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出会い編
賢者
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バーテンダーが透さんの注文したお酒を持って来て、空いた席を見ながら置いても良いものか思案顔になると、満さんは頷きでそれを促してグラスを受け取った。
「松崎くん。何かあった……?」
バーテンダーと入れ替わりに至さんが大きな葉っぱの向こうからこっちへやって来て、気がかりな表情で訊ねてくる。
優しい顔。とても綺麗な……僕の人生とこの人の人生が交わったのは奇跡だといつも感謝しながら、今日はその不協和音に胸が軋んでる。
合わせる顔がないんです。至さん、僕は──
「透は用事があるから帰った。残りの子たちも透がお目当てだったから帰った。っつーわけで、俺は今からトマルくんとデートするから、お前はあっち行ってな」
突然満さんがそんなことを言って、僕の肩を抱き寄せた。
「はあ?叔父さん何言ってるんですか」
「いいだろ?俺はこの子を気に入っちゃったんでね」
「それは──」
「悪いようにはしないって。ほら、行った行った」
満さんがシッシッと至さんを手で追い払うようにすると、至さんは僕を気にしつつ、こっちで起こったことには気付いてなさそうなみんなの所へ戻って行った。
至さんが見えなくなると、満さんは僕の肩から手を離し、「さて」と言って僕に向き合うように足を組み替えた。
カラン、と小さく氷が鳴る。
「さっきのは、まぁ……トマルくんが悪いわなぁ……」
その言葉を聞いたとき。
意外にも僕の内側に沸いたのは微かな反発心だった。
悪いのはあいつらだ、ひどいのはあいつらだ、と釜の底で叫んでる自分がいる。
「酷いやつらだね」
「気にするなよ」
「可哀想に」
僕は傷ついた顔の裏でそんな言葉を待ってたらしい。
それだけじゃない。
本心では憎んでいる彼らの好意を得たくて、無力な自分を演じてた。
こんなに弱いのだからそのへんにしておいてくれと、卑屈な笑いで懇願してたんだ。
自分のいやらしさに愕然とした。
自分の弱さを盾に、同情をかって生き延びようとしている醜い自分。
最も、見たくない姿……
涙がこぼれた。
知れば知るほど情けない。
やっぱり、どうしようもなく弱く、醜く、愛しようもない自分。
何も出来ない。
うまくやれない……
「トマルくん。どうして怒らない?」
満さんは尋ねていながら、その答えを知っているような深い色の目で僕を見た。
どうして……?
問う声が、真我の岸へ僕を追いやる。
どうして。どうしてって──
「あの場で怒ったら……まるでそれが本当に起きてることみたいじゃないですか……あまりに惨め過ぎるじゃないですか……そんなこと、耐えられないじゃないですか……」
だから、ただ過ぎるのを待ってたんだ。
真実なんて見たくなかった。
「そういう目にあっている自分が恥ずかしくて……何も起きてないことにしたくて……」
声が掠れて震える。
僕は、自分の目を塞いで見えなくなれば、周りからも見えないとでも思っていたらしい。愚かにも。
「けど……怒ったところで僕は何を勝ち取るんですか。
何をしてもうまくいかず、散々な人生を歩み、奪われても文句が言えず、与えられて然るべきものまで与えられない自分をですか。
好きな人の前でかかされた恥を認めるしかない自分をですか。
だって彼らが言ったことは真実です。まるきり嘘ならこんなふうに切り刻まれたりしない。
僕は決して誇ることが出来ない生き方をした、その報いを受け取っただけ。
彼らは悪くない。
満さんの言う通り……悪いのは自分です。
恥ずかしい生き方をしてその恥ずかしさからも逃げる、自分自身です」
涙が止まらない。ほとほと落ちてスーツを濡らし、グレーのスーツの色を濃くした。
口にしてしまえば、前から知っていた自分の姿だった。
ただ受け入れたくなくて逃げ続けてただけ。
僕はこんなにも愚かだ。頭が悪いのは知ってたけど、ここまで愚かだったなんて。
