笑顔の向こう側

ゆん

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出会い編

逃れられない過去

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お昼休みになってパソコンを落としながらどこに食べに行こうか考えてたら、金塚さんがいつもつるんでる人たちとキャーキャー盛り上がる声が聞こえてきた。

「もーほんっとにかっこよすぎ。冷徹なとこがまた……」

「いつ見てもお洒落だよね~!あれは相当お金かけてるよ!あの王様オーラ……もうひれ伏すしかないでしょ」

「金塚さん告っちゃいなよ!お似合いだって!」

「え~?無理無理、ぼくなんか~」

金塚さんはぼくなんかって言いつつ、満更でも無さそうな感じで……もしかしたら、手応えがあるのかなって思った。例えばファッションの話題で盛り上がったり……?

いや、それはないよね。仕事以外の話なんかしたら瞬殺されるよ。透さんの場合。

でも創業時から知ってるんだから、距離感は僕とは違うんだろうな。

……いいな。2年前の透さんも知ってるなんて。

少し俯きがちに考えつつお財布をポケットに入れて会社の入り口を出てすぐのエレベーターの前で待ってると、僕の後ろにさっきの3人組が盛り上がったテンションのまま近づいてきた。

あー……聞きたくないな……階段で降りれば良かった。

こんな時に限ってエレベーターは上に向かってこの階を通り過ぎたところで、降りてくるまではもう少しかかりそう。

順番に上がっていく階数ランプを早く来い!と思いながら睨んでたら、後ろがシンと静かになって、「ねぇねぇ松崎くん」と突然金塚さんに呼ばれて驚いた僕は、びくっと体を震わせた。

「は、はい?」
「透さんのこと、好きなんでしょ?」
「えっ……いえっそんなことは──」
「バレバレだし。まぁ松崎くんがどう思ってようと、ライバルにもなんないからいいけど、一応言っとく。分をわきまえろよ」

綺麗な二重の目を細めて、侮蔑すら感じさせる目で僕を見る。後ろのふたりも後押しするように、完全に僕を舐めて。

僕の中に怒りが生まれないわけじゃない。でも一番優先させるのは事を荒立てないこと。コールセンターの中でごたごたが起きないように、みんなが嫌な気持ちにならないように……そう考えたら、自然と笑ってしまうんだ。いつも。

「ほんと、誤解です……透さんとは仕事の話しかしてませんし。もう打ち合わせも終わったし、忘れられてると思いますし」
「当たり前でしょ。透さんと並んでたら王様と下僕だもん」
「キャハハッ 金塚さんうまい!」
「そーゆー所で働いてたもんねぇ?『Harem』だったっけ?ぼく絶対無理~!」

狭い世界だから隠し立ては出来ない。特に僕のことは、たまたま『POISON』から一緒に来た下村さんが金塚さんと仲が良いもんだから、その当時ことを含めて全部筒抜けだった。

心が固まってる。あの頃のことを思い出すとそうなる。それでも笑えるんだ。一緒になってあの頃の自分を笑うんだ。笑って、笑って流すんだ。それが一番、一番良い方法で──

「ほんと、良く平気でいられるね。そのくらい鈍くないとやってけないよね、あんな所。バカで良かったね」

金塚さんたちはそう言ってちょうど到着したエレベーターに乗り込むと、僕が乗る前にドアを閉めて降りて行ってしまった。

ホールにぽつんと取り残されて、僕はジャケットの胸元をぎゅっと掴んだ。

大丈夫、大丈夫──

深呼吸をしようとして上手く吸えずに、引きつったように何度も息を吸った。

あの人たちとも上手くやらなければ至さんの信頼を失う。それを失ってしまったら──そう考えることが自分を追い詰めてると分かっていても、至さんは僕の光で、この会社は生きる場所そのものだから考えてしまう。



この世にたったひとりでいる、という強い孤独感と不安が唐突に襲ってくる。

僕はそれをぐうっと押し込めて、少し震える指で下向きボタンを押した。

時々、こんな日があるってだけ。

あの人たちの興味はすぐに移っていくし、多分お昼を食べて戻ってきたらいつも通り。

だから僕も忘れるように努めて、午後からも普通に仕事をする。

それで、いつも通り。



胸に想う透さんすら、遠く感じる。

想うくらい自由だ、と考えながら、あの人たちが言ったことを自分が一番感じてるって認めざるを得ない。

物覚えが悪い僕が忘れられないあの日々がある限り、想う権利すらない。それが当たり前だと考えるくらい、自分を汚く感じてしまうから。



予想していた通り、金塚さんたちはお昼から戻って来ると何事もなかったように仕事を始めた。

仕事中に僕と金塚さんが絡むことはほぼないし、そのまま終業時間が来て三人とも帰って行った。

ほっとしたけど、なんだかひどく疲れてた。

自分の過去からは逃れられない。忘れていたってこうやって追いかけてくる。自分に向けた嘲りを流すことにも慣れていたはずなのに、今は鉛を飲んだように胸が重い。

透さんを好きな気持ちがキラキラしていればいるほど、はっと目覚めた時の乾いた現実との落差に呼吸が止まる。

『分をわきまえろよ』

分かってる。何も望んでない。ただ好きな気持ちは止められないから、好きでいるだけ。

それは知られてはいけない想いなのに金塚さんにもあっさりバレて、何事もうまくやれない自分に呆れつつ、もう失望もしないんだ。

だって自分がうまくやれるなんて思ってないし、どんなことだって何べんも何べんもやってやっと人並みの一番後ろの方に追いつけるだけだから、僕は僕の出来ることを一生懸命やるだけで、希望は持たないから。



いつもよりノロノロと支度を済ませて会社を出た。

少し熱っぽいなと思いはしたけど今日は疲れてるせいでぼうっとしてて、電車に揺られてる間も何も考えられずにつり革に掴まって目を閉じてた。

電車を降りて改札を出ると雨が降り出してて、いつも折り畳み傘を入れてるのに今日に限って忘れてる。

ツイてない日っていろいろ重なるものだなぁと思いながら、雨の中に歩き出した。

雨が案外気持ち良くて、嫌なことがあった日に濡れて帰ってる自分が少し可笑しくて笑いながら……今日くらい一番近い道を通ればいいのに癖で新事務所の前を通ってた。中には工事用の眩しいオレンジ色のライトが付いてて、壁紙を貼ってる作業員の姿がくっきり見えた。

きっと今日が過ぎればまた楽しいこともある。一生懸命仕事をしてるひとたちの背中を見てそう思う。

少しだけ元気を貰って、僕はぺこりと頭を下げて雨脚が強くなってきた路地をかばんを抱えるようにして歩いた。

もう少しで家だと思って視線を上げたら、二階に電気がついててどきっとした。

駐車場に、白い軽自動車が停まってた。




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