笑顔の向こう側

ゆん

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出会い編

脳内デート

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「松崎くん、どこか寄るの?寮に帰るならちょうどそっち方面に用事があるから送ってくよ」

至さんに言われて、今夜はちょっと本屋さんへ寄ろうと思ってた予定なんかソッコー却下した。

「もう帰るだけです」
「ん、じゃあ準備して入口で待ってて」
「はい!ありがとうございます!」

うわーっ至さんの車!?二人きり……?どうしよう!いや、どうもしないけど!

そわそわしながら荷物をまとめて、僕以外は誰もいない部屋の電気を落として入口へと急ぐ。玄関前の照明がガラス戸を透過してフロントカウンター前をぼんやり照らして、正面の壁に飾られた透さんの絵を浮かび上がらせてる。

僕が面接のために初めてここへ来た時一番に目に入ったのがこの絵で、可愛いなって思ったのをよく覚えてる。

背景はかざぐるまみたいに六色に分かれたパステル調、その中央に金色の筆文字みたいなラインのみで描かれた、ラッパを吹いてるエンジェル。リアル過ぎない力の抜けたイラストが、天使っていう下手をするとダサくなりそうな題材をフランスのお菓子の箱みたいにおしゃれな感じに仕上げてる。

この絵を見た後にロゴを見ると、あの絵を省略したものがロゴなんだって誰でも分かる繋がりを感じる。

透さんは全体的に都会的でシャープな印象があるから、どんな顔をしてこのふわっと可愛らしい作品を生み出してるのか興味が湧いた。

他の作品も見てみたいな、とぼんやり考えてると奥から至さんと駒井さんが出て来て、あぁ駒井さんも一緒かって、二人きりを想像した自分が恥ずかしくなった。

「お待たせ。行こうか」

駒井さんと至さんの後ろに続くように入口を出て、すかさず前へ走ってエレベーターのボタンを押す。

ただ待ってる時間も、好きな人が一緒だと止まってるみたいに感じる。

至さんが駒井さんと喋ってるから、その存在感を味わってることを怪しまれずに済むって、安心する。

好きだな~好きだなぁ~って、馬鹿みたいに何度も考える。本当にそれだけで十分幸せだった。こんな平和な時間を過ごせるようになるなんて、至さんに出会う前の自分じゃ、想像も出来なかったから。

地下階に移動すると、「では、失礼いたします」と駒井さんが離れていった。

え?!やっぱり二人きり!?と不意打ちでどきどきし始める。駒井さんが運転する車に乗るんだって思ってたのに!

美しい照りを持つ白いベンツのロックが外される音がして、至さんが運転席に乗り込むのに遅れて助手席に座る。

頭がじわじわ熱くなってくる、この閉鎖空間……至さんの匂いがする……わー……

シートベルトをして準備万端、車は滑らかに走り出した。暗くて良かった。絶対、顔赤い……



外へ出ると、夜の街のほど良いうるささに少し緊張が紛れた。

車で寮に帰ったことがないんだけど、どのくらいで着くんだろう。

僕は運転免許を持ってないし、車に乗る機会が少なくて予測する材料が足りない。

「今日は色々突然でごめんね。僕の時間が急に取れることになったものだから」
「いえ!全然、大丈夫です!」

突然話しかけられて、思わずぴんと背筋を伸ばして答えたら、至さんがちらりとこっちを見てくすっと笑った。

優しくて包容力のある表情に思わず見惚れて、それから慌てて視線をもぎ離す。

「透があの調子だから、余計に申し訳なかったよ。今後ふたりでの打ち合わせも増えると思うんだけど、困ったら遠慮せず僕に相談してね。仕事内容に関しては全く心配してないんだけど、あの通り気難しいやつだから」

「はい、あの……大丈夫です。確かに怖いですけど……あの絵を見たら、意外と怖くない人なのかも?って思いました」

「ああ、入口の所の絵ね」

「はい。すごく可愛いですよね。透さんのイメージとはだいぶ違うというか……他にも作品があるなら見てみたい」

僕がそう言ったら至さんは「本人に言ってやって。喜ぶから」と嬉しそうに微笑んだ。そんなの無理だよ……と脳内即答。透さんが ”喜ぶ” ところなんか、ニコリともしない顔しか見てない僕にはイメージ出来ないし。

「透の絵は色々だよ。可愛いもの、もっと無機質な感じのもの、ポップなもの。人物、静物、水彩から油、アクリル。作風がバラバラなんだ。器用なやつでね、なんでもそれなりにこなせる。あの絵も僕の要望を訊いて描いてくれたんだ」

そんな風に言うからてっきり透さんは美術系に進んだ人なのかと思ったら、建築系の専門学校卒なんだって聞いて心底驚いた。偏見だけど、どう見ても大卒って感じだし。

なんでも、建築科のある工業高校へ行きたかったのをお父さんに猛反対されて、諦めて至さんと同じ高校に進学して。でも早く建築士として働きたいからと大学への進学は断固拒否、自分のお金で専門に入ったんだとか。

話を聞きながら、高校卒業時に専門学校に通えるほどのお金を持ってたの?ってところに勝手にひっかかる。

それに至さんの卒業した高校って超進学校だよ。前に聞いたことがある。そこに入れる頭脳があって、専門学校、とか。

しかも卒業後二級建築士の試験に合格、二年間叔父さんの会社で実務経験を積んで免許を受けるとすぐに一級建築士の試験を受けて一発合格。あとは4年の実務経験を積めば一級建築士の免許を受けられる、今はその待ちの期間、だとか。

ちょっと……なんか出来過ぎじゃない?あらゆる面で僕と真逆だ。


「叔父を尊敬しててね。叔父のおっかけみたいなもんだね」
「おっかけ……ですか」
「叔父は建築家としては結構有名な人なんだ。透が工業高校へ行きたかったのも叔父がそうだったからだろうしね。聞いたことはないんだけど」

……なんか聞けば聞くほど華麗なる一族……と感心しつつ、至さんとこんなプライベートな話をしてるっていうこの状況に胸いっぱい。

寮までがあっという間で、車を降りて別れてからもぼーっと夢見心地で自分の部屋に入った。

「はぁ~~……幸せだ……」

ベッドの上で、お気に入りの犬の抱き枕を股に挟んでぎゅーっと抱き締める。

嬉しいとこうやっちゃう癖のせいで、わんこの内臓は分裂気味。

透さんとの打ち合わせはやっぱり不安があるけど、この役でいる限り至さんとこうやって仕事じゃない話が出来たりするチャンスが今後も来るかもしれないと思ったら、やっぱりわんこをぎゅってやっちゃう僕だった。




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