笑顔の向こう側

ゆん

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出会い編

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「ナオトは深刻に考えすぎ!あと半年伸びただけなんだから」

そう言ったらやっと立ち直る気持ちになったのか、少し明るい声になって、昼間も働いて早く貯められるように頑張る、と言った。

そんなのナオトの体が壊れちゃうと思ったから、やめてってお願いした。

そのあとナオトの知り合いから三番目の店『Harem』の話を聞いた。1本のお金が破格だったから……掛け持ちを決めた。

『Harem』は小さなホールに円形に椅子が設置された空間で、その中央の開けて高くなった舞台みたいな場所で公開セックスをする、いわばストリップ劇場とソープが合わさったみたいな店だった。

自分から行くと言ったものの、この店がもう、最高に最悪だった。もともと無いに等しかった尊厳?みたいなものが粉々になるというか。

当然ただセックスを見られるわけじゃないから。色んな要求が飛び交い、客が舞台に上がってきてひどい言葉を投げかけられながら集団レイプみたいになることもあって……仕事とはいえ全くの平気というわけにはいかなかった。

仕事の中心は『POISON』で、『Harem』に上がるのは月に1度。

ナオトに抱き締められて眠ることだけが、僕の癒しだった。気にしなくていいって言ったのにナオトは僕だけに頑張らせるわけにはいかないって別の仕事も始めて家に毎日は帰って来なかったから、特にふたりで過ごせるその時間が僕にとっては大事だった。

そうやって、冬が来た。

仕事が過酷過ぎてかなり痩せてしまった僕には、寒さが骨に沁みるほど堪えた。

それでもあとちょっと、あとちょっとって耐え続けて5か月……やっと前と同じだけ貯めて、ふたりで抱き合って喜んで、お金をナオトに預けて……そしたら、ナオトがいなくなった。

僕はパニックになった。もしかしたらナオトはまた別の誰かに騙されてお金を失くしてしまって、二度目となったらもう到底僕には言えないって、追い詰められてしまったんじゃないかって。

ナオトは、探さないでくれってLiNEを最後に連絡が取れなくなった。捜索願いを出しに警察に行こうと何度も迷って、でも店からは警察には近づくなって前々から言われてて、迷ってるうちに時間が過ぎた。

そのうち、『Harem』が閉店して、僕の仕事はまた『POISON』だけになった。ナオトの帰りをただ待って、働いた。

寂しく冷たいふたりの部屋は家賃が高かったから引っ越したかったけど、ここにいないとナオトが帰ってこれないと思って住み続けた。

周りに馬鹿だって言われたし、そう言われる理由も分かってたけど、どうしてもナオトを信じたかった。だって僕の中はドロドロに汚れてて、彼を信じる気持ちくらいしか価値があると思えるものがなかったから。



そのまま2か月が過ぎて、寂しさも悲しさも何も感じなくなる頃、のちに僕が勤めることになる会社の社長、山王寺さんのうじいたるさんに出会った。

振り返ってみてもあの日こそが、真っ暗闇だった僕の人生に光が射した瞬間だった。



『POISON』の客はみんな身なりは良かったけど、至さんは身なりだけじゃなく不思議な威厳と華があった。明らかに今までに見たお客とは雰囲気が違ってた。

個室へ通して上着を預かろうとするのをそっと動かした手の動きで断って、ただ話がしたいのだと言って雑談をした。

そして帰り際、名刺を渡された。オメガの働きやすさにこだわった会社『ダブダブ』の社員にならないかって。

『ダブダブ』はオメガによるオメガのためのQOL向上をコンセプトにさまざまな商品の開発、孤独に陥りがちなオメガに対する電話相談、LIME相談、啓蒙活動などを行っている会社だと説明してもらったけど、あまりにも僕にそぐわない誘いだと思って、最初は言葉の意味すら理解できない感じで、曖昧に笑って別れた。

でも家に帰って冷たい部屋の中でその名刺をテーブルに置いて見つめた僕は、唐突に自分の人生の余りの酷さに目が覚めたような気持ちがした。

こんなふうに生きるために生まれてきたんじゃない。

ナオトは帰ってこない。多分、二度と。

オメガであることを呪うことも出来ないくらい当たり前に酷い自分の環境を変えたい。変えなければ……!

そう気づいたら、至さんに声をかけられた時に即答しなかったことで大事なチャンスを逃してしまったんじゃないかって、真っ青になった。

僕はスマホを取り落としそうになりながら慌てて掴んで、もう出港しようとしてる船に波止場から飛び乗るような気持ちで電話を掛けた。今が何時かってことも忘れて。

出ない、と息を詰めて部屋を見渡して時計が目に入って、ようやく今が真夜中だって思い出す。

すぐに電話を切って、ショートメールを送った。非常識な時間の電話の詫びと、是非話を受けたいということを書いて。

翌日至さんから電話が来て、数日後に改めて面接を受けた。

着慣れないスーツを着た自分を鏡に映した時、ぞっとした。いくら表面を取り繕っても自分のしてきたことや汚さは隠せないんだって思ったら、この選択が正しかったのかとすごく不安になった。

そう正直に話すと、至さんは焦らなくていい、と微笑んだ。

「僕自身も手探りでこの会社をやってるから、君も気付いたことはどんどん言ってほしい。頼りにしてるからね」

この綺麗な人が僕を頼りにしてる、なんて。もったいないというか、恐れ多いというか……だから、頑張らなくちゃって本当に思ったんだ。この人の期待に応えなければって。



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