の笑顔が浮かんでいた。
髪の色が珍しくて、銀色なのに薄い空色に見える不思議で綺麗な髪の毛だった。たくさんの苦労をしてきたはずなのに、澄んだ濃い紫の瞳はいつも優しかった。綺麗で、若くて……魔力を使いすぎて死んだ師匠。
ワタシは師匠の仇が取りたいんです。
魔法薬には魔女の寿命が入っているのだと、その魔女の献身が当たり前だと思わないでほしいと。ワタシたちだって生きているんだということを、知ってほしいんです。
だから、人々に魔力なんか入っていない薬草のみの薬を広めたいんです。薬草のみの薬だって、ちゃんと効くんだって。自分たちでもいくらでも作ることはできるんだって。
そのために権力がいるんだ。だから王子様と結婚する必要があるんです。
別に魔法を使っちゃいけないとはいってない、今みたいに重傷なら使えばいい。要は頼り切らなければいいんだ。魔力と薬草を併用するってことを人々に知ってほしいんんだ。
チリ、と、額のあたりに何かが触れた気がした。
この感覚。ワタシはいま、忘れてはならない、すごく重要なことを考えた気がする。
なんだ、それは。
師匠……師匠、お願い、導いて。お願い師匠……師匠!
在りし日の、師匠をありありと思い出す。
焚き火を囲んだあの夜。
師匠の傍らでは使い魔・銀の大鴉フィナが寝ている。フィナは夜が早かった。それにずっと師匠と一緒だった。師匠が死んだ今も……。
『ジャンザは魔力が低いからね』
『魔法を使うより、こうやって薬草に魔力を籠めるほうがいいわね。うん、それでやっていきましょう』
『薬草っていうのはね、それぞれ違った効力があるの。私たち魔女が魔力を籠めると、その本来持っている力が何倍にもふくれあがって、とーってもよく効くお薬になるのよ。たとえばこのサイゲ。これはこのままでも喉の症状によく効くんだけど、魔力を込めれば何倍にも効くようになるわ。それが魔法薬っていわれるものの正体。これならもとからある力を引き出すだけだから、ジャンザにもできるわ』
『魔力を籠めるとね、たくさんの薬草を同時に使ったときの効力が何倍にもなるの。すごいでしょ? でもいっぱい使えばいいってわけでもないのよ。症状を見て、使う量を見極めてあげるのも魔女のお仕事なの』
『私たち魔女は直接人間を癒やすことが難しいんだけど、動物ならちゃんとできるのよ。なんていうか、治ろうとする力を後押しすることができるの。不思議でしょ? きっと動物って、人間がどこかに忘れてきてしまったもの持っているのね。私たち魔女の力を受け入れる、器、みたいなのをね』
そうだ。
たくさんの薬草を使えば効力は増す。
単純なことだ、魔力というのは質と量が正比例するのだ。たくさんの魔力を込められた薬草――魔法薬を使えば、それだけ効く。
それに人間ではない動物ならば、魔女の魔力はよく効く。
それなら……。
「奥様。この子は必ず、ワタシが歩けるように治します」
「本当? ジャンザさん……」
「おお、俺の魔力ふぉっ」
奴の口を再び手のひらで塞いだ。
こいつは本当に……。
「ワタシの魔力で。目算がたった。ワタシなら、できる」
エベリン夫人に魔王の力を使えると知られないために。
薬草薬を広めるために、王子様と結婚するために。
……ワタシはきっと、どこかで間違っている。
それでも死ぬ気で、この犬を助けよう。再び走れるようにしてあげよう。
自分だけの魔力ですると、決めたんだ。
それが、ワタシの仕事だ。
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