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同棲編
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ソファにどっかり座ってニヤニヤ笑ってる透くんに、じわり一歩近づく。自分からキスをする、という試験を受けてるみたいな緊張感。
こうなって気づくけど、ヒートの時を除いて自分からしたことって……ないかも? 自分から近づいていくって、近づいて来られるのと距離は一緒のはずなのに全然違う。うわあ……無理。こんな、正気じゃ無理。
「はーやーく」
透くんが上目遣いで僕を急かす。仕方なく開いて座ってる透くんの脚の間に踏み込んで、そっと背をかがめていって……行けば行くほど透くんのクッキリした顔がはっきり迫ってきて、なんか──
「──む」
「無理じゃない」
透くんが僕の腰に手を回して引き寄せたせいで太ももの上に乗り上げるような体勢になる。ぐらついて透くんの肩をぱっと掴んだらTシャツ越しにほんのりお風呂上がりの上気を感じてどきどきして……
その勢いで目をつむってエイッと唇を触れさせた。胸がズキンとするくらいの緊張と興奮がある。だって昨日の今日で、まだ信じられないから。透くんとそういう関係になったなんて、全然。
どきどきが苦しくなって唇を離そうとしたら透くんの手が僕の後頭部を捕まえてそれを出来なくして、舌が悠々と唇を割って中に入り込み、縮まっている僕を誘って深く絡み合った。鼓動は早くなり、力が抜けてくる。
ソファにもたれかかっていた透くんが僕を巻き込むように座面へ押し倒す。何度も吸われてくたっとなった僕は、透くんの手が僕のハーフパンツの裾から足を撫でるようにして中に入ってきたとき、久しぶりの甘く熱い何かがあまりにも自分にそぐわない感じがして思わず彼の手を止めた。
「待って……待って……」
僕のはもうすでに勃ち上がりかけてて、でもそこを彼に触れられたくなかった。なんでそう思ったのか……体は素直に反応しているのに、ゆるやかな階段状に高見に登っていく情欲にまるでついていけてない自分がいる。
知りすぎているくらい、この先の全てを知っているのに。透くんはそれをどう取ったのか、「まさか、こんなところでがっつく訳ないだろ」と笑って、体を起こした。
僕はというと、体がじーんと痺れたみたいになってすぐには起き上がれない。手足がくすぐったい。確かに、彼のキスに感じてた。それなのにどうしてもそれ以上には進みたくない自分が彼の手を掴んでた。経験の無いシチュエーションでもない。僕の場合はナオトしか知らないけど、自分勝手だった彼が望んだときは望むままに応えていた僕だったのに、何故?
考えても分からないそれを、それほど長くは気にしなかった。自分の食事の用意をしなきゃいけなかったし、夜はまだまだ長かったから。
やっと動けるようになった僕が夜ご飯を作ってるとき透くんはリビングでテレビを見ながらスマホを弄ってて、ごはんが出来上がる頃に買ってきたお弁当をレンジで温めた。
もしかしなくても僕と一緒に食べるために買ってきたみたい?そういうことをしそうにないから、びっくり。だって、だいぶ前、朝ご飯を一緒にって誘った時は「好きにするんでほっといて」的なこと言われたし。
「いただきます」
向かい合わせに座って手を合わせると、透くんも割りばしを割って食べ始める。嬉しい。嬉しい。ひとりの食事は寂しいから。
背筋をすっと伸ばして黙々と食べる透くんの、箸さばきが綺麗。僕は箸を持つ変な癖を直せないまま大人になったから、透くんを前にするとちょっと恥ずかしい。
僕が恥ずかしいだけならいいけど、例えばいつも行くラーメン屋さんとか、人の目のあるところで僕と一緒にいる透くんが恥ずかしかったらやだな。やっぱり直した方がいいんだろうな。でも直そうとすると今以上にごはん食べるのに時間がかかるしな──で、先延ばし中の今。
「どれか欲しいのがあるの」
「え?」
「じーっと物欲しげな目で見てるから」
「違う違う!お箸が上手だなって思ってただけ」
慌てて否定すると、透くんが「あんたはよくそれで物が挟めるよねっていう持ち方だよね」と真顔で言った。ガーン。やっぱりそう思ってたよね……
「ごめんね。恥ずかしいよね」
「何が?恥ずかしいのはあんただろ」
「うん。僕が恥ずかしい」
「直せば」
簡単に言うけどさ。何回か直そうと思ったことあるんだけど、とにかくごはんどころじゃなくなっちゃうから途中でめんどくさくなるんだよね。
でもなぁ……これはいい機会なのかも。透くんに恥をかかせたくないし。呆れられたくないし。ほら、付き合ってたふたりがダメになる時ってささいなことが原因になるって言うじゃん。あんたの箸の持ち方、マジ無理。とか言われたら。そうなったらもう僕は一生フォークで生活するかもしれない。
それで、お箸を正しい持ち方にして、ぷるぷるさせながら食べ始めたの。一応知ってるんだよ。直そうとして調べたことあるから。でもさ。
「食い終わんのに千年かかりそうだな」
透くんはやっぱり真顔で、ご飯をすくったままぷるぷるしてる僕に言った。そうなの。食べ終われる気がしないの。これでいつも断念するんだよなぁ……
「そんな一気にやろうとせずに、最初は一分間だけ、とか気長にやったら。結局のところ、筋トレだろ。新しい持ち方に合う筋肉の使い方を指が覚えるまでコツコツやるのがいいんじゃないの」
「なるほど……」
「まぁあんたの場合、その覚えるまでが千年かもしんないけど」
「……千年はかかんないと思う」
