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同棲編
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ヒートの薬は予防的に飲むことが出来ない。完全に来た状態でないと、効きが悪くなる。だから、お風呂に先に入ってくれば時間的にちょうどいいんじゃないかって思ったんだ。
お風呂の窓はまだ明るい。こんな時間に入るのは気持ち的に贅沢だなと思いながら湯船に浸かった。
お昼過ぎの縄跳びの後に頭も体も洗っちゃってるから、今は浸かるだけ。
広い湯船に寝そべるように体を伸ばすと、ゆらゆら揺れる水面の下の自分の乳首が目に入った。
『乳首は綺麗な色をしていますね。彼が喜ぶでしょう』
嫌な思い出になったはずの、ハートクリニックの院長の言葉を思い出す。頭を振って男の残像を消しつつ、透くんがこの乳首に触れるところを想像してしまう。
透くんはどんなふうに触れるだろう?
どきどきして、自分の指でそっとその尖りを摘まむ。
「あ……」
胸の先の疼きと下腹のモヤモヤが一緒になって、つい何度も弄る。普段僕がオナニーをしないのはそれをしてる自分が恥ずかしいからで、こんな風に声を漏らすほどの快感が得られることなんてまずない。
つまり、ヒートの前だから……欲求がいつもよりも強くなってるから、小さく生まれた快感を拾っていけるんだ。
もうそろそろ、ほんとに来る。出て、薬を飲めるようにしないと──
そう思って体を起こしたら、脱衣所のドアが開く音がした。
「ただいま」
このガラス戸の向こうに透くんがいる。透くんが。僕の体を愛してくれるはずの彼が。
湯上りではない熱がどんどん強くなって、鼓動が早くなる。
急に、今なら言える、と思った。
この衝動があれば、自分の意志を──
「透くん……」
まだなんとか理性を保てている声。
「あのね、今、ヒートが来そうなの。透くんはヒートの時にするのは嫌だって言ったけど、僕は……僕は、透くんと早く繋がりたくて……トラウマとか、自分でもどうしようもないものが治るのなんて待ってられない……だめ?今日、今から、したい……」
言いきって、ガラス戸を引く。
透くんは驚いた顔をして、でもすぐに鼻と口を手で覆って、脱衣所を急ぎ足に出た。
「抗フェロモン剤、飲まないで……! 透くん……!」
一瞬足を止めて振り返った透くんは、それでも走って行ってしまった。本能六分、理性四分の自分には悲しみが残る。僕のアルファ……!
僕の意志。僕は透くんに抱かれたい。透くんに愛されたい。奥の奥まで貫かれて一番奥のくぼみへ彼の熱い液体が欲しい。
伝えたけど、だめだった。そうだろうな。透くんは意志が強いから。
誰からの誘惑にも、びくともしないんだ。
僕は悲しみが勝つうちに薬を飲んでしまおうと、体を拭くのもそこそこにタオルを腰に巻いて自分の部屋へ薬を取りに行った。
そしていつもの緑のケースをカバンから取り出して部屋を出たところで、透くんと鉢合わせた。
悲しみが一気に広がって、涙が零れた。
僕はそのまま横をすり抜けて、2階へ降りた。
震える指で薬を銀シートから外し、一粒口へ放り込んで蛇口から水を飲む。
これで……あとは、薬が効いてくるのを待つだけ。
その時に透くんと顔を合わせるのは辛いから、もう部屋へ戻ってベッドに潜り込もう。そう思った。
なのに振り向いたら透くんがいた。
僕はひくっとしゃくり上げて、透くんを避けようとした。
そしたら透くんに捕まって、抱き締められて、僕は彼の胸を押して弱くもがいた。
「部屋に戻りたい……放して……」
薬はまだ効いて来ないから、体が透くんを求めて力がうまく入らない。
情けない……好き過ぎて、情けない……
「放さない」
「なんで……」
「なんでも」
「や、」
口づけられれば、一切の抵抗が出来なくなる。僕を捕まえる彼の指の強く食い込む感覚に感じてしまう。
動けないように後ろ髪を掴まれて、角度を変えて何度も深く貪られた。
何度も絡む彼の舌が甘い。
合わさった唇の間から、鼻の奥から、ねだるような自分の声が抜けていく。
もっと奪って……もっと暴いて……激しく僕を求めて、透くん……!
