笑顔の向こう側

ゆん

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出会い編

まさかのOK

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次の日、朝礼後に至さんに呼ばれた。昨日の話だな、と思った。透さんに訊いたけどダメと言われてしまったという返事を想像した。昨日の夜ネットで探してちょっと遠いけど一応物件も見つけておいたから、大丈夫。そう思ってたのに。

「昨日の件、透の了解を取ったから。工事が始まる再来週までに引っ越してくれる?」
「ええっ!?」

思わず素っ頓狂な声が出て、至さんは少し眉を上げて「難しい?何か手伝おうか」と声を小さくして言った。

「いえっすみません!透さんがOKしてくださると思わなかったので、ちょっとびっくりして」
「はは、確かにね。でもほんとすんなりだったよ。一応、引っ越し日は連絡しあって決めてくれる?あいつが合鍵を作っといてくれるらしいから」
「はい……ありがとうございます」

うるさい人たちがいるから透のアトリエってことはナイショね、と至さんは笑った。

なんだか信じられないんだけど。透さん、絶対嫌がると思ったのに。

それより引っ越し日だよ……平日は無理だから、今週末か来週末のどっちかで引っ越さなきゃいけない。家具は寮の作り付けだから私物に大きい物はないし、ダンボールに詰めて宅配便で送ればいっか。

透さんのLiNEにNEにすぐさま連絡。OKしてくれたお礼と、透さんの都合のいい引っ越し日について。

返事は僕がスマホを机に置いた途端に来た。日曜ならどちらでもいい、と。

再来週だとギリギリ過ぎるから今週がいいんじゃないかって言われて、じゃあそうしますって、荷物はある程度は車で運べるから日曜に寮まで行くって言われて、じゃあお願いしますって……なんか全部透さんに言われるがまま、あれよあれよと言う間に決まっちゃった。

うわー……嬉しい……どうしよ。そわそわするな……仕事関係なく透さんに会うの初めてだ……私服どんなのかな。お仕事のときみたいにバリッとしてんのかな。

や、その前に僕の私服がやばい……買いに行く時間もない……っていうかそんなことよりまず荷物詰めなきゃ!




そんなだったから、週末までの夜はずっと荷造りをしてた。何しろ僕は片付けが苦手で……原因は分かってる。僕が物を捨てられないせいだ。

捨てられる人には分かんないだろうけど、捨てるか残すかを決めることは僕にとってはすごくエネルギーを消耗すること。

だから1時間もやってると、もうヘトヘトになった。

最後の土曜日の夜に食堂へ行った時は寮母の清美さんが心配してくれた。

「片付けは終わったかい?」
「なんとか。物が多い方だとは思ってたけど、詰めても詰めても終わんないからびっくりしたよ」
「そうそう!箱に詰めてみると案外ね。しばらく会えないけど、元気でやりなさいね」
「清美さんも!」

食事に来てた寮に残ってるみんなの話を聞いてたら、今日明日で引っ越す人がほとんどみたい。実家に帰る人、ウィークリーマンションにタッチの差で入れた人、これを機に彼氏と同棲を始める人……

うわっ……同棲ってワード、今の僕には禁句だ……

勝手に透さんとのことを連想しちゃって恥ずかしい……

顔を熱くしながら、自分に呆れる。

まるで自分がふたりいるみたいだ。ナオトとのことで本当に恋愛はもうまっぴらだって思ってるのに、浮かれた妄想にそわそわする。

のめり込むほど傷が深くなって、立ち直れない痛みを味わうのに。

あのひとり取り残されたの部屋の寒さは、まるで永久凍土のように胸の奥に残ってる。男がみんなそうだってわけじゃないのは頭では分かってるのに、信じるというのはたやすくはなかった。


ただ好きでいるだけでいい。

何も望まない。ずっとこのままで。

でももっと透さんを知りたい。

逢いたい。


『トマはバカだから、俺に任せとけばいいんだよ』ってナオトが良く言ってたのを思い出す。
『あんな男を信じるなんて、留丸はバカよ』って友達が言ってたのを思い出す。

頭が良くない自覚はあるから言われても同意しかなかったけど、こうやって同じ痛みを味わう可能性が高い道を歩いてく自分を後ろから見たら、やっぱりバカだよなぁって、改めて思ってしまう。

だから、僕は笑うんだ。痛みが薄れるから。

どうしようもないバカさ加減の輪郭が、曖昧になるから。

曖昧さが嫌いな透さんは、僕の笑顔が嫌いかもしれないって思った。

嫌われるのは辛いな。

でも僕はバカだから、辛くなったらきっとまた笑うだろう。



『明日、友人の車を借りて予定通り6時に行くから玄関まで荷物を出しておいて』

透さんからのLiNEに分かりました、と返事を送る。早朝を指定してきたのは透さんだ。寮のみんなになるべく見られたくないらしい。

僕との関係を勘繰られたくないんだろうなと納得しつつ、胸の奥がしくしくするのを感じない振りをしていた。




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