そうやって千年と比べたら、思ったより早く覚えられるかも? 当たり前っちゃ当たり前のことだけど、続けることが最優先だったよね。やっぱり透くんは頭がいいなぁ。
こうなって気づくけど、ヒートの時を除いて自分からしたことって……ないかも? 自分から近づいていくって、近づいて来られるのと距離は一緒のはずなのに全然違う。うわあ……無理。こんな、正気じゃ無理。
「はーやーく」
透くんが上目遣いで僕を急かす。仕方なく開いて座ってる透くんの脚の間に踏み込んで、そっと背をかがめていって……行けば行くほど透くんのクッキリした顔がはっきり迫ってきて、なんか──
「──む」
「無理じゃない」
透くんが僕の腰に手を回して引き寄せたせいで太ももの上に乗り上げるような体勢になる。ぐらついて透くんの肩をぱっと掴んだらTシャツ越しにほんのりお風呂上がりの上気を感じてどきどきして……
その勢いで目をつむってエイッと唇を触れさせた。胸がズキンとするくらいの緊張と興奮がある。だって昨日の今日で、まだ信じられないから。透くんとそういう関係になったなんて、全然。
どきどきが苦しくなって唇を離そうとしたら透くんの手が僕の後頭部を捕まえてそれを出来なくして、舌が悠々と唇を割って中に入り込み、縮まっている僕を誘って深く絡み合った。鼓動は早くなり、力が抜けてくる。
ソファにもたれかかっていた透くんが僕を巻き込むように座面へ押し倒す。何度も吸われてくたっとなった僕は、透くんの手が僕のハーフパンツの裾から足を撫でるようにして中に入ってきたとき、久しぶりの甘く熱い何かがあまりにも自分にそぐわない感じがして思わず彼の手を止めた。
「待って……待って……」
僕のはもうすでに勃ち上がりかけてて、でもそこを彼に触れられたくなかった。なんでそう思ったのか……体は素直に反応しているのに、ゆるやかな階段状に高見に登っていく情欲にまるでついていけてない自分がいる。
知りすぎているくらい、この先の全てを知っているのに。透くんはそれをどう取ったのか、「まさか、こんなところでがっつく訳ないだろ」と笑って、体を起こした。
僕はというと、体がじーんと痺れたみたいになってすぐには起き上がれない。手足がくすぐったい。確かに、彼のキスに感じてた。それなのにどうしてもそれ以上には進みたくない自分が彼の手を掴んでた。経験の無いシチュエーションでもない。僕の場合はナオトしか知らないけど、自分勝手だった彼が望んだときは望むままに応えていた僕だったのに、何故?
考えても分からないそれを、それほど長くは気にしなかった。自分の食事の用意をしなきゃいけなかったし、夜はまだまだ長かったから。
やっと動けるようになった僕が夜ご飯を作ってるとき透くんはリビングでテレビを見ながらスマホを弄ってて、ごはんが出来上がる頃に買ってきたお弁当をレンジで温めた。
もしかしなくても僕と一緒に食べるために買ってきたみたい?そういうことをしそうにないから、びっくり。だって、だいぶ前、朝ご飯を一緒にって誘った時は「好きにするんでほっといて」的なこと言われたし。
「いただきます」
向かい合わせに座って手を合わせると、透くんも割りばしを割って食べ始める。嬉しい。嬉しい。ひとりの食事は寂しいから。
背筋をすっと伸ばして黙々と食べる透くんの、箸さばきが綺麗。僕は箸を持つ変な癖を直せないまま大人になったから、透くんを前にするとちょっと恥ずかしい。
僕が恥ずかしいだけならいいけど、例えばいつも行くラーメン屋さんとか、人の目のあるところで僕と一緒にいる透くんが恥ずかしかったらやだな。やっぱり直した方がいいんだろうな。でも直そうとすると今以上にごはん食べるのに時間がかかるしな──で、先延ばし中の今。
「どれか欲しいのがあるの」
「え?」
「じーっと物欲しげな目で見てるから」
「違う違う!お箸が上手だなって思ってただけ」
慌てて否定すると、透くんが「あんたはよくそれで物が挟めるよねっていう持ち方だよね」と真顔で言った。ガーン。やっぱりそう思ってたよね……
「ごめんね。恥ずかしいよね」
「何が?恥ずかしいのはあんただろ」
「うん。僕が恥ずかしい」
「直せば」
簡単に言うけどさ。何回か直そうと思ったことあるんだけど、とにかくごはんどころじゃなくなっちゃうから途中でめんどくさくなるんだよね。
でもなぁ……これはいい機会なのかも。透くんに恥をかかせたくないし。呆れられたくないし。ほら、付き合ってたふたりがダメになる時ってささいなことが原因になるって言うじゃん。あんたの箸の持ち方、マジ無理。とか言われたら。そうなったらもう僕は一生フォークで生活するかもしれない。
それで、お箸を正しい持ち方にして、ぷるぷるさせながら食べ始めたの。一応知ってるんだよ。直そうとして調べたことあるから。でもさ。
「食い終わんのに千年かかりそうだな」
透くんはやっぱり真顔で、ご飯をすくったままぷるぷるしてる僕に言った。そうなの。食べ終われる気がしないの。これでいつも断念するんだよなぁ……
「そんな一気にやろうとせずに、最初は一分間だけ、とか気長にやったら。結局のところ、筋トレだろ。新しい持ち方に合う筋肉の使い方を指が覚えるまでコツコツやるのがいいんじゃないの」
「なるほど……」
「まぁあんたの場合、その覚えるまでが千年かもしんないけど」
「……千年はかかんないと思う」
そうやって千年と比べたら、思ったより早く覚えられるかも? 当たり前っちゃ当たり前のことだけど、続けることが最優先だったよね。やっぱり透くんは頭がいいなぁ。
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