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出会い編
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「何やってんの」
ドアハンドルを掴み、左足を一歩踏み出した格好のまま、透さんが言った。
「え……と……携帯を探してて……」
「ここで?」
「あ、うん……なんか電話かかってたから、出ないとと思って……」
「……それ多分俺。兄さんからお前が電話に出ないけど家に帰ってるかって電話あったから」
至さん、やっぱり電話してくれてたんだ!うわぁ申し訳なかったなぁ……!
「あんたが普通の大人なら兄さんも心配しないだろうけど、思いもよらない事態を引き起こすのがあんただから。溝にハマるとか、ガラの悪いのに絡まれるとか、何にもないところでコケて怪我するとか色々想像させるんだ」
透さんは僕の傘のてっぺんのとんがったところを摘まんでひょいと持ち上げ、「中に入れ」と僕を通して傘を畳んでくれた。
つまり、そういう想像をしたから透さんはあんな勢いで玄関から出てきた……のかな?
なんか……全然いつも通りの透さんなのと、その優しさに触れたのとでほっとして……本当にほっとして……
「何泣いてんの」
「うん……なんか……」
「またブサイクになるぞ」
「うん……」
待ってろ、と言い残して透さんが2階に一段飛ばしで上がっていく。
嬉しくて、嬉しくて……満さんの言うとおり、本当にあの時だけ怒っただけで嫌われてはなさそうだって……普通に会話出来るのが嬉しくて……
アトリエの奥のワークスデスクのスタンドが薄暗い空間をぼんやりと照らす。
色んな画材だの木材だのが入り混じった、クリエイティブな匂い。
『自分の作り出すものに自分が見つけられない』
透さんが抱える悩みの深さを、僕は感じることが出来ない。
分かるのは、透さんから生まれ出たものには、透さんの匂いがあるってことだけ。
僕はそれが好きだ。
透さんが好きだから。
玄関のドアが開いて、タオルと洗濯かごを手にした透さんが階段を降りてくる。
幸せだ。幸せだ。これ以上ないくらい。
僕を気にかけてくれる透さんが、僕のために動いてくれること。そのことがこんなに嬉しい。
「濡れた服はこっち。ほんと、ずぶ濡れになるのが好きだな」
洗濯かごを僕の足下に置いて、頭にバスタオルをかぶせてくれて。僕のカバンを別のタオルで拭いてくれる。
透さんって、なんか……
「甲斐甲斐しい……」
思いがけず思ったことが口から零れたら、一瞬ぴきっと顔を引きつらせた透さんが「あんたが世話が焼けるだけだろ」と睨んでくる。
「ごめん……」
「早く風呂に行って」
「うん」
僕がどんくさくって気になるのは透さんの性分なんだとしても、やっぱり僕は嬉しいよ。
透さんとこんなやりとりが出来る今が。
だから、透さんが嫌なことはしたくない。透さんが怒ることはしたくない。
僕の卑屈な態度が透さんをイライラさせるなら、僕はそれを改めたい。
だいぶ難しいけど……少しでも、自分を好きになりたい。
お風呂から上がってくると、透さんがリビングのソファで膝の上に雑誌を乗せて読んでいた。
さっき着てた服は着替えてて、今は白いTシャツとグレーのスエット。でも多分僕が着てるようなスーパーで買えるようなやつじゃない。シンプルだけど、すごくお洒落にみえるもん。
