笑顔の向こう側

ゆん

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同棲編

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 静かな夜。こんな時間なのに、セミが一匹鳴いている。しばらくしたら、自分の間違いに気付いたみたいにセミの声がしなくなって、でも耳を澄ませば何かしらの虫が、遠くの方で鳴いていた。

 僕は抱き合ってほんの少し汗ばんだ体を冷ますようにごろりと仰向けになって、でも顔だけは透くんに向けていた。透くんを見ていたかった。

 透くんは僕の灯台だ。自分自身にさえ翻弄される僕でも、透くんを見てれば大丈夫。この人に逢うために、僕は生きてきた。太陽も星も見えない荒れた海を、必死で泳いできたんだ。

 自然と手を伸ばして透くんの手を握り、それからシャツの捲れた僕のお腹にその手の平を置いた。思ったより冷たくなっていたらしいお腹に、透くんの乾いた手のひらがあったかい。

「触って……透くん……」

 それは僕が、僕に挑んだ言葉。僕が望んでいるんだと、高らかに宣言したんだ。僕を形作る細胞たちへ、伝えたんだ。この人に触れられたい、と。この人と、もっと深く重なりたいと。

 透くんは少し躊躇して、そっと僕の裸のお腹を丸く撫でた。

「お腹を引っ込めようと思って縄跳びしたんだよ……引っ込んだ……?」

 僕が訊ねると、透くんは笑って「引っ込んでない」と言って、でも愛しそうにお腹を撫で続けた。そっとシャツの裾を持って、ゆっくり上げてく。自分でもどこまでが大丈夫か分からないから、透くんの目を見ながら、ちょっとずつ、ちょっとずつ……
 すると透くんは、「おい」と抗議の声を上げた。

「何煽ってんだよ」
「なんか、できるかもって思って」
「まだ言ってんの? だから別に今日しなくても──」
「だって、僕は透くんとしたいんだよ」

 ついにシャツを首の付け根まで捲り上げたら、透くんは横向きのまま、お腹を撫でていた手をゆっくりと胸へ滑らせた。

 するする、するする、上へ、下へ……それから、指先で乳首を掠めるように通りすがる。ぴくん、と体が跳ねる。掠めるたび、小さく息が漏れる。その間中、僕と透くんは視線を絡ませてた。記憶の断片が僕の目にひらめいていないか、互いに確認するように。

 ただ撫でているだけの手がひたすら気持ちよくて、時折突起を掠める刺激で熱が上がる。それはまるで念入りな前戯だった。僕は捲り上げたシャツを両手で握ったまま小さく悶えていた。

「とおるくん……」
「……ほんとに大丈夫なの」
「だいじょうぶ……」

 透くんは体を起こして、ゆっくり覆い被さってきた。その重みの、喜び。僕はこの人が好き。大好き。
 
 僕の皮膚が動いていく彼の手をセンサーで捉えてるみたいに、触れている場所それぞれが許可を出している感じがした。この手を信じていい。この手の持ち主を受け入れて良い、と。

 彼の唇が僕の肌に触れたとき、僕がそれだけで酷く感じて息を吸ったのを、彼は一瞬勘違いして離れた。僕は首を振ってやめないで、と懇願した。何かが変わったんだよ、透くん……僕、はっきり僕を感じてるんだ。

 今まで相手が何を求めてるかとか、次にどう動かなきゃいけないとか、僕はそういうことばかり考えてた。痛みだけじゃなく快感を使って僕をコントロールする人たちもいたから、僕はいつだって僕が何を感じているかを遮断してなくちゃいけなかった。

 今……透くんが僕に触れるその指を、胸の先に感じる舌の動きを、僕はそのまま感じてる。叫び続けた後の喉は今もヒリヒリしてるけど、掠れながら甘く喘ぐ声はすぐに透くんが塞いでくれる……

 僕は、そのまま彼を受け入れるつもりでいた。服を着てたら大丈夫と何度もお願いしたけど、透くんは入ってこずに、僕をイかせて終わりにした。

 僕は透くんのをしてあげるって言った。それこそ金塚さんのセリフじゃないけど、元プロだから。あんまり上手じゃないけど、ちゃんとお客をイかせられてたから大丈夫だからって、一生懸命説明したのに。
 透くんは「あんた……繊細なの、無神経なの、どっちなの」って。なんか呆れたみたいに言って、ぷいと部屋を出てってしまった。

 それが怒ったせいじゃないというのは分かったんだけど、僕は飼い主について行きたがる犬のようにベッドの上に体を起こした。体が熱くて……それはこの季節のせいだけじゃないって、分かってた。

 ふと窓枠の形にカーテンが明るくなっているのを見て、ベッドを下りてふらふらと近づいた。隙間を開けて覗けば、レモンみたいな形の月が薄い雲をまとって浮かんでる。

「笑ってるみたい……」

 僕は夜の意味が変わった今日という日に月が立ち会ってくれたみたいな気持ちになって、笑い返しながらカーテンの隙間から小さく手を振った。




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