笑顔の向こう側

ゆん

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シェアハウス編

フラッシュバック

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犯せ!犯せ!オメガを犯せ!

縛り上げろ!

よく見えるようにこっちに向けろ!

突っ込め!淫乱オメガをめちゃくちゃにしろ!


ありありと蘇る声。たった今耳元で叫ばれているみたいに。手足ががたがた震えだし、演説台を無意識に掴む。
裸の男、服を着た男、僕の足や手を掴む大きな手、ロープ、ムチ、天井に見えていた、キラキラした布──

眩しく照らし出されたステージの上で、酷い格好で痛めつけられる。
目を刺すスポットライト、ぐるぐる回るミラーボール。

笑ってる……みんな笑ってる……苦しむ僕を見て笑ってる……
口に何かを詰められて叫ぶことが出来ない。
息が、出来ない──

僕はそのまましゃがみ込むように倒れた。苦しさのあまり現実の景色が蘇ってくると、袖からこっちに走ってくる金塚さんが見えて、そこで意識が途絶えた。



この世に苦しみがあるのは何故ですか。
僕がこんなに苦しまなくてはいけない理由はなんですか。
僕が憎まれるのは何故ですか。
蔑まれるのは何故ですか。

黒い沼の中に落ちて上も下も分からず、空気を求めてもがいている。
怖くて怖くて
苦しくて苦しくて苦しくて──たすけて、と音にならない声で叫んだ。

手が何かに当たって、それを必死で掴む。
手がかりがそれしかなくてしがみつく。
その分からない何かは、僕をゆっくりと導いた。上へ、上へ……
どこもかしこも真っ黒だったのに白い点のような光が見えて来て、僕の視界いっぱいに広がって──




最初に聞こえてきたのは金塚さんの声。それから……透さんの声。
ふたりが話をしているけど、言葉はただの音声でそのまま通り過ぎていく。
僕は恐ろしい夢から目を覚ましたけれど、余韻が重く伸し掛かって動くことが出来なかった。
目を閉じたまま、ふたりの声を聞いて、内容が理解できるくらいに目覚めた時──

「好きだって、気付いてたんだろ」

透さんが、そう言った。

「まぁね。でも隠してもなかったんじゃないの」

金塚さんが、笑ってるみたいな声で答える。

「隠してはない」
「だろうね。自信家だなぁ」
「別に自信とか関係ないだろ」
「そう?どう思われても気にしないなんて、自信家でしかないじゃん」

僕の中で、繋がってく。

ああ、そうか……
透さんが気になってた人って……好きな人って……金塚さんだったんだ……
ふたりとも頭がいいし、話とか合うもんね……

怖い夢を見ていて良かったかもしれない。
感覚がマヒしていて、辛さを感じない。

嘘だ。僕はまた死んだように感じた。せっかく沼から救い出されたのに。

「じゃあ、先に行っとくから。また連絡して」
「ん」

音で、金塚さんが部屋から出て行ったのが分かる。
そっと目を開けると、控え室とは違う天井が目に入って、衝立に挟まれたベッドの上に寝かされているのが分かった。
どうやらここは、医務室とか救護室とか、そういう所。
すぐ傍の椅子に透さんが座っていて、スマホを片手で操作してる。

とおるさん

呼んだけど、声には出さなかった。
それなのに、それに気付いたように透さんが視線を上げて僕を見た。

「大丈夫?」

ああ、透さんの声だ。大好きな透さんの。でも透さんは金塚さんを好きなんだ。金塚さんも透さんを好きだからふたりは両想い。もしかしたら、もう付き合って──そんなのがみんな混ざって熱く込み上げてぶわぶわと視界を歪めた。

「しんどかったな」

何故か首を振って、顔を背けた。

「あの後、金塚さんがあんたのスピーチの残り、読んだんだ。ちゃんと終わったよ」
「僕は出来なかった……」
「一生懸命でいいスピーチだった」
「全部出来なかった」

僕はいつだってそうだ。でももう今日の失望は出尽くしたみたい。死んでしまった心を足元に見て、実体の僕は普通の顔をして横に立っている。

「兄さんが今日は早く帰って休んだ方がいいんじゃないかって」
「そう……」
「けどあんたが気にするなら予定通り行こうかって。行ける体調ならね」

体調は悪くはなかったけど自分を維持するパワーが落ちてしまってて、正直なところ早く家に帰りたかった。

でも、せっかく至さんが美味しいものを食べに行こうって誘ってくれたのに、金塚さんも楽しみにしてたのに、僕のせいで行けないのは申し訳ない。

「別にあんたのしたいようにしたらいい。飯食いになんてまたいつでも行けるだろ」

何も言ってないのに、何故分かるんだろう。
僕は背けていた顔を戻して透さんをぼんやり見上げた。
ふと、自分の手が何かを掴んでることに気付いた。
見ようとしてすぐに、それが透さんの手だと分かった。

そっか、夢で掴んだのってこれか……透さん、それで離れられなかったんだ。

「ごめんね、手……」

固まったみたいになった指を開くと、透さんの手が静かに離れてく。

「僕、ひとりで帰れるから。透さん、みんなとご飯──」
「俺はあんたが帰るなら帰る」
「でも……」
「起きれそうなら起きて。車で来てるから」

虚脱感が酷くて、ただ体を起こすのも休み休みになる。そしたら透さんが背中を向けておんぶしてくれようとして、歩けるって言ったけどこの動きののろさじゃ説得力なくて、結局おんぶしてもらうことになった。

医務室の看護師さんに挨拶をして、人気の少ない通路を通って入口とは反対側の駐車場へ向かう。その間僕は、こんなに近くに透さんを感じられるのも最後かもしれないと思ってがっしりした肩に手を乗せて額を預けてた。

大好きな、安心する匂い。
わんこよりも。





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