たとえ月しか見えなくても

ゆん

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第一部

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「ごちそうさまでした」



空のペットボトルを渡すと、おじいさんは手際よくラベルを剥がして隅に並べられたゴミ袋に分別して捨てた。

ウォン、ウォン、と外の鎖に繋がれたコテツが吠えてる。覗くと、さっきお喋りをしてた子を含めたバイトの子たちが店の方へ移動していて、コテツは自分も行きたがってピョンピョン跳ねていた。



「さて。兄ちゃん、シャワーでも浴びるか。着替えはあるか」

「あ、はい……」



おじいさんがこっちへやってきて砂だらけのビーチサンダルをもう一度履いて、入口の引き戸を開けた。たちまちコテツがこっちを向いてお尻ごとしっぽをぶんぶん振ってる。



「あそこがシャワー室だ。今の時間は誰も使ってねぇから、好きに使ったらいい」

「ありがとうございます……」



おじいさんの指差した方向にはスタッフ用らしい簡易型のシャワー室が並んでて、べたべたが気持ち悪かった僕は、遠慮なく使わせてもらうことにした。

着替えを出そうとカバンを開けて、気付く。

僕、大事なもの……透にプレゼントされた服とか絵とかそういうのを詰めるので頭がいっぱいで、下着とか楽に着られるハーフパンツとか、そういう生活に必要な物を全然持ってきてない。

一瞬呆然として……それでも春服はあったから、下着は今のを使うことにしてシャワー室を借りた。

着ていたシャツやスラックスを下に固めて、ベルトと着替えは高い所についてる棚に置いた。

蛇口をひねって頭からかぶったお湯が本当に気持ち良くて、ただ塩と砂を流してるだけなのに疲れまで取れていく気がした。

小っちゃいハンドタオルでなんとか全身を拭いて、湯気でもわもわしてるシャワー室内でロンTとチノパンに着替えて外に出ると、潮の香りとまだ爽やかな朝の空気が僕を包んだ。

おじいさんが、さっきのプレハブの前に置かれた折り畳みのパイプ椅子に座ってる。片手にタバコをくゆらせて、片手でコテツの頭を撫でてやって。



「ありがとうございました。すごくさっぱりしました」

「なんだ。暑っ苦しい服着て」

「ちょっと……これしかなくて」

「俺のを貸してやろうか」



いいです、と笑いながら、僕は何気なく砂浜に目をやった。

何かが聞こえたとか、気配がしたとかじゃなかったのに、何故かそうした。

だから目に入った人に息が止まるほど驚いた。

まだかなり遠く……昨日僕が浜に降りてきた階段の辺からこっちへ向かって歩いてくる人は、間違いなく透だった。



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