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深夜ラジオ
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学生のころ、わたしは深夜放送のラジオ番組を聞くのが好きだった。
真っ暗な部屋で布団をかぶりながら眠いのを我慢して聞くラジオ放送は格別で、日付が変わるころから朝方の放送までぶっとうしでラジオを聞き続けていた。
特に好きだったのは『白洲コウセイのぶっかけラジオ』という番組で、深夜2時から3時までの一時間を不定期に放送するゲリラ的な番組だった。
いつやるかわからない放送。
新聞の中面にあるラジオ欄で必死に探しても見つからない。
この放送は本当にゲリラ的にやるため、ラジオ欄には別の番組名が書かれていたりするのだ。
そのため、2時から3時までのラジオ放送を毎日聞き逃さないように注意をしていた。
そもそも、白洲コウセイって、誰だよ。
まずはそこからの話となる。
当時は、いまのようにインターネットがそれほど一般的ではなかった。
いまであれば『白洲コウセイ』と検索をすれば、すぐにその人物に関する情報がヒットするわけだが、当時は雑誌などで探すしか手段がなかった。
だから、白洲コウセイが何者なのかは、わからなかった。
顔も知らない、年齢、職業、普段は何をしている人間なのかもわからない。
白洲コウセイは謎に満ちた人物なのだ。
ただひとつだけ言えることは、白洲コウセイのトークはめちゃくちゃ面白かったということだ。
『白洲コウセイのぶっかけラジオ』は、曲かけない、ハガキ読まない、CM流さないといったコンセプトの番組で、深夜2時から3時の間、白洲コウセイがぶっ通しでトークをし続けるという番組だった。
トークの内容はどうしょうもないバカ話や時事ネタに関する話、深夜ということもあって、ちょっとえっち話もあれば、怖い話などの時もあり、バラエティーに飛んだトークを白洲コウセイは繰り広げていた。
わたしが最後に白洲コウセイの番組を聞いたのは、いつだっただろうか。
おそらく、受験直前のことだったはずだ。
受験勉強に集中するためにラジオを封印する。
そして、そのままラジオを聞くことはなくなっていった。
なぜ白洲コウセイのことをわたしが思い出したのかといえば、動画サイトを見ていた時に、おすすめ動画のところに白洲コウセイのラジオ番組を録音したものが出てきたためだった。
もちろん映像はなかった。真っ暗な画面で音声が流れるだけのものであったが、白洲コウセイの軽快なトークを聞いているうちに、聞いていた当時のことを色々と思い出していた。
動画サイトに放送を投稿していた人物は、白洲コウセイのラジオ番組をたまたま録音していて、それを音声ファイル化して動画投稿サイトにアップしたとコメントが書かれていた。
コメント欄には「懐かしい」というコメントが数件あるだけで、PV数は20回にも満たない状態だった。
みんな、白洲コウセイを知らないのか。と、ちょっとがっかりした。
他にも白洲コウセイの動画はないのか、動画投稿サイトなどを中心に探してみたがみつかるのは一度見た動画サイトのリンクだけであり、他には見つけることはできなかった。
どうしても、白洲コウセイのラジオをもう一度聞きたい。
わたしはそんな欲求に駆られていた。
もう一度、白洲コウセイのトークを聞きたい。
白洲コウセイの声が聴きたい。
その欲求は日に日に強くなっていった。
『突然のDM失礼します。アップしていた白洲コウセイの放送を聞かせていただきました。とても懐かしく、当時のことを思い出しながら聞きました。ところで、他に白洲コウセイの放送を持っていたりしないでしょうか。もっと、白洲コウセイの放送を聞きたいです』
わたしは動画のアップ主にDMを出して、他にも白洲コウセイの放送を持っていないか聞いてみた。普段であれば、そんなことをしたりはしないのだが、どうしても白洲コウセイのラジオ放送を聞きたかったのだ。
DMの返事はすぐには来なかった。
毎日のようにDMをチェックしては、同じ白洲コウセイの放送を聴く。
毎回、同じトークなのに毎回笑える。
こんなに楽しいのは、いつ以来だろうか。
インターネットで白洲コウセイについて、色々と調べてみた。
結果は、なにも得ることは出来なかった。
もう引退してしまったのだろうか。
ここまで情報が出てこないと、そんなことを考えてしまう。
ここまで恋焦がれているというのに、白洲コウセイのトークが聴けないというのは拷問に近かった。
ようやくDMの返信が来た。
そのDMを見たとき、わたしは飛び上がるような思いだった。
「DMありがとうございます。白洲コウセイを知っている人がいたのでびっくりしています。じつは、まだ白洲コウセイの放送を録音したものがあります。ずっとアップしようか迷っていました。もしよければ、その音声ファイルを送りましょうか?」
