笑顔の向こう側

ゆん

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同棲編

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「すごい!本当に貸し切りだね!」

 今降りてきた小道以外にもう一本、上からこの浜へ降りて来る道があったけど、草は生い茂って倒木が道を遮り、いかにも誰も通って無さそうな感じ。

 これ、本当に穴場かも? だって、この海の、透き通った青さ! 隣の崖とか岩場とかって日本の海って感じなんだけど、色だけ見たら南国みたい。

 駆け出してざぶーん!と行きたいところだけど、透くんと簡易テントを立てて、できた日陰に荷物を入れてやっと遊ぶ時間!悠々と歩いてる透くんを置いて駆け出すと、砂が入って痛いビーチサンダルを脱いで、浮き輪を両腕で抱えたまま海に飛び込んだ。

 波とぶつかって水しぶきが立つ。自然と笑っちゃう。意味もなく。そうだそうだ、海の塩っ辛さってこんなのだった。気持ちいい!

 透くんが何も持たずに海に入りスイスイと沖へ泳ぎ出す。僕はその後ろを浮き輪でついていった。

 忘れてるようですぐに思い出す。水に浮かんだ浮き輪のビニールのぱんと張った感じ、水をかく足の、海水がすり抜けてく感触。遠浅だった浜も少し沖へくれば足は着かなくなって、浮き輪に掴まったままどれだけ足を下に伸ばしてもどこにも行き着かない、ちょっと怖い感じ。

「大丈夫?疲れてない?」

 立ち泳ぎをしてる透くんに、つい訊いてしまう。逆に自分が立ち泳ぎしてたら案外大丈夫だって分かってるのに、人がやってるとほんの少し心配になって、浮き輪に掴まったら、って言いたくなる。

 大丈夫、と言うようにプカーと上向きに浮かんだ透くんは、「サメ避けネットがないから、危ないな」と沖に目をやった。

「サメ……いるのかな」
「いるだろ。この近くのもっと大きいビーチにはネットがあるし」
「怖いね……」
「来たら鼻づらを殴ったらいいらしいぜ。留丸、頼むな」
「えっ!僕!?」

 慌ててぴんと背筋を伸ばした僕を見て笑った透くんが、ゴーグルをつけてそのまま海中に潜った。水が綺麗だから潜ってる彼の姿がそこに見えてるんだけど、透くんは潜ったまま上がってこなくて。

「透くん?」

 あんまり潜ったまんまだから何をしてるのか気になって、眉の高さに止めてたゴーグルを下ろして、海面に顔をつけた。

 うすいブルーグリーンの、別世界。小さな魚がいっぱい泳いでる。すぐ近くにあるようにも見える岩と砂の海底すれすれに潜ってた透くんはちょうど上を向いて上がってきて、ざばっと僕の浮き輪の真横に出ると自分のこぶしを僕に突き出した。

 広げた僕の手の平に、ころんと大きな巻貝の貝殻が落とされる。

「きれいだね」

 僕の両手に収まる大きさのそれを子ども頃やったみたいに耳に当てると、コォーという中に籠った音がする。子どもの頃これを海の音だと教えらえて、家に帰ってからも海を懐かしむように耳に当ててたっけ。



 透くんは泳ぐのが上手だった。特に潜水が好きみたいで、最初は被ってた帽子を手に持ってたのに、ラッシュガードのチャックを下ろして中へ入れて、本格的に長く海に潜ってた。

 まるで大きな魚みたいだ。それか、人魚。見事なドルフィンキックで波の下を黒い影が動いていく。時々呼吸をしに上がってきて僕の浮き輪に掴まると、ゴーグルをぐいっと上へ上げてはぁはぁ息をしながらただの呼吸すら楽しいみたいに少しだけ笑ってた。

 随分近い位置にある透くんの睫毛が濡れて少しずつ束になってる。普段透くんの顔は随分上にあるから、睫毛をこんな距離で見れない。なんか新鮮で、こてんと自分の腕にうつ伏せるようにして彼の顔に手を伸ばした。

 透くんは僕が濡れた頬に手を沿わせても、されるがままになってた。

「透くんて、睫毛長いね」

 僕がそう言うと、瞬きした彼の目尻から涙のような海水が流れ落ちた。彼は綺麗だ。透き通るような海に浮かぶ姿も、人魚のように泳ぐ姿も。

「あんたは泳がないの」
「透くんが泳ぐの見てたら気持ちよくて」
「浮き輪交代するからあんた泳いでみて」

 透くんに浮き輪と持ってた貝を奪われて、仕方なく泳ぎ始める。想像してたけど、爆笑された。なんだその泳ぎ方って。

「いーの!これでちゃんと泳いでられるんだから」
「潜る時はどうすんの」
「どうだろ。あんまり潜った記憶ないなぁ」

 やってみようと、帽子を預けてゴーグルをつけて思い切り顔を沈めたら、付け方が甘かったみたいで脇から入り込んだ海水が目に滲みた。慌てて浮上!ピンチピンチ!

「痛てててて」

 目が開けられなくて浮き輪を掴み損ねた僕の二の腕を、透くんのおっきな手ががっちり掴んで支えてくれる。自分の涙で痛みがましになると、やっと開けられた目に透くんのどアップが映る。どきん、とときめく。

 キスしたいな、と思ってほんの少し近づくと、透くんが微かに笑って挑戦的な目をした。お好きにどうぞ? とでも言ってるみたいに。僕は彼の首と肩に手を伸ばして、顔を傾けて唇を寄せた。浮き輪に乗り上がるみたいにして。


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