もう夜中の12時を回ってるし、飲んでるせいで車もないし、この雨だし。透さんのお家がどの辺なのかは聞いたことないけど、多分今日はここに泊まるんだなって考えて……まるで一緒に暮らしてるみたいな錯覚を起こしてどきどきした。
『エトピリカ』で取り繕った自分を粉々に壊されてまだそんなに経ってないのに……僕は案外タフなのかもしれない、と濡れた頭をゴシゴシ拭いた。
この後、どうしよう……透さんといたいけど、なんとなく気まずい気もするし……でもやっぱり同じ空間にいたい。
でも透さんはもしかしたら寛げないかな。僕がいると。
部屋に行こうか、やっぱりいようか、考えながらウロウロしてしまう。
「何探してんの」
透さんが、目だけを上げて僕を見た。
「えっ探してない……何も……」
「じゃあ何でウロウロしてんの」
「あ……うん。もう、上がろう、かな……」
笑いながらカニカニ歩いてリビングの奥にある階段に向かおうとしたら、「ねえ」と透さんが僕を呼び止めた。
やたら強い目力で、僕を縫いつけて。
「あんた、寮が出来上がったら戻るって言ってたよね」
「うん……そのつもり、だけど」
『本当に約束通り出てってくれるんだろうな』『ちゃっかり住みついたりしないだろうな』『会社が近いからって』なんて……僕の頭は元がネガティブな造りだから、そんな続きばかり想像してびくびくする。
そしたら……透さんの口から出たのは、僕の想像とは真逆の言葉だった。
「このまま住めば」
真逆過ぎてすぐに反応出来ず、たっぷりすぎる間をあけて、おまけに「え?」と聞き返す。
「会社まですぐだろ。家賃もさして変わらないんだし、もう一回引っ越しする必要、ある?」
いや……えっと……僕的にはないけど、ここは元々透さんのアトリエだし、僕は2ヶ月ほどの間借りということで来た訳だし。え、いいの?え、いいんだったらここにいたいけど。それは、もちろん。
頭の中でそう考えていたのに口から出てなくて、透さんが不可解そうに「寮がいいわけ?」って……
「や、そうじゃなくて、あの……透さんはいいの……? 僕、邪魔かなって……」
「邪魔だったら言わない。そういうイジけた考え方やめたら」
「そ、そーだね」
またやってしまった。性分ってのはそう簡単に変わらないよね。また透さんをイライラさせちゃって……
それにしても。ジワジワくる。え、ずっとここに住んでいいの……? 透さんが来た時には絵を描いてるとこを傍で見たりしていいの……? え、嘘みたいなんだけど……
ドアハンドルを掴み、左足を一歩踏み出した格好のまま、透さんが言った。
「え……と……携帯を探してて……」
「ここで?」
「あ、うん……なんか電話かかってたから、出ないとと思って……」
「……それ多分俺。兄さんからお前が電話に出ないけど家に帰ってるかって電話あったから」
至さん、やっぱり電話してくれてたんだ!うわぁ申し訳なかったなぁ……!
「あんたが普通の大人なら兄さんも心配しないだろうけど、思いもよらない事態を引き起こすのがあんただから。溝にハマるとか、ガラの悪いのに絡まれるとか、何にもないところでコケて怪我するとか色々想像させるんだ」
透さんは僕の傘のてっぺんのとんがったところを摘まんでひょいと持ち上げ、「中に入れ」と僕を通して傘を畳んでくれた。
つまり、そういう想像をしたから透さんはあんな勢いで玄関から出てきた……のかな?
