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シェアハウス編
【番外編】金塚道弘
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運命の番、なんてくだらない。
夜の仕事で擦れた同じ店の子たちですら、信じてたけど。
待っていればいつか、たった一人のアルファが夢のような生活の出来る宮殿へ自分を攫って行ってくれる、なんて。
馬鹿みたいだ。
信じられるのは自分だけ。自分の頭脳と、体と、武器になるものはすべて活かして、己の力で好みのアルファを手に入れる、くらいの気概がなくてどうする。
相手に選ばれて、夢のような暮らしをして。それで? 相手の気が変わったら一気に転落するってわけ。
例えば運命の番が本当にいたとして、本能で惹かれ合う関係のそれって、怖くない?自分のコントロール外にあるものに頼るなんて、ぼくは怖いし、嫌だ。
自分の人生は自分で切り開く。
絶対に。
ぼくは高校に入学するまでは常に学年トップ10に入ってた。勉強が好きだったし、知識を増やすことで社会的弱者、オメガであることの立場の危うさをカバー出来ると信じてた。
実際、すべてが思うままだった時期もあった。モテたし、先生受けも良かったし、オメガではほとんど見かけない大学進学に向けて、着々と歩を進める日々。
高1の冬に初めて出来た彼氏はサッカー部の主将も務めるアルファ。向こうから告白してきて、クラクラするオーラに一気に引き込まれたくせに、もったいぶって「そんなに言うなら」なんて優越感いっぱいに付き合い始めた。
雪もちらつく季節にこの世の春を謳歌するぼく。
でも春が来る前に花は散った。
放課後に突然ヒートを迎えたぼくが薬を飲もうとした時……豹変した彼に学校のトイレで暴行されて、そのたった一回で妊娠した。
もちろん、妊娠が分かったのは少し後だ。
緊急避妊ピルの存在を知らなかったぼくは、体調不良が続いたある日、もしかしてと調べた検査薬で妊娠を知った。
彼とは例の暴行の後に別れてしまっていたけれど、不安になったぼくは彼に相談した。
それが、大きな間違い。事態の発覚を恐れた彼に学校にチクられて、結果ぼくだけが退学処分になった。
抗議の声なんて、ひとつも聞いてもらえなかった。
何故なら彼がアルファだったから。親も地元の有力者で、学校側は随分支援も受けていたんだろう。
その時にぼくは思い知ったんだ。
オメガって存在が社会でどういう位置づけにあるのかを。
親ですらぼくよりあっちの言い分を信じた。
町の古い産婦人科で中絶手術を受けた帰り、お腹の鈍い痛みは我慢できないほどじゃなかったのに、大きな河の堤防の上でいつまでも涙が止まらなかった。
彼をいつまでも恨むほど子供じゃない。
そんなことで自分の人生を費やすのは悔しかったし、こうなったらオメガはオメガらしくアルファと対等になってやると腹の底から思って夜の世界に足を踏み入れた。
アルファやベータの女が勤められるクラブやキャバクラではオメガは雇ってもらえない。
でも、それはぼくにとっては好都合だった。
わざわざオメガを相手にしようってのは、圧倒的にアルファが多かったから。
そのアルファを虜にして、自分にとって最も都合のいい相手を捕まえる。ただの玉の輿じゃだめだ。望むのは圧倒的な勝利。莫大な財産を持つ、アルファの中のアルファみたいな相手でなきゃ。
そのための努力は惜しまなかった。幅広い分野の本を読み、お茶やお花、英会話などの教養を身に着けることも忘れない。顔も体も有効に使って人脈を増やし、ぼくは格上の店に移って行ってもいつもナンバーワンだった。
高級マンションに住んで、キラキラ眩しい夜景を見下ろしながら、勝ち組の味を噛みしめる。
オメガとしては絶対的な成功者だと胸を張って言えるのに、でも……その頃から、何か虚しさを感じるようになっていた。
まだ失速するわけにはいかない。
まだキングオブアルファに出会っていない。
圧倒的な勝利を収めてぼくを踏みにじったやつらを踏みつけてやることがぼくの生きる目的だったんだ。あと一歩で手が届くとこまで来てる。踏みとどまれ!
