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同棲編
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みんなが金塚さんや透くんの話を聞いて時々どっと笑う。僕は見るのを諦めて人垣の一番外に座って、皆の笑うのに釣られるように口の端を上げた。
人が多くなっちゃったから話す声もよく聞こえなくなって、僕は完全に輪の外にいた。こういうシチュエーションはよくあるから平気。そう思ってたけど、透くんと付き合い始めて彼の光の内へずっといたから、今までのポジションをこうして改めて味わうと ”ひとり” を強く感じる。
僕は意味もなく使用済みの食器を重ねたり、ゴミを集めたりしながら ”ひとり” の時間を寂しく思ってないフリをした。あちらこちらで飲んだり喋ったりしてる輪に入ってない人たちと同じで、自分は望んでこうしているんだというフリを。そんな演技、誰も気にしやしないのに、僕自身のために必要だった。僕は ”ひとり” じゃないと感じるために。
やがて送別会の一次会が終わり、透くんは帰って行った。結局一度も目を合わせられなかったし、話せなかった。僕は『家に帰れば話せるんだから』と膨らみきった寂しさに針を刺して穴を開けた。
二次会には行かずに帰りたかったけど参加者が減ってしまって、後輩の子にお願いされてメンツに加わった。”僕に来て欲しい” わけじゃないのは分かってる。でも誘われれば必要とされていることが嬉しくて断れなかった。
タクシーを待っている間、透くんのことを考えてた。透くんに逢いたい、とずっと思ってた。毎日逢っていても、離れたらすぐに逢いたくなる。頭の中は透くんのことでいっぱいで、透くんが ”オメガは恋愛依存、セックス依存ばかり” と言われたことを思い出していた。
だって透くん、好きなんだよ。好きだからそうなっちゃうんだ。僕は依存してるんだろうか?そんな僕の思考の独り相撲は、どんとぶつかるように肩を組んできた金塚さんによって遮られた。
「松崎く~ん。ちょっと話があるんだけどぉ」
少し酔ってる金塚さんは、僕を皆から離れた場所に連れてって「お前、透さんと付き合い始めたんじゃないの?」と怪訝な顔をした。僕はそのことを誰にも話さなかったから、何故知ってるのかってめちゃくちゃびっくりした。透くんが話したのかな?と思ってたら、金塚さんは僕の頭の中を読んだように「流れで分かるだろうよ」と呆れたように言った。
「でも、お前と透さん。まだ寝てないだろ」
急に、ぐさーっときた。返答に困る。話の展開が早すぎる。
「ぼく、そういうの分かるんだよね。あのねえ、最後に教えといてやる。透さんみたいな人がお前を好きになるっていう僥倖はこの先絶対ない。もったいぶってたらあっという間に飽きられるよ。お前より魅力的な人間は山といるんだから」
肩を組んだその腕をぐいぐい締めるように、耳元で低く言う。違う、もったいぶってなんかない。したくても出来ないんだ。ヒート中は透くんが嫌だっていうし。僕が黙ってると、「オメガの武器はココだろ?」と金塚さんがお尻を丸く撫でた。
「会話で相手の懐に入ってヒートで落とす。鉄則でしょ」
「鉄則……」
「お前はまだ透さんを完全に落とせてない。遺伝的に不利なオメガが唯一主導権を握れるのがヒートなんだからね。オメガのフェロモンに逆らえるアルファはいない。特に恋するオメガのアソコはターゲットに対してひと際具合が良いんだから。ここぞという時にはヒートも使う!抗フェロモン剤なんか使わせんな。相手の本能に自分の味を叩きこむんだよ。そんくらいじゃなきゃ、狙ったアルファは落とせない」
