笑顔の向こう側

ゆん

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出会い編

野良ジャガー

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おしゃれなオフィスを後にして、まだまだ降り続く雨の中、透さんに支えられながら白の軽に戻った。今度は助手席だった。

雨音に包まれる箱の中で、行きよりも随分リラックスしてる。あんなに気詰まりだったのに(といいつつ寝ちゃったけど)嘘みたい。

「そういえば……事務所の下の部分ってカフェなんですか?」

ふと思い出したことを訊いてみる。それが出来るくらいの雰囲気。

「カフェ兼社食。一ヶ月間の契約で実験的に店を出したい連中があそこに入る。今はイタリアンだけど、先月は創作アジアンだった」

「わ、そうなんだ。お店を出してみたい人も気軽にチャレンジできるし、社員さんもメニューにマンネリを感じずに済むし、いいアイデアですね!」

「叔父の発案だ」

淡々と喋ってるけど、ちょっと嬉しそうに見えた。透さんは叔父のみちるさんのおっかけだって、至さんが言ってたけ。

「満さんて建築家として有名ってお伺いしたんですけど、どんな方なんですか?」

それはちょっとした興味であり、話題のつもりだった。けど透さんにかかるとそうじゃないらしい。

「どんな、と訊かれてひとことで答えられるほど人はシンプルに出来てない。一つの面を取り上げれば他の面と矛盾するということも往々にして起こりうるということを前提に俺の主観で話すってことでいいんだな」

淀みない言葉の羅列にタジタジになりながら、「はい」 と頷いた。透さんって何事も曖昧に出来ないんだなぁ……と妙に感心しつつ。

「叔父の最大の魅力はその ”自由さ” だな。作品はもちろん、普段の生活、人生そのものにもそれは共通してる。
叔父が設計したものは大きいのから小さいのまで多数あるけど、個人的には一戸建てにもっともその特徴が活かされていると思う。
人好きで社交的で他業種の人間とも積極的に交わるから、建築家という枠に縛られない活躍をしてる。
逆に同業の頭の固い連中からは ”邪道” だと言われることもあるが、それはりんごは食い物だ、と決めつけてるようなもんで、それを食おうが、投げようが、絵の題材に使おうが、本来は自由なはずだ。
叔父は一定数あるそういう声も、無視しない。譲るわけじゃないが、受け止めて常に自分にとってのベストを探してる。そこが素晴らしいと思う」

過ぎるくらい、まっすぐな賛辞。もう、あっけにとられるほど滔々とうとうと……声や口調には高揚は感じられないけど、その口数の多さや話すスピードに、透さんの彼に対する気持ちが正直に表れてる。

ふふ……本当に叔父さんが好きなんだって分かって、なんか可愛いなと思った。透さんに言ったら絶対怒りそうだから言えないけど。

「自由さが最大の魅力って素敵ですね。特に有名になられた方って、しがらみとか多そうなのに」

「今までの功績に囚われずに毎回新しいものを作り出すし、今ある人間関係を大事にしながらもしがみつかない。あらゆる面で自由なんだ。本当にすごいと思う」

透さんがさっきよりもさらに叔父自慢な気持ちを滲ませて言うから余計に可愛く感じちゃって……だって見た目も性格も全く隙がないし怖かったから、ギャップが凄くて。そんなところは年下っぽいなって。

やー俄然興味が沸いちゃったな。この透さんをここまで言わしめる満さんという人に。お会いする機会はなかなか無さそうなのが、ちょっと残念。



雨脚は弱まることなく、フロントガラスの上をワイパーが水しぶきを上げて行き来する。

グレーの街をいく人々はみんな早く家に帰りたそうに俯いて、傘の影に隠れるように歩いてる。

流れ落ちる水の筋を眺める目にブレーキランプの赤が滲んでは現れて、ちゃんと起きてるのにぼうっとしてる。

だから隣から「絵、好きなの」と声がかかったとき、一瞬空耳かと思って……でもすぐにはっとして、脳内で透さんのセリフを確認して「はい!」と不釣り合いなテンションで返事をしてしまった。

「そんなデカい声出さなくても聞こえるけど」
「ごめんなさい。ちょっとびっくりして」
「あんた、びっくりしてばっかだな」

そう言って笑った……!透さんが……!びっくりしてばっかだけど、またびっくり!そりゃびっくりするってーー!!

なんか嬉しくって……野良猫がちょっと懐いてくれたみたいな……や、透さんは野良猫って言うより野良ジャガー……

「事務所にあった絵。俺が描いたって指摘したのあんたが初めてだよ」
「えっ……」
「俺の描く絵はタッチがバラバラだから。よく分かったな」

特に感情が含まれてない透さんの喋り方から真意を汲み取るのは簡単じゃないけど、なんとなく褒められてるような感じがした。その人が描いた絵を、あなたが描いた絵ですねって指摘するってことが褒められることなのかは分かんなかったけど。

「確かにどれもテイストが違うけど、雰囲気みたいなものが同じだなって思ったんです。『ここの筆使いが』とか『この配色が』とかかっこいいことは言えないですけど」
「ふうん……」
「他にもあるなら見てみたいです。僕、絵は好きなんですけど、描けなくて。犬を描いたらブタって言われたの忘れられないです」

透さんは、ふっと小さく吹き出して、でもそれ以上話題を広げていこうって感じが伝わって来なかったからそのまままた車内は静かになった。

寮につくと、透さんが僕をわざわざ玄関まで送ってくれて、僕のお礼を背中で受け止めて、手を振るとか会釈をするとかそういうのなしにそのまま帰ってった。やっぱり透さんは透さんだ。

透さんと一緒にいたのは2時間ちょっとなのに、一日がすごく充実した感じがした。

なにより今度から打ち合わせの連絡を受けるのが憂鬱じゃなくなりそうなのが嬉しかった。



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