テーブルの上のブルーラグーンソーダを呆然と見つめながら泣いていたら、不意に満さんが「君は賢い子だね」って……あまりにも事実と反することを言った。
慰めにしたってひどい。
すべてを晒した僕を見て、今更。
「松崎くん。何かあった……?」
バーテンダーと入れ替わりに至さんが大きな葉っぱの向こうからこっちへやって来て、気がかりな表情で訊ねてくる。
優しい顔。とても綺麗な……僕の人生とこの人の人生が交わったのは奇跡だといつも感謝しながら、今日はその不協和音に胸が軋んでる。
合わせる顔がないんです。至さん、僕は──
「透は用事があるから帰った。残りの子たちも透がお目当てだったから帰った。っつーわけで、俺は今からトマルくんとデートするから、お前はあっち行ってな」
突然満さんがそんなことを言って、僕の肩を抱き寄せた。
「はあ?叔父さん何言ってるんですか」
「いいだろ?俺はこの子を気に入っちゃったんでね」
「それは──」
「悪いようにはしないって。ほら、行った行った」
満さんがシッシッと至さんを手で追い払うようにすると、至さんは僕を気にしつつ、こっちで起こったことには気付いてなさそうなみんなの所へ戻って行った。
至さんが見えなくなると、満さんは僕の肩から手を離し、「さて」と言って僕に向き合うように足を組み替えた。
カラン、と小さく氷が鳴る。
「さっきのは、まぁ……トマルくんが悪いわなぁ……」
その言葉を聞いたとき。
意外にも僕の内側に沸いたのは微かな反発心だった。
悪いのはあいつらだ、ひどいのはあいつらだ、と釜の底で叫んでる自分がいる。
「酷いやつらだね」
「気にするなよ」
「可哀想に」
僕は傷ついた顔の裏でそんな言葉を待ってたらしい。
それだけじゃない。
本心では憎んでいる彼らの好意を得たくて、無力な自分を演じてた。
こんなに弱いのだからそのへんにしておいてくれと、卑屈な笑いで懇願してたんだ。
自分のいやらしさに愕然とした。
自分の弱さを盾に、同情をかって生き延びようとしている醜い自分。
最も、見たくない姿……
涙がこぼれた。
知れば知るほど情けない。
やっぱり、どうしようもなく弱く、醜く、愛しようもない自分。
何も出来ない。
うまくやれない……
「トマルくん。どうして怒らない?」
満さんは尋ねていながら、その答えを知っているような深い色の目で僕を見た。
どうして……?
問う声が、真我の岸へ僕を追いやる。
どうして。どうしてって──
「あの場で怒ったら……まるでそれが本当に起きてることみたいじゃないですか……あまりに惨め過ぎるじゃないですか……そんなこと、耐えられないじゃないですか……」
だから、ただ過ぎるのを待ってたんだ。
真実なんて見たくなかった。
「そういう目にあっている自分が恥ずかしくて……何も起きてないことにしたくて……」
声が掠れて震える。
僕は、自分の目を塞いで見えなくなれば、周りからも見えないとでも思っていたらしい。愚かにも。
「けど……怒ったところで僕は何を勝ち取るんですか。
何をしてもうまくいかず、散々な人生を歩み、奪われても文句が言えず、与えられて然るべきものまで与えられない自分をですか。
好きな人の前でかかされた恥を認めるしかない自分をですか。
だって彼らが言ったことは真実です。まるきり嘘ならこんなふうに切り刻まれたりしない。
僕は決して誇ることが出来ない生き方をした、その報いを受け取っただけ。
彼らは悪くない。
満さんの言う通り……悪いのは自分です。
恥ずかしい生き方をしてその恥ずかしさからも逃げる、自分自身です」
涙が止まらない。ほとほと落ちてスーツを濡らし、グレーのスーツの色を濃くした。
口にしてしまえば、前から知っていた自分の姿だった。
ただ受け入れたくなくて逃げ続けてただけ。
僕はこんなにも愚かだ。頭が悪いのは知ってたけど、ここまで愚かだったなんて。
テーブルの上のブルーラグーンソーダを呆然と見つめながら泣いていたら、不意に満さんが「君は賢い子だね」って……あまりにも事実と反することを言った。
慰めにしたってひどい。
すべてを晒した僕を見て、今更。
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