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6章 魔王とエプロンドレスとエプロンドレスと魔女
27話 新しい扉 ※最後に暗めの急展開アリ
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※最後に暗めの急展開があります
★ 新しい扉
香辛料の香りが漂う角を曲がると、思いのほかすぐそばでアスタフェルが壁に寄りかかっていた。
傍らに荷物を降ろして、腕を組んでいる。
「待たせた」
「おお、帰ったか。用事はすんだか?」
「ああ」
頷く。……内心、とてもドキドキしていた。本当にアスタフェルは喜んでくれるのだろうか……?
「じゃあ香辛料買うか。あれだろ?」
と彼が形の良い顎で示す先には、簡単なテントを張っただけの香辛料屋がある。
店先にはさまざまな香辛料が並び、そのすべてが混じり合った独特の香りが漂ってくる。
「いや……、いいんだ。もう帰ろう」
もうお金がないし……。
「あれで最後なんだろ? どうせなら用事は全部済ましてしまおうではないか」
「アスタ……」
ワタシは彼の顔を見上げた。アスタフェルはさっと顔を赤らめ、視線を惑わせる。
「なっ、なんだよそんな顔して。金の無心か? いっとくけど俺もうちょっとしか持ってないからな! それで足りるならいいが」
「オマエに……」
ワタシは言いよどんだ。家に帰ってからこれを渡そうかと思っていたのだが……。
買うと宣言していたものを買わずに帰るのは不自然だし、アスタフェルが疑問に思うのも当然である。
その疑問を解決するにはこれを見せるのが一番だ。
ワタシは一度、つばを飲み込んだ。これはなかなか勇気のいる告白だった。
「オマエに、あげたいものがある」
「え。ええっ!?」
彼は更に顔を赤らめると、キョロキョロと周囲を見回した。
「こんな天下の往来でいきなりそんな……」
それから手を顎に持っていき、深く考え込むような仕草をする。
「いや、そうだな、うん。お前の勇気、この魔王がしっかと受け止めねばなるまい。元来俺もそのつもりな訳だし」
納得したらしく、居住まいを正して長い両腕をワタシに向けて開いた。
「ジャンザ、来い」
「ああ、行くぞ」
ドキドキしながら、肩掛けカバンから包みを取り出した。包みはその中のものに見合うような艶やかな赤いリボンで十字に飾られている。
ワタシはそれを、彼の手に持たせた。
「……? これは?」
「オマエにあげる」
「……あ、そうなのか。うん……でも嬉しいぞジャンザ。これを買いに行ってくれてたのか」
「まあ、そういうことだ。それを買ったからお金が……足りなくなって……」
恥ずかしくて語尾が小さくなる。アスタフェルに金は大事に使えなんて言っておいてこれだからな……。
白銀の魔王は微笑むと、リボンに指をかけた。
「開けていいか?」
「ここでか?」
「こういうのはすぐに開けたくなる性分なんだ」
「ああ、そんな感じするよなオマエ」
ワタシの許しも待たず、彼はするするとリボンを解いた。
もちろん中から出てきたのは――。
「おお、これは……」
アスタフェルの顔が輝く。もちろん、出てきたのはエプロンドレスである。
「こんなものまでも。分かっているな、ジャンザ」
とフリルカチューシャを指先で撫でる魔王。
「ああ。やっぱりそれにはそれがいるかと……」
というかそれが買った決め手だ。
「ありがとうジャンザ、大事にす……え、ん、あれ。これ俺へのプレゼントなんだよな???」
「そうだが」
彼は真顔でワタシの目を見つめた。
「……俺が着るのか、これ」
「欲しがってたからそうなのかと……」
アスタフェルの反応が微妙だ。もしかしたらそんなに欲しくなかったのだろうか。
そんな……。
ワタシたちはしばらく無言で見つめ合った。しかし、ワタシは内心焦っていた。
ワタシは失敗したのか……?
彼はポツリと言う。
「新しい扉が開いたら、責任取ってくれるか?」
「ワタシに取れる責任の取り方でよければ」
彼は少しうつむいた。目に昏い光を宿らせ、ぐっとフリルカチューシャを握りしめる。
「その言葉……忘れるなよジャンザ。よかろう。このアスタフェル、全力全開で新しい扉を開け放とうではないか!」
「良かった……」
思わず安堵の言葉が口をついて出る。
なんだかよく分からないが、とりあえずアスタフェルが喜んでくれたのは彼の顔がニヤけているのを見れば分かる。
それに――。
彼のエプロンドレス姿(フリルカチューシャ付きの完全体だ)をこの眼で実際に見ることができるなんて。こういうのを眼福というのだろう。まだ見たわけではないから眼福待ちか。
……が。
ワタシたちの幸せな空気は、そこまでだった。
目の前を一人の男が走り抜けていく。それを追って一人、また一人と、次々と人が走っていく。
「なんだ……?」
アスタフェルが漏らすのと同時に、人々の声がワタシの耳に届いた。
「貴族の馬車に子供が撥ねられたってよ! 子供は血まみれだそうだ!」
はっと息を呑む。
思わずアスタフェルを見ると、彼も先程までの活き活きとした表情から打って変わって緊張した面持ちになっていた。
「ジャンザ――」
「行くぞアスタ!」
「ああ!」
ワタシたちは地に置いた荷物もそのままに駆け出した。人々が行く方向へと。
ワタシは魔法で人を癒やすことはできない……それができるほど魔力は高くない。だが応急処置くらいならできる。だから……。
どうか、子供の怪我が大したことありませんように。
* * *
★ 新しい扉
香辛料の香りが漂う角を曲がると、思いのほかすぐそばでアスタフェルが壁に寄りかかっていた。
傍らに荷物を降ろして、腕を組んでいる。
「待たせた」
「おお、帰ったか。用事はすんだか?」
「ああ」
頷く。……内心、とてもドキドキしていた。本当にアスタフェルは喜んでくれるのだろうか……?
