たとえ月しか見えなくても

ゆん

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第一部

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それは、うとうとしかけて間もない頃だった。

突然カバンにしまった携帯が鳴り出して、まるでそれが僕の場所を周りに知らせるサイレンのように感じて、僕は慌ててカバンからスマホを取り出した。



「……っ」



透の名前がそこにあった。それを見て着信拒否にしなきゃいけなかったって気付いたけど、もう遅かった。

透……! と心が叫ぶ。

普段透が電話を掛けてくることは滅多にない。それに今はまだ仕事中であの手紙は読んでないはず……今日だけたまたま早かった?たまたま僕の部屋に入った? それとも、全然別の用事で?

僕は鳴り続ける電話に出てしまいそうになる自分を堪らない気持ちで押さえつけ、溢れて来る涙を拭いもせずに砂を掘ってスマホを埋め、耳を両手でぎゅっと抑えた。

ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね──まだ微かに聞こえる呼び出し音が消えるまで、小声でエンドレスに繰り返した。

でも、いざ消えてしまうと寂しくて、辛くて辛くて、逢いたくて逢いたくて……どうしようもなくて起き上がり、その場を離れて海の方へ走り出した。



透……! 助けて……!! 

素直にそう叫びたい。

でも僕は君の隣には戻れない。

こんな汚れた自分は君に相応しくない。

誰よりも僕が強くそう思う……僕は真実ほんとの自分の姿を思い出してしまった。

大丈夫……透には澄香さんがいる。

僕がいなくなっても……



そう考えたら涙で前が見えなくなって、波打ち際に向かうにつれて下っている浜で、砂に躓いて思いっきり転んだ。

『慌てるとろくなことがないって言ってるだろ』

意地悪で優しい透の声が耳に甦って、僕は砂を掴んでまた泣いた。

全身の細胞が透に逢いたいって叫んでた。

僕がオメガじゃなかったら、こんなことにはならなかった。

でも……僕がオメガじゃなかったら、透と出逢うことはなかった。

僕はオメガだから透と出逢い、オメガだから透と別れる。

咲いた花がやがては萎れていくくらい、当たり前の話。どんなに愛していても、一緒にはいられない……!



砂に突っ伏したまま泣き続けてやがて疲れた僕は、ゆっくりと体を起こしてぺたんと放心したように座り、口に付いた砂を払おうとしてもっと砂がついて、そのまま諦めて空を見上げた。

さっきまで雲に隠れていた半分くらいの月が知らん顔をしてぼんやり光ってる。

僕はその淡い光を、魅入られたように見つめてた。



僕が住むべき世界の光。

戻ろう、元居た場所へ。

僕に似合いの街へ──



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