そう自分を奮い立たせるのに、虚しさはどんどん大きくなっていく。
毎日惰性で仕事をして、適当な相手に身体を預けた。
だんだんどうでもよくなっていった。
見返すため、というだけでは、もう頑張れなくなってしまった。
そんな頃、昔の友達伝いに至さんのことを聞いた。シンデレラを探す王子が現れたって。
山王寺グループの長男なら、まさにキングオブアルファの名前に相応しい。ついに、自分は捕まえるべき相手を見つけた!と。
ソッコーで店を辞めて、王子が訪れる店で働き始めた。
すぐに彼の指名を受けて、これでゲームセットだ、と思った。どの店でもぼくがナンバーワンなのだから、気に入られないはずがない、と。
ところが……彼の目的は、夜のお相手探しじゃなかった。
オメガが普通に働くための会社へのお誘い。
カッコよくもない。高給でもない。
拍子抜けして……でも、欲望にまみれているのが当たり前すぎる日常の中に、まるで清涼な水が流れてきたように感じたんだ。
権謀術数うずまく世界でいつ足元を掬われるか分からない生活をやめ、ごく普通に、堅実に生きる。
普通に仕事をして、普通に評価されて、太陽と共に起き、眠る暮らし。
オメガという性と向き合いながら、普通に人を好きになって、叶うならその好きな人と結ばれる。そんな暮らし。
ぼくは話を受けた。
そうして、昼の世界に生きるようになった。
夜の仕事で擦れた同じ店の子たちですら、信じてたけど。
待っていればいつか、たった一人のアルファが夢のような生活の出来る宮殿へ自分を攫って行ってくれる、なんて。
馬鹿みたいだ。
信じられるのは自分だけ。自分の頭脳と、体と、武器になるものはすべて活かして、己の力で好みのアルファを手に入れる、くらいの気概がなくてどうする。
相手に選ばれて、夢のような暮らしをして。それで? 相手の気が変わったら一気に転落するってわけ。
例えば運命の番が本当にいたとして、本能で惹かれ合う関係のそれって、怖くない?自分のコントロール外にあるものに頼るなんて、ぼくは怖いし、嫌だ。
自分の人生は自分で切り開く。
絶対に。
ぼくは高校に入学するまでは常に学年トップ10に入ってた。勉強が好きだったし、知識を増やすことで社会的弱者、オメガであることの立場の危うさをカバー出来ると信じてた。
実際、すべてが思うままだった時期もあった。モテたし、先生受けも良かったし、オメガではほとんど見かけない大学進学に向けて、着々と歩を進める日々。
高1の冬に初めて出来た彼氏はサッカー部の主将も務めるアルファ。向こうから告白してきて、クラクラするオーラに一気に引き込まれたくせに、もったいぶって「そんなに言うなら」なんて優越感いっぱいに付き合い始めた。
雪もちらつく季節にこの世の春を謳歌するぼく。
でも春が来る前に花は散った。
放課後に突然ヒートを迎えたぼくが薬を飲もうとした時……豹変した彼に学校のトイレで暴行されて、そのたった一回で妊娠した。
もちろん、妊娠が分かったのは少し後だ。
緊急避妊ピルの存在を知らなかったぼくは、体調不良が続いたある日、もしかしてと調べた検査薬で妊娠を知った。
彼とは例の暴行の後に別れてしまっていたけれど、不安になったぼくは彼に相談した。
それが、大きな間違い。事態の発覚を恐れた彼に学校にチクられて、結果ぼくだけが退学処分になった。
抗議の声なんて、ひとつも聞いてもらえなかった。
何故なら彼がアルファだったから。親も地元の有力者で、学校側は随分支援も受けていたんだろう。
その時にぼくは思い知ったんだ。
オメガって存在が社会でどういう位置づけにあるのかを。
親ですらぼくよりあっちの言い分を信じた。
町の古い産婦人科で中絶手術を受けた帰り、お腹の鈍い痛みは我慢できないほどじゃなかったのに、大きな河の堤防の上でいつまでも涙が止まらなかった。
彼をいつまでも恨むほど子供じゃない。
そんなことで自分の人生を費やすのは悔しかったし、こうなったらオメガはオメガらしくアルファと対等になってやると腹の底から思って夜の世界に足を踏み入れた。
アルファやベータの女が勤められるクラブやキャバクラではオメガは雇ってもらえない。
でも、それはぼくにとっては好都合だった。
わざわざオメガを相手にしようってのは、圧倒的にアルファが多かったから。
そのアルファを虜にして、自分にとって最も都合のいい相手を捕まえる。ただの玉の輿じゃだめだ。望むのは圧倒的な勝利。莫大な財産を持つ、アルファの中のアルファみたいな相手でなきゃ。
そのための努力は惜しまなかった。幅広い分野の本を読み、お茶やお花、英会話などの教養を身に着けることも忘れない。顔も体も有効に使って人脈を増やし、ぼくは格上の店に移って行ってもいつもナンバーワンだった。
高級マンションに住んで、キラキラ眩しい夜景を見下ろしながら、勝ち組の味を噛みしめる。
オメガとしては絶対的な成功者だと胸を張って言えるのに、でも……その頃から、何か虚しさを感じるようになっていた。
まだ失速するわけにはいかない。
まだキングオブアルファに出会っていない。
圧倒的な勝利を収めてぼくを踏みにじったやつらを踏みつけてやることがぼくの生きる目的だったんだ。あと一歩で手が届くとこまで来てる。踏みとどまれ!
そう自分を奮い立たせるのに、虚しさはどんどん大きくなっていく。
毎日惰性で仕事をして、適当な相手に身体を預けた。
だんだんどうでもよくなっていった。
見返すため、というだけでは、もう頑張れなくなってしまった。
そんな頃、昔の友達伝いに至さんのことを聞いた。シンデレラを探す王子が現れたって。
山王寺グループの長男なら、まさにキングオブアルファの名前に相応しい。ついに、自分は捕まえるべき相手を見つけた!と。
ソッコーで店を辞めて、王子が訪れる店で働き始めた。
すぐに彼の指名を受けて、これでゲームセットだ、と思った。どの店でもぼくがナンバーワンなのだから、気に入られないはずがない、と。
ところが……彼の目的は、夜のお相手探しじゃなかった。
オメガが普通に働くための会社へのお誘い。
カッコよくもない。高給でもない。
拍子抜けして……でも、欲望にまみれているのが当たり前すぎる日常の中に、まるで清涼な水が流れてきたように感じたんだ。
権謀術数うずまく世界でいつ足元を掬われるか分からない生活をやめ、ごく普通に、堅実に生きる。
普通に仕事をして、普通に評価されて、太陽と共に起き、眠る暮らし。
オメガという性と向き合いながら、普通に人を好きになって、叶うならその好きな人と結ばれる。そんな暮らし。
ぼくは話を受けた。
そうして、昼の世界に生きるようになった。
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