笑顔の向こう側

ゆん

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出会い編

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背がすごく高い。

スーツはオレンジに近いテラコッタ、中に同系色のシャツとベスト、ネクタイは深いグリーンっていう、まず日本の普通のサラリーマンには見かけない配色。黒いスクエア型の眼鏡もシンプルな中にちょっと個性があって、おしゃれ。

詳しいわけじゃないけど、なんか勝手にイタリア人のモデルみたいって思った。

でも「わぁ、かっこいい!」ってならなかったのは、雰囲気のせい。

お客さんとの打ち合わせとか会議とか、こういう社交の場って普通ちょっとくらい笑わない?なのにこの人はかけらも笑ってなくて、眼鏡の奥の怜悧な二重の目が……目力がすごくて……僕なんかはもう、直視出来ない感じ。

僕は一番下っ端だし、意見を求められた時に話せばいいだけだし。それまでは目を合わせないでおこう、なんて……そんなことを考えてるのが仕事の神様に伝わっちゃったんだろうか。

「えっと、松崎くんは知らないよね。今回内装を担当してくれる『MICHIRU DESIGN OFFICE』の山王寺さんのうじとおる。僕の弟なんだ。透、こちらコールセンター所属の松崎留丸さん」

至さんにそんな風に紹介されたら、挨拶せざるをえないじゃないか……!!

僕は慌てて立ち上がろうとして椅子を思い切り倒してしまって、わたわたとそれを起こして前を向いた。

「よろしくお願いします!」

新入社員ばりにぺこんとお辞儀をして、顔が赤くなってるのを自覚しながら透さんを見た。そしたら透さんは座って背もたれに寄りかかったままニコリともせずに少し首を傾げてじーっと俺を見て、「よろしく」って……怖い。とにかく怖い。

「こら。透。態度悪いよ」

そうだそうだ!至さんの言うとおりだ!!

僕は内心両手で旗を振って至さんを応援した。

「すみません。目に騒々しかったので、つい」
「まったく……ごめんね、松崎くん」
「いえっ全然大丈夫です!」

至さんは謝んないでください!っていうか、目に騒々しいってなんだよ……と思いつつ顔は自然と愛想笑いをしてて、そのまま透さんを見たらやっぱり無愛想な顔で俺を見て、やがてつまんなそうに横を向いてしまった。

人生上、少なくない経験から嫌われたのが分かる。

僕自身には分からない理由で僕にイライラする人がいるのは知ってるけど、何度経験しても気持ちの良いものじゃあなかった。



打ち合わせが始まって、透さんの方からスライドによる物件の紹介があって、至さんの希望を反映したいくつかのプランをまとめた資料が配られた。どの案もすごく良くて、どれに決まっても嬉しいと思える内容だった。

すっきりとシンプルで都会的なもの、同じくシンプルでかつナチュラルなもの、モダンでおしゃれなもの。もっと自由で遊んでいるもの。ほんとに、どれもいい。

これをこの怖い人が考えたのかと思うと不思議な感じがした。

どれもなんとなくあったかさを感じたんだ。それは手描きってわけじゃない、広告とかで見るパソコンで描いたデジタルな画像なんだけど、何故か。

「これはあくまで提案です。動線は社長の意向を重視するとして、雰囲気や色調含めて検討する際のたたき台として使って頂きたいと思います」

彼の口調は切れるようだ。すべてがきっぱりしていて曖昧なところがない。特別なことを話してるわけじゃないのにそう感じるのは、多分僕が真逆の人間だからだろう。

近寄りがたいけど、でも彼の作り出す世界は優しい。だから不思議だった。

「松崎くん。うちはオメガのための会社だから君たちの意見を重視したいと考えてる。色々訊いてきてくれたみたいだから、発表してくれる?」
「はい!」

至さんは本当に僕たちのことをよく見ている。

僕が仕事の合間をみて聞き取りをしてた時に至さんを見掛けることはなかったけど、僕が皆に話を訊いたことはこうして把握してるし……アルファである至さんが何故オメガのための会社を作ろうと思い立ったのかは知らないけど、少なくともこの会社に勤めるオメガは本当にラッキーだと心底思う。

「えっと、今日出社している全員に訊いた結果、一番声が大きかったのは部屋の光のことでした」

今の職場は普通の蛍光灯がずらっと並んだいわゆる一般的な事務所用テナントで、アルファやベータの人からしたら何も問題はないと思う。

でもオメガの中にはヒート前から最中にかけて光に敏感になる人がかなりいるから、もう少し柔らかい明かりがいいという意見が多かった。今はスイッチを入れる数を少なくすることで調節してるけど、それよりは最初から全体的に優しい光にしてもらう方がバランスがいいと思う。

あとは突然ヒートが来た時用の休憩室は薄暗いくらいまで光を落とし、ベッドよりも畳のように蹲れる場所がいいということ。布団は必要ないけど、柔らかいクッションがあると嬉しいということ。

「色合いに関しては意見が分かれました。これはオメガがどうというよりは好みの問題かなと思います。先ほど提案してもらった案はどれもいいですし……」

僕は本気でそう思ったからそう言った。

すると透さんが「あなたはどれが好きなんですか?」と訊いてきた。あの刺さるような視線を、僕に向けて。



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