それはもう愛だろ

ゆん

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友郎

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 バナナボートを出て、近いのはピンクマーメイドだなぁ、なんて考えながらマリの歩くペースに合わせて歩いた。

「どこでもいいか?」
「なぁーにがですかぁー?」
「ホテル」
「はいはいーどぉこでも!もぉーどぉーこでも!」

 調子よくでけー声で答えてくれたのは良いけどさぁ、もう、眼鏡の向こうの目の大きさ、半分くらいになってんのよ。やべー予感したよな。そのうち、左腕の中のマリがどんどん重くなってきてさ。子泣きじじいかよ、と思いながらもう一度覗き込むと、マリは完全に目を瞑ってて。

「こら!マリ!寝るな!」
「は、はあい!」

 一瞬目を開けたものの、経験で分かる。こりゃダメだって。そんなオチありかよぉー……

 そうこうするうちに、ふしゅっと空気が抜けたみたいにマリの体が下がって、反射的に支えた腕にコイツの全体重がかかった。重!!寝た。マジに。

「マ~~~リ~~~~」

 ちっこくっても全脱力の大人の男はそこそこ重い。おんぶしようにも完全に寝ちまって背中に乗ってくんねーし、仕方なく眼鏡をとって肩に担いでタクシーを拾った。

 行先は自分ち。後部座席にマリを寝かせて自分は助手席に乗って、やっと一息つく。何やってんだ……こういうシチュエーションが経験ないからだとしても……今日初めて会って、数時間喋っただけの相手をさ。交番に預けるっつーのもアリじゃん。普通に。

 でもなんか、面倒見てやんなきゃいけねー気分だったんだよな。もともとそんな性格でもないのにさぁー……アレだな。岡ちゃんだ。岡ちゃんの呪い。じとーっとしたあの目付きが言ってたんだよ。最後まで面倒みろって。

 思い出すわー……ガキん頃、犬飼いたいってお袋に頼んだ時、「最後までお世話できないでしょ」ってソッコー却下されたの。やっぱ岡ちゃんは保護者だな。





 自宅マンションにタクシーが到着すると、そこからまた肉体労働。だるんだるんに力が抜けたマリを肩に担いでエレベーターに乗ってさ。タクシーの運ちゃんも、エレベーターを一緒に待った知らねー女も、なんかちょー不審げにチラチラ俺を見てんの。こっちは介抱してんのにさー……

 内心ブツブツ言いながら、やっとの思いで自宅のドアを開けると、玄関にマリを下ろして大きく息を吐き出した。

「あーーーーしんど!」

 サイドジップのブーツを脱いで、すーすー寝てるマリを見下ろす。小造りな丸顔はやっぱり犬っころみたいで、ストライクゾーンからは外れてる。ただ……なんかおもろいからな。コイツ。性欲って言うより、反応が見たいっていう好奇心を刺激するっつーか。

 マリをベッドへ運び、窮屈そうなネクタイを取って第一ボタンを外すと、意外にもそれなりにそそるもんがあった。そのままふたつ、みっつとボタンを外してってシャツを全開にすると、清潔感の代表みたいな白いタンクトップ──あくまで下着としての生地感の──が現れて、あまりにもらしすぎて笑ってしまう。

 きちんとスラックスの中へ押し込まれてるそいつの裾を引っ張り出し上へまくり上げて、そこに現れた薄い色の乳首を、その大きさを確かめるように舌でくすぐりながらしゃぶった。

 マリはまるで無反応で……すーかーすーかー寝てる顔見てたら、ふっと笑いが漏れた。寝てるとこヤっても面白くねーし、今日んとこは諦めるさ。ほんと変な巡り合わせだな。連れ込んでなんもしねーなんて、何年振りだろ。

 連れ込む前提のデカいベッドに並んで寝転がって、やっと吸えるタバコに火をつける。頭ン中の無音。浮かんでくる幾何学模様をぼーっと追っかけながら揺れる煙を眺めて、隣の犬が立てる寝息の平和さにこっちまで眠くなってくる。寝るか……風呂にも入ってねぇけど、まーいいや……明日も休みだし……





 翌朝……ションベンに行きたくなって起きて、口のねばつきが気持ち悪くてハミガキをしてた。そしたらドン!ってすげぇ音がして、何だ?と思って寝室に行ったら、マリがフローリングにべしゃっと潰れてて……と思ったらすぐにガバッと起き上って俺の顔を目を眇めてじーっと見た。

「友郎さん……ですよね……」
「ああ」
「どうしましょう……何も覚えてません……」
「あぁ?どこから覚えてねーの?」

 シャコシャコ歯を磨きながら言うと、「バナナボートを出てから……それから……」って頭を抱えて、次にはまたピョコンと飛び上がって「今何時ですか!?」と部屋をきょろきょろした。

 部屋に時計を置いてねぇから、中に入ってベッド脇のサイドボードに置いてたスマホを覗いて「8時半」と教えてやると、途端にヤバイって顔になって傍に置いてたバッグとジャケットを引っ掴んであわあわし始めた。

「どどどどどーしよう、ちこ、ちこく……」

 シャツのボタンは外れたまんま、下着のタンクトップは出たまんま。それで玄関に向かってまさかのそのまま外に行こうとするっていう慌てぶり。

「待てって。お前、せめてボタンは留めろよ」
「ああっ!ほんとだっ」

 バッグとジャケットを放り出して半べそ顔でボタンを留めてんの見てたら……昨日に引き続き、自分でもよく分かんねー感じに気が向いて、「送ってやろっか?」って言ってた。

「渋滞考えたら電車とトントンくらいだろうけど、取りあえず途中で飯買って食ったり出来んだろ」
「えっえっいいんですかっ?」
「休みだし。いーよ」
「お願いします~~ありがとうございます~~~」

 眼鏡を掛けてないマリの視線はピントが俺に合ってんだか合ってないんだか分かんない感じで、それもどんくさいコイツらしくて。車のキーを掴んで家を出ながら、エレベーターの待ち時間に眼鏡を返した。

「そっか!よく見えないと思ったら」
「はは、気づけよなー」

 おもろいヤツ。なんかちょっと別の意味ではまりそー。


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