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出会い編
初めて見る顔
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外に面した全面ガラスが雨空のブルーグレイを室内に呼び込んで、モダンな形をした裸電球のあったかい色がいい感じ。
天井には建築素材そのままって感じの黒っぽい鉄骨がいくつもむき出しになってて、漆喰の壁との組み合わせがナチュラルでいて都会的な不思議なバランスを生み出してた。
シャープな印象の黒いスクエア型のカフェテーブルと、それに合わせた同型の椅子。
ひとつの壁一面が飾り棚も兼ねた大きな格子状の本棚になってて、室内にいる幾人かの人がコーヒーを飲みながらそこの本を読んだり、パソコンをつついたりしてる。
厨房で働く白いコックコートに黒いギャルソンエプロンの店員さんが、僕を気にかけて小さく頭を下げる。
どうみてもカフェだ……上が事務所って言ってたし、ここは全然別の人がオーナー?でも入口には『MICHIRU DESIGN OFFICE』ってあったよね。
……とか色々考えつつも……痛い。物思いを遮るほど痛い。
スーツの膝を見るけど、汚れてほんのちょっと引っかけたみたいに破れてるだけで大したことにはなってない。たんこぶになってるのかな、とズボンを裾から捲り上げたら、目に赤い色が飛び込んできてサァッと顔から血が引くのが分かった。
僕は血が苦手だ。見た途端に恐ろしくなって傷の具合を確かめることなく裾を戻した。
そしたら傍に足音がした。僕が目を上げたら透さんは僕の顔を見てふ、と口を微かに歪めた。あれ、笑った?今……
「傷。出して」
「え?」
「怪我してただろ」
「いえ。大丈夫です」
見れない。見たくない。見せたくもない。怖い。
膝を手で包んで、放っておいてくれオーラを精一杯放つ。
透さんは表情を変えることなく「放っておくと雑菌が入って化膿する」と言い、「膿んでドロドロになって、今よりもっと痛くなって、最悪切らなきゃいけなくなるかもな」と重ねた。
耳にする言葉から想像する画が怖すぎて、顔が引きつる。
切るのは嫌だ……と泣きそうになってたら、今度ははっきりと透さんが吹き出して、口元を拳で抑えた。
「そんなに怖いの。子どもかよ」
いいから見せて、と透さんが僕のズボンの裾をゆっくり捲った。抵抗することも、見ることも出来ない。
「どうなってますか……や、言わないでください。やっぱり」
「血が出てるな。腫れて、擦れて、皮が捲れて、ちょっとえぐれたみたいに──」
「いいです!言わないで~~~!」
にやにやしながら傷用スプレーでティッシュを濡らして膝をそっと拭ってくれる透さん。
痛さと怖さと、それを上回る初めて自然な表情の透さんを見た新鮮な驚き。
こんな顔、出来るんだ……
透さんは手際よく手当てをしてズボンの裾を戻すと、「濡れて気持ち悪くないか」といつもの声で言った。
「大丈夫です。ありがとうございます。本当にすみませんでした。お店を汚してしまわないか心配ですが」
せめて、と思ってジャケットは脱いで裏表に畳んだものの、染み込んだ雨がじわじわと生ぬるく衣服の中の湿度を上げてた。でも我慢我慢。これ以上透さんの手を煩わせる訳にはいかない。
早く仕事を済ませようと、僕はカバンを肩へかけ直して片足で立ち上がった。
「打ち合わせは、上で?」
「照明を試せる部屋が上にあるんだけど、階段上がれるか」
「大丈夫です!」
進んで手すりに手を掛けると、透さんが僕が上がるのを待っている。先導しないのは、多分僕が落ちたりしないようにってことなんだろうって、雰囲気から感じた。
透さんを待たせてる!急がなきゃ!と思ったんだけど、それが分かったみたいなタイミングで 「ゆっくりでいい」 と言う透さんの声が後ろからした。
「慌てるとろくな事がないってことをそろそろ学習しろ」
ぐさっ。確かにそうですけど。事実、そうですけど。
手すりに捕まってひょこん、ひょこんと上がると、途中で僕の肩からショルダーバッグの重みが消えた。
透さんが持ってくれたのが分かって、手を抜きながら振り向いてありがとうございます、とお礼を口にするけど、相変わらず無表情で返事なし。
至さんが、透さんのことを「ほんとは優しいやつなんだけど、ちょっと偏屈」って言った意味がすごく良く分かる。こけてからここまでの一連でこの人の優しさは十分伝わってきたし。
ニコニコとは言わないまでももう少し柔らかい表情ならこんなに怖くないのになぁ……背が高いから余計に威圧感がすごいというか……
でももちろんそれを口には出さない。出せない。
ギロッと睨まれて「それは仕事には関係ありません」とか言われるところが想像つくもん。