「本当ですか。ぜひ聞いてみたいです。わたしも白洲コウセイのことを知っている人がいて驚いています。本当にうれしいです」
そんなDMのやり取りをし、白洲コウセイの放送の録音データを送ってもらえることとなった。
翌日、すぐにDMの返事があった。
そのDMにはURLが記載されており、ファイルをその場所にアップしたと書かれていた。
わたしはすぐにお礼のDMを出し、そのURLから音声ファイルをクリックした。
音声ファイルをダウンロードする際にポップアップで「中毒者続出。いまならまだ引き返せるぞ」という文字が出てきた。なにかの広告だろう。わたしは出てきたポップアップをすぐに閉じて、音声ファイルをスマートフォンにダウンロードした。
音声ファイルは間違いなく『白洲コウセイのぶっかけラジオ』の放送だった。
放送は通勤の電車の中で聞いた。
イヤフォンから流れる白洲コウセイのトークにわたしは笑いをこらえながら電車に揺られていた。
もしかしたら、周りの人からにやにやして気持ち悪い奴だなとか思われていたかもしれない。
でも、気にしなかった。白洲コウセイの放送が聴けるという幸せがあるのだから。
放送は1時間では終わらなかった。
だから、毎日聴いた。
さすがに仕事中は聴けなかったので我慢したが、帰りの電車では仕事のストレスを発散するかのように白洲コウセイの放送を聴き続けた。
放送が聴きたいがために、同僚からの飲み会の誘いも断った。
家でもずっと白洲コウセイの放送を聴いていた。
白洲コウセイの放送を聴くために、寝る時間を削った。
寝なくても、白洲コウセイの放送が聴けるのであれば、なにも問題はなかった。
仕事でミスをした。
上司に怒られたが、白洲コウセイの放送のおかげでなんとかなった。
白洲コウセイがいれば、わたしは何でも乗り切れた。
仕事にも行かなくても大丈夫になった。
白洲コウセイが聴ければ、わたしは大丈夫だ。
食事を取らなくなった。
白洲コウセイが聴ければ大丈夫だった。
白洲コウセイが聴ければ、何もしなくて大丈夫だ。
白洲コウセイ。
白洲コウセイ。
白洲コウセイ。
白洲コウセイ。
白洲……。
目を開けるとわたしは病院のベッドの上にいた。
わたしが目を開けたことで、隣に座っていた母が泣きながら抱きついてきた。
わたしの身体にはたくさんの管が通されていた。
「どうして泣いているの」
わたしは母に語り掛けようとしたが、声は出なかった。
「だいじょうぶだよ、おかあさん。
わたしは大丈夫。
だって、白洲コウセイの放送が聞こえているから」
真っ暗な部屋で布団をかぶりながら眠いのを我慢して聞くラジオ放送は格別で、日付が変わるころから朝方の放送までぶっとうしでラジオを聞き続けていた。
特に好きだったのは『白洲コウセイのぶっかけラジオ』という番組で、深夜2時から3時までの一時間を不定期に放送するゲリラ的な番組だった。
いつやるかわからない放送。
新聞の中面にあるラジオ欄で必死に探しても見つからない。
この放送は本当にゲリラ的にやるため、ラジオ欄には別の番組名が書かれていたりするのだ。
そのため、2時から3時までのラジオ放送を毎日聞き逃さないように注意をしていた。
そもそも、白洲コウセイって、誰だよ。
まずはそこからの話となる。
当時は、いまのようにインターネットがそれほど一般的ではなかった。
いまであれば『白洲コウセイ』と検索をすれば、すぐにその人物に関する情報がヒットするわけだが、当時は雑誌などで探すしか手段がなかった。
だから、白洲コウセイが何者なのかは、わからなかった。
顔も知らない、年齢、職業、普段は何をしている人間なのかもわからない。
白洲コウセイは謎に満ちた人物なのだ。
ただひとつだけ言えることは、白洲コウセイのトークはめちゃくちゃ面白かったということだ。
『白洲コウセイのぶっかけラジオ』は、曲かけない、ハガキ読まない、CM流さないといったコンセプトの番組で、深夜2時から3時の間、白洲コウセイがぶっ通しでトークをし続けるという番組だった。
トークの内容はどうしょうもないバカ話や時事ネタに関する話、深夜ということもあって、ちょっとえっち話もあれば、怖い話などの時もあり、バラエティーに飛んだトークを白洲コウセイは繰り広げていた。
わたしが最後に白洲コウセイの番組を聞いたのは、いつだっただろうか。
おそらく、受験直前のことだったはずだ。
受験勉強に集中するためにラジオを封印する。
そして、そのままラジオを聞くことはなくなっていった。
なぜ白洲コウセイのことをわたしが思い出したのかといえば、動画サイトを見ていた時に、おすすめ動画のところに白洲コウセイのラジオ番組を録音したものが出てきたためだった。
もちろん映像はなかった。真っ暗な画面で音声が流れるだけのものであったが、白洲コウセイの軽快なトークを聞いているうちに、聞いていた当時のことを色々と思い出していた。
