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出会い編
土砂降りの中
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終電に間に合うようにとお開きになった二次会の後、至さんと満さんを迎えに来た駒井さんの車にこっそり乗せてもらった。
「どうせ叔父を送って行く道中だから」
そう言って至さんは僕を後部座席に座らせた。
外はすごい雨だった。『エトピリカ』に入る前に遠くにあった雷雲が、土砂降りを連れてきてた。
車内では至さんと満さんが喋っているのをぼうっと聞いてた。雨が車を打ち付ける音が大きくて、はっきりとは聞こえない。
少し眠くなった。泣いて疲れたのもあったし、僕には関係のない仕事の話をしていたのもあったし。
けど後になって、きっとそれはふたりが気を遣ってくれたんだなって気付いた。
泣いたら目の周りが赤く腫れるタイプの僕が他の社員に見られないように「松崎くんはちょっと具合が悪いみたいだからもう少し休ませる」と皆を先に帰してくれて、その後に車に乗せてくれたし。
家まで送ってくれると言ったけど、たくさんの人と一緒にいた直後にあの家に1人になるのがなんとなく嫌でコンビニで降ろしてもらった。ジャスミンティーがどうしても飲みたいし、雨の中を少し歩きたいから、と言って。
「今日は幹事ご苦労様。土日はゆっくり休んでね。月曜日、引っ越し頑張ろう」
「トマルくん、時々うちに遊びにおいで。社食、来月からカレー屋だよ」
至さんと満さんが手を振ってくれるのに深々とお辞儀をして雨の中に薄れていく車を見送った。
ほんとに、僕の人生にとっては二人とも間違いなく救世主だ。
今濡らしたばかりの透明傘を畳み、白い光を道に漏らす眩しい店内に電子音と店員の声に迎えられて入る。みんな僕のことなんて見てないって思いながらもなんとなく泣き顔を気にして俯きがちになって、一番後ろのドリンクコーナーでジャスミンティーを取り出した。
本当に飲みたかった訳じゃないんだけど、至さんと満さんに言ったことを嘘にしたくなかったから、レジに向かう途中のデザートコーナーにあった新作シュークリームと一緒にレジ台の上に置いた。
自動ドアがお客の出入りで開くたび、雨音が大きくなったり小さくなったりしてる。
カバンの中からお財布を出すのに手間取り、出した財布から摘まみだした小銭を落として拾い、後ろに並んでる客にひやひやしながら支払いを済ませる。
どんなときも僕は僕で……やっぱりちょっとどんくさい。
自動ドアの向こうから聞こえてくる雨音がさっきよりもすごいとは思ってたけど、実際に帰ろうとすると、ザーっていうよりドーッて言った方がいいくらいの激しい雨が降っていた。
これ……帰れるかな……
傘をさしてなるべく体を小さくして両手で傘の柄を掴んで踏み出すけど、なんか滝の下に入ったみたいなすごい振動が手に伝わってきた。
道路を白く見せる位の激しい跳ね返りにズボンの裾はびしょびしょ。っていうか、傘の中にいる意味は、頭と顔が濡れないだけ、みたいな。
でも、5分くらいだし……どっちにしたって帰らなきゃだめなんだし……ぐるぐる考えながら、街灯が照らす夜道を一歩一歩進んでいった。
これ家に着いたら多分ずぶ濡れだな……
家の中を濡らしたら透さんに申し訳ないし、一階で全部脱いで二階に上がろうか……足跡はつくかもしれないけど、あとで雑巾で拭いたらいいし。
ちょっと怖いくらいの雨の中、いつもより長く感じる時間を歩いてやっと家が見えてきた時──僕は思わず足を止めた。2階に電気がついてた。
「透さん……」
僕の呟きは誰にも聞こえない。スピードを落とした黄色い車が僕の横をゆっくり通り過ぎていく。
透さんが来ている時はいつも嬉しかったのに、今日は緊張と不安の方が勝ってる。
満さんの言葉があったから、きっと大丈夫だよと声をかける自分もいたけれど……今はまだ、あの強い眼光に晒されるのが怖かった。
あの後、絵を描きに来たんだろうか。
それとも僕にまだ言い足りなくて……
ついに家の目の前まで来て、駐車スペースに立ち竦んだままもう一度2階を見上げた。
この向こうに透さんがいる──
そう考えると、どうしてもドアを開ける勇気が出なかった。
また、満さんの言葉を思い出す。
『嫌ってなんかないさ』
『トマルくんは特別じゃないかなぁと思うよ』
そう……そうだったらいいのにな。
玄関前をふわんとオレンジ色に照らしてる丸いライトの下、傘の柄をぎゅっと握って突っ立ってる僕。
まるで鍵をなくして家に入れない子どもみたいだ。
ふと、雨音の中に微かにブーンブーンという音が混じってる感じがして耳を澄ませた。
カバンを近づけるとやっぱり気のせいじゃなくケータイのバイブの音で、急いで傘を首に挟んでたすき掛けにしたカバンの中をガサゴソ探ったけど、見つけ出す前に音が止まってしまった。
友達がいない僕は、こんな時間に電話を掛けてくる人の心当たりは至さんくらい。
ちゃんと家についた?とか……心配してくれたのかもしれないと思って。
それにしても携帯どこ?おかしいな、確かにあるはずなのに──バイブ音は止まったけど履歴を確認してすぐに掛け直さないとと思ってごそごそやってたら、突然玄関の鍵がカシャンと音を立ててすごい勢いでドアが開いた。
