笑顔の向こう側

ゆん

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同棲編

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 塩味のキス。重なって離れたら透くんが追って来て、ゆらゆら揺れながら何度もそれを繰り返した。濡れた透くんにしがみついて、キラキラした海面を目の端に映して。

 それからひとしきり泳いで、ふたりして砂浜に戻って休憩をした。冷たいお茶とポテトチップス。特にお喋りはしなかった。絶え間ない波の音を聞きながら、永遠にも続く海の寄せては返すその白い泡立ちをただ見つめてた。

 お昼には家に戻ってそうめんを湯がいて食べ、その後は和室に転がってお昼寝。何しろ昨日の夜は眠れなかったものだから、がっつりと。ようやくふたりの目が覚めたのは夕方だった。

 日が傾いて一日が終わりに近づいたことを示すような、明るいようで暗くなっている不思議な色を空に見て、もう一度海に行こう、と外に干していた水着を着た。数時間ですっかり乾いたそれは体に熱を込めるようで、一度はもういいと思うまで遊んだ海へ、早く飛び込みたくなる。

 浜へ下りていくと、ついさっきまでまだ明るさを保ってたのにもう薄暗い。崖は夕闇にシルエットになりつつあって、でも右手の岩場の向こう側はまだ昼で、まるで隣り合ったこっちとは違う時間の流れを持っているみたいだ。

 それはとても幻想的だった。同時に、少し不安を掻き立てるような、怖いような気持ちにもなった。真上の空は青く澄んで、海の向こうへ帰ろうとしてる太陽の周りはうっすらと赤みを帯びて来てる。昼間は透き通るようだったブルーグリーンの海は主役を空に譲るように暗い水色へと変わっていた。

 僕はまだまだ熱の残る砂浜に裸足で立ち、いよいよ夕焼けていく空を見つめてた。

「入んないの?」

 少し先を歩いてた透くんが、波打ち際で僕を振り返った。夕陽を背にした透くんの輪郭が際立つ。刻一刻と空気まで染めそうなほど、空が赤くなっていく。足を波が洗うと、少しずつ足の下の砂がさらわれてくすぐったい。透くんに追いついて、隣に並んで、まるで溶鉱炉で溶かされた鉄みたいにじりじりと輝く太陽をふたりで見てた。

 すると突然、透くんが上に着てたラッシュガードのチャックを下ろして前をはだけた。そして少し僕から離れるように海の中へ歩みを進めてラッシュガードを脱ぎ、僕を振り返った。

「怖い?」

 透くんが晒した裸の上半身は、紗がかかったようになってあの肌の質感を伴わない。僕はゆっくりと近づいて彼の肌に触れ、確かめるように目を近づけて、胸の真ん中に唇を押し付けた。

「怖くない」

唇で分かる、確かな体温。彼も僕も生きているという当たり前の実感。

「こうやってシチュエーションもロケーションも違う場所で見ていけば、平気になるかもな」
「うん……そうかも」
「あんたも脱げよ。気持ちいいから」

 透くんが僕のラッシュガードを裾からぺろんとめくり上げて引っ張り、でも両腕にフィットしたそれがなかなか抜けなくて、お互いに波を散らして笑いながら僕は両腕を前へ突き出し、透くんはそれを引っ張って抜いた。

 ふざけた勢いのまま透くんと手を繋ぎ、ざぶざぶと波に逆らって前へ進んだ。いよいよすべてを赤紫に染めた金色の太陽が、ジュウ、と音でも立てそうなくらいに海に飲み込まれていく。別れを惜しむように波たちが騒ぎ立てる。それはほんの短い間の映画のような時間。僕と透くんだけの。



 それから完全に夜になるまで、暗くなってく海にぷかぷか浮かんでた。昼間は真夏の太陽の光を弾く水面と宝石みたいなブルーが綺麗だったけど、夜は空と海の境目も曖昧な闇が僕も透くんも許容して、どこまでも自由だった。

 僕がどんな道を歩いて今にいようとも、透くんと僕とは完全に対等なんだと夜の海が教えてくれる

 僕は怖がりの癖に、この闇に広がる海がちっとも怖くなかった。そろそろ帰ろう、と透くんが言ったとき、空腹にお腹が鳴ってるのに名残惜しくて、小道を登って戻りながら遠くに霞む船をいつまでも目で追っていた。



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