ジンと痺れたまま、深い場所の熱が引いてくる。
今触れている彼のシャツの布地の少し湿った感触だとか、いつもつけているフレグランスに少し汗の匂いが混じってることだとか、細かい情報がじんわりと分かって来る。
薬が効き始めて……悲しみと羞恥が増す。
初めて恋人にはっきり欲しいとねだって、それを拒絶された恥ずかしさは想像を超えてた。僕なんかが言うべきじゃなかったって、死ぬほど後悔した。
それでも透くんの腕の力が弱まらないから、逃げられない。
キスされながら、泣いていた。
お風呂の窓はまだ明るい。こんな時間に入るのは気持ち的に贅沢だなと思いながら湯船に浸かった。
お昼過ぎの縄跳びの後に頭も体も洗っちゃってるから、今は浸かるだけ。
広い湯船に寝そべるように体を伸ばすと、ゆらゆら揺れる水面の下の自分の乳首が目に入った。
『乳首は綺麗な色をしていますね。彼が喜ぶでしょう』
嫌な思い出になったはずの、ハートクリニックの院長の言葉を思い出す。頭を振って男の残像を消しつつ、透くんがこの乳首に触れるところを想像してしまう。
透くんはどんなふうに触れるだろう?
どきどきして、自分の指でそっとその尖りを摘まむ。
「あ……」
胸の先の疼きと下腹のモヤモヤが一緒になって、つい何度も弄る。普段僕がオナニーをしないのはそれをしてる自分が恥ずかしいからで、こんな風に声を漏らすほどの快感が得られることなんてまずない。
つまり、ヒートの前だから……欲求がいつもよりも強くなってるから、小さく生まれた快感を拾っていけるんだ。
もうそろそろ、ほんとに来る。出て、薬を飲めるようにしないと──
そう思って体を起こしたら、脱衣所のドアが開く音がした。
「ただいま」
このガラス戸の向こうに透くんがいる。透くんが。僕の体を愛してくれるはずの彼が。
湯上りではない熱がどんどん強くなって、鼓動が早くなる。
急に、今なら言える、と思った。
この衝動があれば、自分の意志を──
「透くん……」
まだなんとか理性を保てている声。
「あのね、今、ヒートが来そうなの。透くんはヒートの時にするのは嫌だって言ったけど、僕は……僕は、透くんと早く繋がりたくて……トラウマとか、自分でもどうしようもないものが治るのなんて待ってられない……だめ?今日、今から、したい……」
言いきって、ガラス戸を引く。
透くんは驚いた顔をして、でもすぐに鼻と口を手で覆って、脱衣所を急ぎ足に出た。
「抗フェロモン剤、飲まないで……! 透くん……!」
一瞬足を止めて振り返った透くんは、それでも走って行ってしまった。本能六分、理性四分の自分には悲しみが残る。僕のアルファ……!
僕の意志。僕は透くんに抱かれたい。透くんに愛されたい。奥の奥まで貫かれて一番奥のくぼみへ彼の熱い液体が欲しい。
伝えたけど、だめだった。そうだろうな。透くんは意志が強いから。
誰からの誘惑にも、びくともしないんだ。
僕は悲しみが勝つうちに薬を飲んでしまおうと、体を拭くのもそこそこにタオルを腰に巻いて自分の部屋へ薬を取りに行った。
そしていつもの緑のケースをカバンから取り出して部屋を出たところで、透くんと鉢合わせた。
悲しみが一気に広がって、涙が零れた。
僕はそのまま横をすり抜けて、2階へ降りた。
震える指で薬を銀シートから外し、一粒口へ放り込んで蛇口から水を飲む。
これで……あとは、薬が効いてくるのを待つだけ。
その時に透くんと顔を合わせるのは辛いから、もう部屋へ戻ってベッドに潜り込もう。そう思った。
なのに振り向いたら透くんがいた。
僕はひくっとしゃくり上げて、透くんを避けようとした。
そしたら透くんに捕まって、抱き締められて、僕は彼の胸を押して弱くもがいた。
「部屋に戻りたい……放して……」
薬はまだ効いて来ないから、体が透くんを求めて力がうまく入らない。
情けない……好き過ぎて、情けない……
「放さない」
「なんで……」
「なんでも」
「や、」
口づけられれば、一切の抵抗が出来なくなる。僕を捕まえる彼の指の強く食い込む感覚に感じてしまう。
動けないように後ろ髪を掴まれて、角度を変えて何度も深く貪られた。
何度も絡む彼の舌が甘い。
合わさった唇の間から、鼻の奥から、ねだるような自分の声が抜けていく。
もっと奪って……もっと暴いて……激しく僕を求めて、透くん……!
ジンと痺れたまま、深い場所の熱が引いてくる。
今触れている彼のシャツの布地の少し湿った感触だとか、いつもつけているフレグランスに少し汗の匂いが混じってることだとか、細かい情報がじんわりと分かって来る。
薬が効き始めて……悲しみと羞恥が増す。
初めて恋人にはっきり欲しいとねだって、それを拒絶された恥ずかしさは想像を超えてた。僕なんかが言うべきじゃなかったって、死ぬほど後悔した。
それでも透くんの腕の力が弱まらないから、逃げられない。
キスされながら、泣いていた。
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