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第一部
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「あの……さっき、雛子ちゃんに会って……」
「雛子?会ったって……あんた偶然みたいな言い方してるけど、あいつがまたここへ来たってことでOK?」
「あ、まぁ……うん」
「で、また俺と別れろとでも言われた、と」
透が納得したような顔をしたから、具体的な話はせずにただ頷いた。だって写真のことを言えば透だって思い出す。僕はなるべく彼女との日々を思い返して欲しくなかった。
「今度訪ねてきても出なくていいから。俺からも来るなって言っとく」
「いい、いい。言わないで。言ったら悲しくなって意地になっちゃうかも。今度から出ないようにするから」
透は本当に出来るのか疑ってるような顔で僕を見据えた後、また階段を上り始めた。話は終わり。透にとってはその程度。僕はそれを喜ぶべきなのに、自分の中に巣食った不安と疑いとがお腹の奥で疼いて疼いてたまらなかった。
「透、」
思わず呼び止める。透は数段上で振り返り、僕の次の言葉を待った。
言うなと全力で止めにかかってる僕がいる。でも同時に……言わずにはいられない僕もいた。はっきり聞きたい。透の口から、かつて澄香さんに囁いたみたいに──
「あの……僕を、好き?えっと……その……好きって言ってもらったことないなって……や、好きでもない人と付き合わないって分かってるんだけど、でも、」
「馬鹿馬鹿しい。保証するけど、俺がそう言ったところであんたは絶対安心も満足もしない。他人に言われたことでそんな動揺すんなよ。俺があんたがいいって言ってるんだからそれでいいだろ。他に何がいるの」
透はイライラしたように言い捨てて階段を上がり切り、自分の部屋へ入って行った。予想できたことだった。他人の言動に一喜一憂するというのは、彼が最も嫌いなことのひとつだって僕は知ってた。
それでも聞きたかったんだ。透の声で、証明の言葉を。
一度でも聞けたら、僕はお気に入りの歌のように何度も思い返すだろう。幸せな時も、不安な時も、いつでもその音を胸に抱きしめて、どんな逆境だって頑張れるのに。
3段上ったところで立ち尽くし、自業自得の悲しさで俯き、またスリッパを履き忘れてる自分の白い靴下の、少し毛玉のできた足先を見つめてた。
しばらくすると透の部屋のドアが開く音がして、完全には上を向けなかった僕の視野に透のスリッパが一段一段下りてきた。
てっきり動けない僕を避けて行くと思ったのに、スリッパは僕の上の段まで来て止まって、次の瞬間にはそのまま階段に腰を下ろした透の顔が目に飛び込んできた。
「晩飯どうするの」
さっきまでのイライラの余韻は全然ない、少し僕を気にかけてくれてる声で透が訊いてくる。僕はその優しさに胸がきゅんとして、透の肩に手を添えて身をかがめ、おでこを乗せた。
それに合わせるように透が伸ばしてきた手が僕を引き寄せて、片方の足に抱き上げた。密着すればその確かさが、拗ねた気持ちも悲しみも、撫でてなだらかにしてくれた。
「素麺かなぁ」
「俺の分、ある?」
「あるよ。一緒に食べる?」
うん、の返事の代わりに、唇を優しく覆われた。鼻腔に広がる透の匂い。目を閉じれば交わりは深くなって、体から力が抜けていく。
これが彼の気持ちじゃないか。
言葉にしなくったって分かるのに。
少しでも離れればすぐに不安になるなんて、気持ちが弱すぎる。その結果、自分の心がぐじゃぐじゃになって透まで巻き込んでしまったんだから、申し訳なさで胸がいっぱいになった。
しゃんとしよう。
誰に何を言われたって、透の今の恋人は僕。
たとえ澄香さんの時の方が夢中だったんだとしても、ずっと先の未来までは考えられない関係なんだとしても、今の透は、僕を好きなんだから。
「雛子?会ったって……あんた偶然みたいな言い方してるけど、あいつがまたここへ来たってことでOK?」
「あ、まぁ……うん」
「で、また俺と別れろとでも言われた、と」
透が納得したような顔をしたから、具体的な話はせずにただ頷いた。だって写真のことを言えば透だって思い出す。僕はなるべく彼女との日々を思い返して欲しくなかった。
「今度訪ねてきても出なくていいから。俺からも来るなって言っとく」
「いい、いい。言わないで。言ったら悲しくなって意地になっちゃうかも。今度から出ないようにするから」
透は本当に出来るのか疑ってるような顔で僕を見据えた後、また階段を上り始めた。話は終わり。透にとってはその程度。僕はそれを喜ぶべきなのに、自分の中に巣食った不安と疑いとがお腹の奥で疼いて疼いてたまらなかった。
「透、」
思わず呼び止める。透は数段上で振り返り、僕の次の言葉を待った。
言うなと全力で止めにかかってる僕がいる。でも同時に……言わずにはいられない僕もいた。はっきり聞きたい。透の口から、かつて澄香さんに囁いたみたいに──
「あの……僕を、好き?えっと……その……好きって言ってもらったことないなって……や、好きでもない人と付き合わないって分かってるんだけど、でも、」
「馬鹿馬鹿しい。保証するけど、俺がそう言ったところであんたは絶対安心も満足もしない。他人に言われたことでそんな動揺すんなよ。俺があんたがいいって言ってるんだからそれでいいだろ。他に何がいるの」
透はイライラしたように言い捨てて階段を上がり切り、自分の部屋へ入って行った。予想できたことだった。他人の言動に一喜一憂するというのは、彼が最も嫌いなことのひとつだって僕は知ってた。
それでも聞きたかったんだ。透の声で、証明の言葉を。
一度でも聞けたら、僕はお気に入りの歌のように何度も思い返すだろう。幸せな時も、不安な時も、いつでもその音を胸に抱きしめて、どんな逆境だって頑張れるのに。
3段上ったところで立ち尽くし、自業自得の悲しさで俯き、またスリッパを履き忘れてる自分の白い靴下の、少し毛玉のできた足先を見つめてた。
しばらくすると透の部屋のドアが開く音がして、完全には上を向けなかった僕の視野に透のスリッパが一段一段下りてきた。
てっきり動けない僕を避けて行くと思ったのに、スリッパは僕の上の段まで来て止まって、次の瞬間にはそのまま階段に腰を下ろした透の顔が目に飛び込んできた。
「晩飯どうするの」
さっきまでのイライラの余韻は全然ない、少し僕を気にかけてくれてる声で透が訊いてくる。僕はその優しさに胸がきゅんとして、透の肩に手を添えて身をかがめ、おでこを乗せた。
それに合わせるように透が伸ばしてきた手が僕を引き寄せて、片方の足に抱き上げた。密着すればその確かさが、拗ねた気持ちも悲しみも、撫でてなだらかにしてくれた。
「素麺かなぁ」
「俺の分、ある?」
「あるよ。一緒に食べる?」
うん、の返事の代わりに、唇を優しく覆われた。鼻腔に広がる透の匂い。目を閉じれば交わりは深くなって、体から力が抜けていく。
これが彼の気持ちじゃないか。
言葉にしなくったって分かるのに。
少しでも離れればすぐに不安になるなんて、気持ちが弱すぎる。その結果、自分の心がぐじゃぐじゃになって透まで巻き込んでしまったんだから、申し訳なさで胸がいっぱいになった。
しゃんとしよう。
誰に何を言われたって、透の今の恋人は僕。
たとえ澄香さんの時の方が夢中だったんだとしても、ずっと先の未来までは考えられない関係なんだとしても、今の透は、僕を好きなんだから。
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