妙に説得力のある金塚さんの言葉に思わず俯く。恋をしてるかしてないかで中が変わるとか知らなかったし。それでも、透くんを落とす、とか。僕にはあまりにも不似合いだよ。透くんが僕を好きになってくれるなんて一生に一度あるかないかのラッキーなのは分かる。だからこそ、余計に ”落とす” なんて合わないじゃないか。
「透く……さんは、ヒートが嫌いなんです……だから、無理──」
「ばっかじゃない?透さんはヒートが嫌い。じゃ、お前は?お前はしたくないの?」
「いや……だって、透さんが嫌なんだったら……」
「あーあーあーぼくの嫌いなやつ。お前の意志はどうなんだよ。どうせお前のことだから、ただ黙って相手に従ってるんだろ。言えよ。自分はこう思うって。抗フェロモン剤、飲まないでって可愛くお願いするんだよ。まぁ可愛くはお前には無理として、とにかく ”したい” って言え。ひたすら ”していただく” 日を待つとか、ちょーキモい」
もう、精神構造が違うとしか言いようがないというか……金塚さんはオメガだけど、キングオブオメガというか……自信ってすごいな。この人が輝くのはこの人自身の力だって分からせられる感じだった。
「透さんがお前を好きだから、あえてこうやって声をかけてんだからね。お前なんかを好きになった、透さんのために。ぼくには分からないお前の魅力ってもんがあるのは確かだろうけど、今のまんまじゃそのうちダメになる。透さんは自分の意志がある人だから」
心当たりがあり過ぎて、どきどきした。”今のまんまじゃそのうちダメになる” が恐ろしい予言としてしみつく。金塚さんは僕のお尻をぎゅーっと掴んで離し、「元プロだろ。お前の経験全部ぶっ込んで、落とせよ」と言ってニッと笑い、僕から離れていった。
僕と金塚さんが話をしたのは、これが最後になった。二次会でも金塚さんは話の中心にいて、至さんたちと三次会に消えていった。僕はさすがに眠くて二次会で帰らせてもらったけど、家に帰ってからも金塚さんの言葉が残ってた。
まだ透くんは僕に落ちてないってこと。
自分の意志がない僕のままじゃ、そのうちダメになるってこと。
ヒートを利用してでも──彼を、僕のものに。
人が多くなっちゃったから話す声もよく聞こえなくなって、僕は完全に輪の外にいた。こういうシチュエーションはよくあるから平気。そう思ってたけど、透くんと付き合い始めて彼の光の内へずっといたから、今までのポジションをこうして改めて味わうと ”ひとり” を強く感じる。
僕は意味もなく使用済みの食器を重ねたり、ゴミを集めたりしながら ”ひとり” の時間を寂しく思ってないフリをした。あちらこちらで飲んだり喋ったりしてる輪に入ってない人たちと同じで、自分は望んでこうしているんだというフリを。そんな演技、誰も気にしやしないのに、僕自身のために必要だった。僕は ”ひとり” じゃないと感じるために。
やがて送別会の一次会が終わり、透くんは帰って行った。結局一度も目を合わせられなかったし、話せなかった。僕は『家に帰れば話せるんだから』と膨らみきった寂しさに針を刺して穴を開けた。
二次会には行かずに帰りたかったけど参加者が減ってしまって、後輩の子にお願いされてメンツに加わった。”僕に来て欲しい” わけじゃないのは分かってる。でも誘われれば必要とされていることが嬉しくて断れなかった。
タクシーを待っている間、透くんのことを考えてた。透くんに逢いたい、とずっと思ってた。毎日逢っていても、離れたらすぐに逢いたくなる。頭の中は透くんのことでいっぱいで、透くんが ”オメガは恋愛依存、セックス依存ばかり” と言われたことを思い出していた。
だって透くん、好きなんだよ。好きだからそうなっちゃうんだ。僕は依存してるんだろうか?そんな僕の思考の独り相撲は、どんとぶつかるように肩を組んできた金塚さんによって遮られた。
「松崎く~ん。ちょっと話があるんだけどぉ」