なんか……全然いつも通りの透さんなのと、その優しさに触れたのとでほっとして……本当にほっとして……
「何泣いてんの」
「うん……なんか……」
「またブサイクになるぞ」
「うん……」
待ってろ、と言い残して透さんが2階に一段飛ばしで上がっていく。
嬉しくて、嬉しくて……満さんの言うとおり、本当にあの時だけ怒っただけで嫌われてはなさそうだって……普通に会話出来るのが嬉しくて……
アトリエの奥のワークスデスクのスタンドが薄暗い空間をぼんやりと照らす。
色んな画材だの木材だのが入り混じった、クリエイティブな匂い。
『自分の作り出すものに自分が見つけられない』
透さんが抱える悩みの深さを、僕は感じることが出来ない。
分かるのは、透さんから生まれ出たものには、透さんの匂いがあるってことだけ。
僕はそれが好きだ。
透さんが好きだから。
玄関のドアが開いて、タオルと洗濯かごを手にした透さんが階段を降りてくる。
幸せだ。幸せだ。これ以上ないくらい。
僕を気にかけてくれる透さんが、僕のために動いてくれること。そのことがこんなに嬉しい。
「濡れた服はこっち。ほんと、ずぶ濡れになるのが好きだな」
洗濯かごを僕の足下に置いて、頭にバスタオルをかぶせてくれて。僕のカバンを別のタオルで拭いてくれる。
透さんって、なんか……
「甲斐甲斐しい……」
思いがけず思ったことが口から零れたら、一瞬ぴきっと顔を引きつらせた透さんが「あんたが世話が焼けるだけだろ」と睨んでくる。
「ごめん……」
「早く風呂に行って」
「うん」
僕がどんくさくって気になるのは透さんの性分なんだとしても、やっぱり僕は嬉しいよ。
透さんとこんなやりとりが出来る今が。
だから、透さんが嫌なことはしたくない。透さんが怒ることはしたくない。
僕の卑屈な態度が透さんをイライラさせるなら、僕はそれを改めたい。
だいぶ難しいけど……少しでも、自分を好きになりたい。
お風呂から上がってくると、透さんがリビングのソファで膝の上に雑誌を乗せて読んでいた。
さっき着てた服は着替えてて、今は白いTシャツとグレーのスエット。でも多分僕が着てるようなスーパーで買えるようなやつじゃない。シンプルだけど、すごくお洒落にみえるもん。
もう夜中の12時を回ってるし、飲んでるせいで車もないし、この雨だし。透さんのお家がどの辺なのかは聞いたことないけど、多分今日はここに泊まるんだなって考えて……まるで一緒に暮らしてるみたいな錯覚を起こしてどきどきした。
『エトピリカ』で取り繕った自分を粉々に壊されてまだそんなに経ってないのに……僕は案外タフなのかもしれない、と濡れた頭をゴシゴシ拭いた。
この後、どうしよう……透さんといたいけど、なんとなく気まずい気もするし……でもやっぱり同じ空間にいたい。
でも透さんはもしかしたら寛げないかな。僕がいると。
部屋に行こうか、やっぱりいようか、考えながらウロウロしてしまう。
「何探してんの」
透さんが、目だけを上げて僕を見た。
「えっ探してない……何も……」
「じゃあ何でウロウロしてんの」
「あ……うん。もう、上がろう、かな……」
笑いながらカニカニ歩いてリビングの奥にある階段に向かおうとしたら、「ねえ」と透さんが僕を呼び止めた。
やたら強い目力で、僕を縫いつけて。
「あんた、寮が出来上がったら戻るって言ってたよね」
「うん……そのつもり、だけど」
『本当に約束通り出てってくれるんだろうな』『ちゃっかり住みついたりしないだろうな』『会社が近いからって』なんて……僕の頭は元がネガティブな造りだから、そんな続きばかり想像してびくびくする。
そしたら……透さんの口から出たのは、僕の想像とは真逆の言葉だった。
「このまま住めば」
真逆過ぎてすぐに反応出来ず、たっぷりすぎる間をあけて、おまけに「え?」と聞き返す。
「会社まですぐだろ。家賃もさして変わらないんだし、もう一回引っ越しする必要、ある?」
いや……えっと……僕的にはないけど、ここは元々透さんのアトリエだし、僕は2ヶ月ほどの間借りということで来た訳だし。え、いいの?え、いいんだったらここにいたいけど。それは、もちろん。
頭の中でそう考えていたのに口から出てなくて、透さんが不可解そうに「寮がいいわけ?」って……
「や、そうじゃなくて、あの……透さんはいいの……? 僕、邪魔かなって……」
「邪魔だったら言わない。そういうイジけた考え方やめたら」
「そ、そーだね」
またやってしまった。性分ってのはそう簡単に変わらないよね。また透さんをイライラさせちゃって……
それにしても。ジワジワくる。え、ずっとここに住んでいいの……? 透さんが来た時には絵を描いてるとこを傍で見たりしていいの……? え、嘘みたいなんだけど……
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