「じゃあ香辛料買うか。あれだろ?」
と彼が形の良い顎で示す先には、簡単なテントを張っただけの香辛料屋がある。
店先にはさまざまな香辛料が並び、そのすべてが混じり合った独特の香りが漂ってくる。
「いや……、いいんだ。もう帰ろう」
もうお金がないし……。
「あれで最後なんだろ? どうせなら用事は全部済ましてしまおうではないか」
「アスタ……」
ワタシは彼の顔を見上げた。アスタフェルはさっと顔を赤らめ、視線を惑わせる。
「なっ、なんだよそんな顔して。金の無心か? いっとくけど俺もうちょっとしか持ってないからな! それで足りるならいいが」
「オマエに……」
ワタシは言いよどんだ。家に帰ってからこれを渡そうかと思っていたのだが……。
買うと宣言していたものを買わずに帰るのは不自然だし、アスタフェルが疑問に思うのも当然である。
その疑問を解決するにはこれを見せるのが一番だ。
ワタシは一度、つばを飲み込んだ。これはなかなか勇気のいる告白だった。
「オマエに、あげたいものがある」
「え。ええっ!?」
彼は更に顔を赤らめると、キョロキョロと周囲を見回した。
「こんな天下の往来でいきなりそんな……」
それから手を顎に持っていき、深く考え込むような仕草をする。
「いや、そうだな、うん。お前の勇気、この魔王がしっかと受け止めねばなるまい。元来俺もそのつもりな訳だし」
納得したらしく、居住まいを正して長い両腕をワタシに向けて開いた。
「ジャンザ、来い」
「ああ、行くぞ」
ドキドキしながら、肩掛けカバンから包みを取り出した。包みはその中のものに見合うような艶やかな赤いリボンで十字に飾られている。
ワタシはそれを、彼の手に持たせた。
「……? これは?」
「オマエにあげる」
「……あ、そうなのか。うん……でも嬉しいぞジャンザ。これを買いに行ってくれてたのか」
「まあ、そういうことだ。それを買ったからお金が……足りなくなって……」
恥ずかしくて語尾が小さくなる。アスタフェルに金は大事に使えなんて言っておいてこれだからな……。
白銀の魔王は微笑むと、リボンに指をかけた。
「開けていいか?」
「ここでか?」
「こういうのはすぐに開けたくなる性分なんだ」
「ああ、そんな感じするよなオマエ」
ワタシの許しも待たず、彼はするするとリボンを解いた。
もちろん中から出てきたのは――。
「おお、これは……」
アスタフェルの顔が輝く。もちろん、出てきたのはエプロンドレスである。
「こんなものまでも。分かっているな、ジャンザ」
とフリルカチューシャを指先で撫でる魔王。
「ああ。やっぱりそれにはそれがいるかと……」
というかそれが買った決め手だ。
「ありがとうジャンザ、大事にす……え、ん、あれ。これ俺へのプレゼントなんだよな???」
「そうだが」
彼は真顔でワタシの目を見つめた。
「……俺が着るのか、これ」
「欲しがってたからそうなのかと……」
アスタフェルの反応が微妙だ。もしかしたらそんなに欲しくなかったのだろうか。
そんな……。
ワタシたちはしばらく無言で見つめ合った。しかし、ワタシは内心焦っていた。
ワタシは失敗したのか……?
彼はポツリと言う。
「新しい扉が開いたら、責任取ってくれるか?」
「ワタシに取れる責任の取り方でよければ」
彼は少しうつむいた。目に昏い光を宿らせ、ぐっとフリルカチューシャを握りしめる。
「その言葉……忘れるなよジャンザ。よかろう。このアスタフェル、全力全開で新しい扉を開け放とうではないか!」
「良かった……」
思わず安堵の言葉が口をついて出る。
なんだかよく分からないが、とりあえずアスタフェルが喜んでくれたのは彼の顔がニヤけているのを見れば分かる。
それに――。
彼のエプロンドレス姿(フリルカチューシャ付きの完全体だ)をこの眼で実際に見ることができるなんて。こういうのを眼福というのだろう。まだ見たわけではないから眼福待ちか。
……が。
ワタシたちの幸せな空気は、そこまでだった。
目の前を一人の男が走り抜けていく。それを追って一人、また一人と、次々と人が走っていく。
「なんだ……?」
アスタフェルが漏らすのと同時に、人々の声がワタシの耳に届いた。
「貴族の馬車に子供が撥ねられたってよ! 子供は血まみれだそうだ!」
はっと息を呑む。
思わずアスタフェルを見ると、彼も先程までの活き活きとした表情から打って変わって緊張した面持ちになっていた。
「ジャンザ――」
「行くぞアスタ!」
「ああ!」
ワタシたちは地に置いた荷物もそのままに駆け出した。人々が行く方向へと。
ワタシは魔法で人を癒やすことはできない……それができるほど魔力は高くない。だが応急処置くらいならできる。だから……。
どうか、子供の怪我が大したことありませんように。
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