少し酔ってる金塚さんは、僕を皆から離れた場所に連れてって「お前、透さんと付き合い始めたんじゃないの?」と怪訝な顔をした。僕はそのことを誰にも話さなかったから、何故知ってるのかってめちゃくちゃびっくりした。透くんが話したのかな?と思ってたら、金塚さんは僕の頭の中を読んだように「流れで分かるだろうよ」と呆れたように言った。
「でも、お前と透さん。まだ寝てないだろ」
急に、ぐさーっときた。返答に困る。話の展開が早すぎる。
「ぼく、そういうの分かるんだよね。あのねえ、最後に教えといてやる。透さんみたいな人がお前を好きになるっていう僥倖はこの先絶対ない。もったいぶってたらあっという間に飽きられるよ。お前より魅力的な人間は山といるんだから」
肩を組んだその腕をぐいぐい締めるように、耳元で低く言う。違う、もったいぶってなんかない。したくても出来ないんだ。ヒート中は透くんが嫌だっていうし。僕が黙ってると、「オメガの武器はココだろ?」と金塚さんがお尻を丸く撫でた。
「会話で相手の懐に入ってヒートで落とす。鉄則でしょ」
「鉄則……」
「お前はまだ透さんを完全に落とせてない。遺伝的に不利なオメガが唯一主導権を握れるのがヒートなんだからね。オメガのフェロモンに逆らえるアルファはいない。特に恋するオメガのアソコはターゲットに対してひと際具合が良いんだから。ここぞという時にはヒートも使う!抗フェロモン剤なんか使わせんな。相手の本能に自分の味を叩きこむんだよ。そんくらいじゃなきゃ、狙ったアルファは落とせない」
妙に説得力のある金塚さんの言葉に思わず俯く。恋をしてるかしてないかで中が変わるとか知らなかったし。それでも、透くんを落とす、とか。僕にはあまりにも不似合いだよ。透くんが僕を好きになってくれるなんて一生に一度あるかないかのラッキーなのは分かる。だからこそ、余計に ”落とす” なんて合わないじゃないか。
「透く……さんは、ヒートが嫌いなんです……だから、無理──」
「ばっかじゃない?透さんはヒートが嫌い。じゃ、お前は?お前はしたくないの?」
「いや……だって、透さんが嫌なんだったら……」
「あーあーあーぼくの嫌いなやつ。お前の意志はどうなんだよ。どうせお前のことだから、ただ黙って相手に従ってるんだろ。言えよ。自分はこう思うって。抗フェロモン剤、飲まないでって可愛くお願いするんだよ。まぁ可愛くはお前には無理として、とにかく ”したい” って言え。ひたすら ”していただく” 日を待つとか、ちょーキモい」
もう、精神構造が違うとしか言いようがないというか……金塚さんはオメガだけど、キングオブオメガというか……自信ってすごいな。この人が輝くのはこの人自身の力だって分からせられる感じだった。
「透さんがお前を好きだから、あえてこうやって声をかけてんだからね。お前なんかを好きになった、透さんのために。ぼくには分からないお前の魅力ってもんがあるのは確かだろうけど、今のまんまじゃそのうちダメになる。透さんは自分の意志がある人だから」
心当たりがあり過ぎて、どきどきした。”今のまんまじゃそのうちダメになる” が恐ろしい予言としてしみつく。金塚さんは僕のお尻をぎゅーっと掴んで離し、「元プロだろ。お前の経験全部ぶっ込んで、落とせよ」と言ってニッと笑い、僕から離れていった。
僕と金塚さんが話をしたのは、これが最後になった。二次会でも金塚さんは話の中心にいて、至さんたちと三次会に消えていった。僕はさすがに眠くて二次会で帰らせてもらったけど、家に帰ってからも金塚さんの言葉が残ってた。
まだ透くんは僕に落ちてないってこと。
自分の意志がない僕のままじゃ、そのうちダメになるってこと。
ヒートを利用してでも──彼を、僕のものに。
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