足を踏み出した透さんと、カバンを探ってる格好のままびっくり固まった僕の目が合った。
首に挟まった柄の金属部分の硬さを、やけにリアルに感じてた。
「どうせ叔父を送って行く道中だから」
そう言って至さんは僕を後部座席に座らせた。
外はすごい雨だった。『エトピリカ』に入る前に遠くにあった雷雲が、土砂降りを連れてきてた。
車内では至さんと満さんが喋っているのをぼうっと聞いてた。雨が車を打ち付ける音が大きくて、はっきりとは聞こえない。
少し眠くなった。泣いて疲れたのもあったし、僕には関係のない仕事の話をしていたのもあったし。
けど後になって、きっとそれはふたりが気を遣ってくれたんだなって気付いた。
泣いたら目の周りが赤く腫れるタイプの僕が他の社員に見られないように「松崎くんはちょっと具合が悪いみたいだからもう少し休ませる」と皆を先に帰してくれて、その後に車に乗せてくれたし。
家まで送ってくれると言ったけど、たくさんの人と一緒にいた直後にあの家に1人になるのがなんとなく嫌でコンビニで降ろしてもらった。ジャスミンティーがどうしても飲みたいし、雨の中を少し歩きたいから、と言って。
「今日は幹事ご苦労様。土日はゆっくり休んでね。月曜日、引っ越し頑張ろう」
「トマルくん、時々うちに遊びにおいで。社食、来月からカレー屋だよ」
至さんと満さんが手を振ってくれるのに深々とお辞儀をして雨の中に薄れていく車を見送った。
ほんとに、僕の人生にとっては二人とも間違いなく救世主だ。
今濡らしたばかりの透明傘を畳み、白い光を道に漏らす眩しい店内に電子音と店員の声に迎えられて入る。みんな僕のことなんて見てないって思いながらもなんとなく泣き顔を気にして俯きがちになって、一番後ろのドリンクコーナーでジャスミンティーを取り出した。
本当に飲みたかった訳じゃないんだけど、至さんと満さんに言ったことを嘘にしたくなかったから、レジに向かう途中のデザートコーナーにあった新作シュークリームと一緒にレジ台の上に置いた。
自動ドアがお客の出入りで開くたび、雨音が大きくなったり小さくなったりしてる。
カバンの中からお財布を出すのに手間取り、出した財布から摘まみだした小銭を落として拾い、後ろに並んでる客にひやひやしながら支払いを済ませる。
どんなときも僕は僕で……やっぱりちょっとどんくさい。
自動ドアの向こうから聞こえてくる雨音がさっきよりもすごいとは思ってたけど、実際に帰ろうとすると、ザーっていうよりドーッて言った方がいいくらいの激しい雨が降っていた。
これ……帰れるかな……
傘をさしてなるべく体を小さくして両手で傘の柄を掴んで踏み出すけど、なんか滝の下に入ったみたいなすごい振動が手に伝わってきた。
道路を白く見せる位の激しい跳ね返りにズボンの裾はびしょびしょ。っていうか、傘の中にいる意味は、頭と顔が濡れないだけ、みたいな。
でも、5分くらいだし……どっちにしたって帰らなきゃだめなんだし……ぐるぐる考えながら、街灯が照らす夜道を一歩一歩進んでいった。
これ家に着いたら多分ずぶ濡れだな……
家の中を濡らしたら透さんに申し訳ないし、一階で全部脱いで二階に上がろうか……足跡はつくかもしれないけど、あとで雑巾で拭いたらいいし。
ちょっと怖いくらいの雨の中、いつもより長く感じる時間を歩いてやっと家が見えてきた時──僕は思わず足を止めた。2階に電気がついてた。
「透さん……」
僕の呟きは誰にも聞こえない。スピードを落とした黄色い車が僕の横をゆっくり通り過ぎていく。
透さんが来ている時はいつも嬉しかったのに、今日は緊張と不安の方が勝ってる。
満さんの言葉があったから、きっと大丈夫だよと声をかける自分もいたけれど……今はまだ、あの強い眼光に晒されるのが怖かった。
あの後、絵を描きに来たんだろうか。
それとも僕にまだ言い足りなくて……
ついに家の目の前まで来て、駐車スペースに立ち竦んだままもう一度2階を見上げた。
この向こうに透さんがいる──
そう考えると、どうしてもドアを開ける勇気が出なかった。
また、満さんの言葉を思い出す。
『嫌ってなんかないさ』
『トマルくんは特別じゃないかなぁと思うよ』
そう……そうだったらいいのにな。
玄関前をふわんとオレンジ色に照らしてる丸いライトの下、傘の柄をぎゅっと握って突っ立ってる僕。
まるで鍵をなくして家に入れない子どもみたいだ。
ふと、雨音の中に微かにブーンブーンという音が混じってる感じがして耳を澄ませた。
カバンを近づけるとやっぱり気のせいじゃなくケータイのバイブの音で、急いで傘を首に挟んでたすき掛けにしたカバンの中をガサゴソ探ったけど、見つけ出す前に音が止まってしまった。
友達がいない僕は、こんな時間に電話を掛けてくる人の心当たりは至さんくらい。
ちゃんと家についた?とか……心配してくれたのかもしれないと思って。
それにしても携帯どこ?おかしいな、確かにあるはずなのに──バイブ音は止まったけど履歴を確認してすぐに掛け直さないとと思ってごそごそやってたら、突然玄関の鍵がカシャンと音を立ててすごい勢いでドアが開いた。
足を踏み出した透さんと、カバンを探ってる格好のままびっくり固まった僕の目が合った。
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