笑顔の向こう側

ゆん

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同棲編

サマースプラッシュ

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 8月に入り、暦の上では秋になってもセミの声の勢いもまだまだ衰えない暑い毎日が続いてた。職場には金塚さんの姿がなくなり、新たに新入社員がふたり入ってきた。

 ふたりとも内側に傷を抱えてるのが分かる、人を信じていない目をしていた。でもそれはここにいるみんなが通った道。ひとりひとりが至さんに出逢ったように、きっと出逢いを重ねて癒しと回復の道程を進んでいく。そんなことが起こるとは思わない形で。そうなると予測も出来ない過程を経て。



 僕と透くんはあの日の後も見た目上は変わらない。忙しい透くんと逢えるのは朝だけで、8月に入ってからは夏季休業前の追い込みなのか、土日もまるで普通の出勤みたいに出てってて、絵を描く時間なんて全く取れないくらい。

 それでも僕にとっての世界は一変した。それは緑と深緑くらいの、青と群青色くらいの、赤と紅色くらいの、そんな違い。同じなんだけど、全く違うっていう変な感覚。

 どんくさい所もそそっかしい所も変わってないし、相変わらず動けばどこかに体をぶつけたり躓いたりしてて、でも……僕は少しだけ僕を好きになってた。



 透くんが連休は海に行こう、と誘ってくれた。満さんが持ってる別荘のひとつを借りられたんだって。

「狙ってた所は借りれなかった。借りた家は俺も行ったことないんだけど、一応プライベートビーチはあるらしい」

 プライベートビーチのあるなしなんかどうでもよくて。透くんがそれを計画してくれたことが嬉しくて。だからもう休みの前日なんかそわそわしすぎて、暑くなる前に出発したいから早く寝とけって言われたのになかなか寝付けなくて、結局深夜に透くんが帰ってきた時も起きてたから、階段を上ってきた音を聞いて部屋を出た。

「何、まだ起きてんの?」
「楽しみで寝れなくて……」
「子どもかよ」

 笑う透くんに近づくと、透くんが僕の体をそっと抱き寄せるようにして頭に鼻先を突っ込んでくんくんした。

「なんか、あんたっていい匂いするよな。子どもの匂いかな」
「子どもじゃないよ。透くんより年上だもん」
「数字上はな」

 自分でもそう思うけどさ、とぶつぶつ言いながら顔を上げたら、優しいキスが下りてくる。僕はもう、めろめろだよ。めろめろのでれでれ。意味もなく透くんについて回りたくなるくらい、離れたくなくて困る。



 結局透くんが寝たのは多分2時を回ってたくらいなのに、6時には目を覚まして僕の部屋のドアをノックした。

「起きて準備しろよ。コンビニ飯は嫌いなんだろ」
「はぁい……」

 上と下の瞼がくっついたまま離れたがらなくて、そのまま朦朧とベッドを降りて歩いてドアの隣の壁にぶつかった。

 洗面所で顔を洗って、やっと目が開く。なんか浮腫んでてぶさいく。顔が重いから両手でぐにぐにしてたら、後ろで歯を磨いてた透くんがニヤニヤ笑ってた。

 おにぎり。早くおにぎり作らなきゃ。僕のと、透くんの。具は鮭フレークと、梅干しと、こんぶ。水着とかゴーグルとかタオルとか諸々の準備は昨日の内にしてあるから、あとはおにぎりを作って着替えるだけ!わぁ……わくわくしてきた。透くんと旅行……!!

 透くんは淡々としてる。顔色ひとつ変えず。

「透くん……旅行、楽しみ……?」

 あんまり普通だから聞いてみたら「まあね」って。僕なんか楽しみ過ぎて眠れないくらい楽しみなのにな。

 それから急いでキッチンに移動しておにぎりを僕の分2個、透くんの分を3個作って、服を着替えた。胸ポケットのあるベージュのTシャツに白いハーフパンツ。あと、何年振りかに履く、ビーチサンダル。海って感じ!!

 大き目のボストンバッグを肩にかけてリビングに下りていくと、準備完了の透くんが車のキーを軽く投げてキャッチした。そんな仕草に、ちょっとだけ上がってる透くんの気持ちが出てる。すごく可愛い。

 第2ボタンまで外した爽やかな白いシャツに、ベージュのショートパンツ。シャツの胸元にサングラスをかけてあるのが気障に見えないハマりっぷりで、思わず「カッコイイ」と手を叩く。

 透くんはそんなことにはお構いなしに僕の服を見て、「なんか微妙にペアルックみたいで嫌」と呟いて、部屋から持ってきたらしい紺色のエスパドリーユを玄関のたたきに置いた。

 ペアルック?ああ、色が。確かに。でもいいじゃん。カップルなんだし!僕はふふふ、と笑って透くんに横目で見られながら、昨日のうちに出しておいたビーチサンダルに足を入れた。



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