たとえ月しか見えなくても

ゆん

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第一部

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家に帰って来ると、まだ出て丸一日も経ってないとは思えないくらい、懐かしい感じがした。

戻って来た、っていう感じが……

これからここは、正真正銘、僕と透のスイートホームになる。

だって……僕たち、結婚の約束をしたんだから。

そんな風にふわふわ地に足のつかない心持ちでいたら、



「俺はシャワー浴びて仕事に戻るから。今日は家でゆっくりしてろよ」



と、代わりに持ってくれていた僕のカバンをリビングのローテーブルの横に置いて、凝りをほぐすように首をぐるりと回した。



「もう行っちゃうの?」

「明後日から休みだからな。遅れた分、取り戻さないと」

「そっか……」



急に寂しくなった気持ちが、声に滲んでしまう。

すると透は僕の後頭部の髪に指を差し入れて掴んで上向かせ、僕の顔をじっと覗き込んだ。

まじまじと見つめてくる端正な顔に、思わず目を泳がせて……でも透はそんなことはお構いなしにスンと鼻から息を吸い、留丸、と僕を呼んだ。



「ん?」

「ほんのちょっと匂ってきてる。抑制剤飲んどいて」

「えっ……あ、うん……」



急に現実に引き戻されてハッとする。当たり前のことを言われただけなのに。でも、プロポーズされたこととヒートを避けられることとが、僕の中ではうまく噛みあわない。

結婚したら、どうするんだろう。

結婚しても、ヒートは抑制剤で……?

僕が歯切れの悪い返事をしたせいか、透はもう一度僕に目を止めて、「何?」と訊いて来た。

いつもなら何でもないって手と首を振るところ。でも今日は車で爆睡した直後のせいかガードが緩くて、「結婚しても、ヒート中はしないの?」と素直に口から出てしまってた。

言った後で、まるで透にヒートを受け入れてくれって強いてる感じがして、それこそこんな僕を受け入れてくれた透に対して傲慢だって、恥ずかしくなった。



出てしまった言葉を今更引っ込められず、俯く。

そしたら……透が「ちょっとそこに座って」ってソファを顎で指して、キッチンに入って行った。

どうやら紅茶を淹れてくれるみたい。黙ったままでいるその時間に、僕は少し緊張してる。

結婚してもヒート中にはしないのかっていう質問にこれだけの間があるってことは、単純にイエスノーで返事できないってことだから……例えば答えはイエスで、僕を傷つけない言い方を今考えてるとか……

ノーなら条件付きとか……?どんな条件……3回に1回ならいいよ、とか?

結局僕の中で、透の答えはイエスに固まってる。

だって透はヒートが好きじゃないんだから……




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