動画サイトに放送を投稿していた人物は、白洲コウセイのラジオ番組をたまたま録音していて、それを音声ファイル化して動画投稿サイトにアップしたとコメントが書かれていた。
コメント欄には「懐かしい」というコメントが数件あるだけで、PV数は20回にも満たない状態だった。
みんな、白洲コウセイを知らないのか。と、ちょっとがっかりした。
他にも白洲コウセイの動画はないのか、動画投稿サイトなどを中心に探してみたがみつかるのは一度見た動画サイトのリンクだけであり、他には見つけることはできなかった。
どうしても、白洲コウセイのラジオをもう一度聞きたい。
わたしはそんな欲求に駆られていた。
もう一度、白洲コウセイのトークを聞きたい。
白洲コウセイの声が聴きたい。
その欲求は日に日に強くなっていった。
『突然のDM失礼します。アップしていた白洲コウセイの放送を聞かせていただきました。とても懐かしく、当時のことを思い出しながら聞きました。ところで、他に白洲コウセイの放送を持っていたりしないでしょうか。もっと、白洲コウセイの放送を聞きたいです』
わたしは動画のアップ主にDMを出して、他にも白洲コウセイの放送を持っていないか聞いてみた。普段であれば、そんなことをしたりはしないのだが、どうしても白洲コウセイのラジオ放送を聞きたかったのだ。
DMの返事はすぐには来なかった。
毎日のようにDMをチェックしては、同じ白洲コウセイの放送を聴く。
毎回、同じトークなのに毎回笑える。
こんなに楽しいのは、いつ以来だろうか。
インターネットで白洲コウセイについて、色々と調べてみた。
結果は、なにも得ることは出来なかった。
もう引退してしまったのだろうか。
ここまで情報が出てこないと、そんなことを考えてしまう。
ここまで恋焦がれているというのに、白洲コウセイのトークが聴けないというのは拷問に近かった。
ようやくDMの返信が来た。
そのDMを見たとき、わたしは飛び上がるような思いだった。
「DMありがとうございます。白洲コウセイを知っている人がいたのでびっくりしています。じつは、まだ白洲コウセイの放送を録音したものがあります。ずっとアップしようか迷っていました。もしよければ、その音声ファイルを送りましょうか?」
「本当ですか。ぜひ聞いてみたいです。わたしも白洲コウセイのことを知っている人がいて驚いています。本当にうれしいです」
そんなDMのやり取りをし、白洲コウセイの放送の録音データを送ってもらえることとなった。
翌日、すぐにDMの返事があった。
そのDMにはURLが記載されており、ファイルをその場所にアップしたと書かれていた。
わたしはすぐにお礼のDMを出し、そのURLから音声ファイルをクリックした。
音声ファイルをダウンロードする際にポップアップで「中毒者続出。いまならまだ引き返せるぞ」という文字が出てきた。なにかの広告だろう。わたしは出てきたポップアップをすぐに閉じて、音声ファイルをスマートフォンにダウンロードした。
音声ファイルは間違いなく『白洲コウセイのぶっかけラジオ』の放送だった。
放送は通勤の電車の中で聞いた。
イヤフォンから流れる白洲コウセイのトークにわたしは笑いをこらえながら電車に揺られていた。
もしかしたら、周りの人からにやにやして気持ち悪い奴だなとか思われていたかもしれない。
でも、気にしなかった。白洲コウセイの放送が聴けるという幸せがあるのだから。
放送は1時間では終わらなかった。
だから、毎日聴いた。
さすがに仕事中は聴けなかったので我慢したが、帰りの電車では仕事のストレスを発散するかのように白洲コウセイの放送を聴き続けた。
放送が聴きたいがために、同僚からの飲み会の誘いも断った。
家でもずっと白洲コウセイの放送を聴いていた。
白洲コウセイの放送を聴くために、寝る時間を削った。
寝なくても、白洲コウセイの放送が聴けるのであれば、なにも問題はなかった。
仕事でミスをした。
上司に怒られたが、白洲コウセイの放送のおかげでなんとかなった。
白洲コウセイがいれば、わたしは何でも乗り切れた。
仕事にも行かなくても大丈夫になった。
白洲コウセイが聴ければ、わたしは大丈夫だ。
食事を取らなくなった。
白洲コウセイが聴ければ大丈夫だった。
白洲コウセイが聴ければ、何もしなくて大丈夫だ。
白洲コウセイ。
白洲コウセイ。
白洲コウセイ。
白洲コウセイ。
白洲……。
目を開けるとわたしは病院のベッドの上にいた。
わたしが目を開けたことで、隣に座っていた母が泣きながら抱きついてきた。
わたしの身体にはたくさんの管が通されていた。
「どうして泣いているの」
わたしは母に語り掛けようとしたが、声は出なかった。
「だいじょうぶだよ、おかあさん。
わたしは大丈夫。
だって、白洲コウセイの放送が聞こえているから」
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