笑顔の向こう側

ゆん

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同棲編

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 7月の終わりの溶けそうにじくじく暑い日々は、考えることを忘れさせて過ぎていく。草木も強い日差しをじっと堪えながら、薄い雲が広がる灼熱の空の下に項垂れてる。

 仕事は特に何事もなく順調だった。そう言えば……驚いたことに、金塚さんが退職することになった。シンポジウムに来てた地方のテレビ局のプロデューサーに新しい番組のリポーターの一人として起用したいと直々に声をかけられたらしい。

 そのテレビ局でのオメガの採用は初めてだけど、職場環境は相談の上、十分に配慮するからと説明されて、金塚さんは至さんと何度も話し合ってチャレンジすることに決めたみたい。

 普通はまる1か月前には退職願を出して引き継ぎをするけど、事情が事情なだけに今月末での退職になって、今は急ピッチで金塚さんが持っていた仕事の割り振りをしているところ。とはいっても、元々いつ誰が休んでも回るようになってるからそれほど大きな影響は出ない。

 金塚さんは特に変わった様子もなく、淡々と引継ぎをしてた。あんなに意地悪されたのに少し寂しく感じてしまうのが不思議だ。綺麗な人だったから、華が消えるようでもあるし。

 そのことを透くんに伝えたら、彼は金塚さん本人からもうそのことを聞いていたみたい。「向いてるよな」とだけ言って、それ以上は特になかった。

 そういうわけで、金塚さんの最後の出勤日である金曜の夜、送別会をすることになった。いつも送別会は最終出勤日とは別日に改めてってことが多いけど、甲塚さんは引っ越しもしなきゃいけないしスケジュールが詰め詰めだから当日に全部済ませてしまったほうが良さそうだということで。

 今回の幹事は後輩がやってくれることになってて、僕は気楽でいられた。店はこの間と全く同じ、駅前の居酒屋さんの二階の大広間。料理が美味しかったらしくて、今度は食べられる、とちょっと楽しみでもあった。

 送別会の仕切りをした後輩は僕よりもずっと手際が良くて、自分も飲んだり食べたりしながらみんなの要求にも答えるっていう器用な一面を見せてくれた。幹事に向いてるねって言ったら「出来るけど面倒なんで次はまた別の人でお願いします」だって。僕はやってもいいなって思うけど向いてないんだよ。世の中皮肉なもんだね。
 
 金塚さんは今日の主役ってこともあって至さんの隣でキラキラしてる。前のお取り巻きの人たちは今では近寄りもしないけど、それならそれで別の人が傍にいる。仕事場では誰かと連むことがなくなった金塚さんだけど、やっぱり仕事が出来て美人さんってなったら放ってはおかれないよね。今回彼をスカウトしたテレビ局のプロデューサーみたいに。

 透くんも向いてるって言ってたけど、僕もそう思う。見た目もいいし、頭もいいし、精神的にもめちゃくちゃ強いし。僕にとっては怖いくらいのキツさがあるけど、テレビとかそういう世界では強くないと生きていけなさそうだもん。

 そしてそれは宴もたけなわ、もう元の席もバラバラにみんな好き好きに飲み始めた頃だった。金塚さんの「透さん!」という声に、眠くなってた僕の耳がぴくりと反応した。顔を上げると、階段を上がってきた透くんが、金塚さんの手招きに応じて座敷に上がってきてるところだった。

 その途中、透くんが僕に気づいた。僕は思わずにこっと笑ったんだけど、透くんはすっと横を向いて甲塚さんの隣へ行ってしまった。会社の人たちの前だし、仕方なかったと思う。仕事とプライベートはきっちり分けたい人だから。でも、挨拶くらい……と寂しくなった。ビールジョッキ半分以上を飲んで少し酔ってたのもあるけど。

「透さん、遅~い!」
「これでも最速だ。またこの後戻らないといけないんだから文句言うな」

 忙しい中、時間をやりくりして来てくれたらしい透くんの優しさ。僕だけにじゃないんだって拗ねる気持ちが一瞬湧いて、ワガママが恥ずかしくて押し込める。

 僕の座っているところは透くんたちのいるテーブルの隣。話は聞こえて来るけど参加はしにくい微妙な距離。それでも、透くんを見たくてそっちを向いた。至さんと透くんと金塚さんの所は、特別に光が当たってるみたい。その周りを集まった他の社員が取り巻いて、僕はその更に外から、首を伸ばして見える場所を探した。




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