透さんの声でそれを想像して、口の中で笑う。
さわらぬ神に祟りなし。
君子危うきに近寄らず。
天井には建築素材そのままって感じの黒っぽい鉄骨がいくつもむき出しになってて、漆喰の壁との組み合わせがナチュラルでいて都会的な不思議なバランスを生み出してた。
シャープな印象の黒いスクエア型のカフェテーブルと、それに合わせた同型の椅子。
ひとつの壁一面が飾り棚も兼ねた大きな格子状の本棚になってて、室内にいる幾人かの人がコーヒーを飲みながらそこの本を読んだり、パソコンをつついたりしてる。
厨房で働く白いコックコートに黒いギャルソンエプロンの店員さんが、僕を気にかけて小さく頭を下げる。
どうみてもカフェだ……上が事務所って言ってたし、ここは全然別の人がオーナー?でも入口には『MICHIRU DESIGN OFFICE』ってあったよね。
……とか色々考えつつも……痛い。物思いを遮るほど痛い。
スーツの膝を見るけど、汚れてほんのちょっと引っかけたみたいに破れてるだけで大したことにはなってない。たんこぶになってるのかな、とズボンを裾から捲り上げたら、目に赤い色が飛び込んできてサァッと顔から血が引くのが分かった。
僕は血が苦手だ。見た途端に恐ろしくなって傷の具合を確かめることなく裾を戻した。
そしたら傍に足音がした。僕が目を上げたら透さんは僕の顔を見てふ、と口を微かに歪めた。あれ、笑った?今……
「傷。出して」
「え?」
「怪我してただろ」
「いえ。大丈夫です」
見れない。見たくない。見せたくもない。怖い。
膝を手で包んで、放っておいてくれオーラを精一杯放つ。
透さんは表情を変えることなく「放っておくと雑菌が入って化膿する」と言い、「膿んでドロドロになって、今よりもっと痛くなって、最悪切らなきゃいけなくなるかもな」と重ねた。
耳にする言葉から想像する画が怖すぎて、顔が引きつる。
切るのは嫌だ……と泣きそうになってたら、今度ははっきりと透さんが吹き出して、口元を拳で抑えた。
「そんなに怖いの。子どもかよ」
いいから見せて、と透さんが僕のズボンの裾をゆっくり捲った。抵抗することも、見ることも出来ない。
「どうなってますか……や、言わないでください。やっぱり」
「血が出てるな。腫れて、擦れて、皮が捲れて、ちょっとえぐれたみたいに──」
「いいです!言わないで~~~!」
にやにやしながら傷用スプレーでティッシュを濡らして膝をそっと拭ってくれる透さん。
痛さと怖さと、それを上回る初めて自然な表情の透さんを見た新鮮な驚き。
こんな顔、出来るんだ……
透さんは手際よく手当てをしてズボンの裾を戻すと、「濡れて気持ち悪くないか」といつもの声で言った。
「大丈夫です。ありがとうございます。本当にすみませんでした。お店を汚してしまわないか心配ですが」
せめて、と思ってジャケットは脱いで裏表に畳んだものの、染み込んだ雨がじわじわと生ぬるく衣服の中の湿度を上げてた。でも我慢我慢。これ以上透さんの手を煩わせる訳にはいかない。
早く仕事を済ませようと、僕はカバンを肩へかけ直して片足で立ち上がった。
「打ち合わせは、上で?」
「照明を試せる部屋が上にあるんだけど、階段上がれるか」
「大丈夫です!」
進んで手すりに手を掛けると、透さんが僕が上がるのを待っている。先導しないのは、多分僕が落ちたりしないようにってことなんだろうって、雰囲気から感じた。
透さんを待たせてる!急がなきゃ!と思ったんだけど、それが分かったみたいなタイミングで 「ゆっくりでいい」 と言う透さんの声が後ろからした。
「慌てるとろくな事がないってことをそろそろ学習しろ」
ぐさっ。確かにそうですけど。事実、そうですけど。
手すりに捕まってひょこん、ひょこんと上がると、途中で僕の肩からショルダーバッグの重みが消えた。
透さんが持ってくれたのが分かって、手を抜きながら振り向いてありがとうございます、とお礼を口にするけど、相変わらず無表情で返事なし。
至さんが、透さんのことを「ほんとは優しいやつなんだけど、ちょっと偏屈」って言った意味がすごく良く分かる。こけてからここまでの一連でこの人の優しさは十分伝わってきたし。
ニコニコとは言わないまでももう少し柔らかい表情ならこんなに怖くないのになぁ……背が高いから余計に威圧感がすごいというか……
でももちろんそれを口には出さない。出せない。
ギロッと睨まれて「それは仕事には関係ありません」とか言われるところが想像つくもん。
透さんの声でそれを想像して、口の中で笑う。
さわらぬ神に祟りなし。
君子危うきに近寄らず。
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