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第一部
prove
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息の詰まる沈黙の時間。
「松崎さん。あなたさっきからずっと黙ってるけど、どう思ってらっしゃるの」
雛子ちゃんがまるで教官か何かみたいな冷ややかな目で僕を見た。どうって……僕の意志を尊重してくれる気なんかないのに、それを聞いてどうするんだろう。
そう思ったら、やっぱり何も言えなくて。
「ねえ。聞いてるんだから答えなさいよ」
「えっと……」
「自分が身を引かなきゃいけないなって思った?」
「雛子。いい加減にしろ」
透の声に今までよりも強い怒気が含まれると、雛子ちゃんは途端にむっとした顔をした。
「だっておかしいもの。この人のどこがいいのよ!」
「それをお前に言う必要はない。こっちの貴重な時間をこんな形で潰させてお前こそどういうつもりだ」
「透のためよ!雛子は前の透の方が良かった!この人と付き合うようになってから冷たくなった!」
「何言ってんだお前……」
涙ぐむ雛子ちゃんから目を逸らした透は正面に向き直って、「澄香も……俺はこいつと別れる気はないし、お前とはやり直せない。諦めてくれ」ときっぱり言って、返答を待つように押し黙った。
前に座るふたりから僕へ、痛い視線が刺さる。僕は勝者というよりは彼女らの夢を潰す罪人。元恋人を奪った不相応な盗人であり、優しい兄を変えた下手人だった。
「諦めろって言われて分かりましたってすぐに言うくらいなら、ここへ来てない。でも貴重なお休みなのに嫌な気分にさせちゃったのはほんとにごめん」
澄香さんの話し方や声がどんどん透との元の距離を思い出してるみたいに柔軟に変化してきてるのを感じて、僕はいよいよこの時間が早く終わって欲しいと強く願った。
透が澄香さんとふたりで作り上げた空気感を思い出す前に。完全に終わっていたはずのひとつの恋が、息を吹き返す前に。
僕はどうすればいい。透を繋ぎとめるために、どうすれば。
付き合うふたりの間に絶対はない。僕は何の約束も貰ってないし、確固たる未来がイメージ出来るような賢さもない。でも何かしなければ……僕の世界から透が消えてしまう。
「あの……」
思い切って顔を上げると、ちょうど同時にカップに口をつけてた前のふたりが僕を見た。視線には質量がある。レーザー光線みたいに、僕を削る。
でも僕は言わなければ。僕の世界を守るために。
「僕には透しかいません。実質、何も持っていないんです。綺麗な容姿や特技や才能や……優れた資質なんて何もない。ただ、体は丈夫だし忍耐力はあります。透にしてあげられることは何でもしてあげたいと思ってます。大事にするので、僕から透を奪わないでください。お願いします」
目を逸らしたくなるのを堪えてふたりを順番に見ながら言って、それからお辞儀をした。
雛子ちゃんは透と言い合った泣きべそ顔のまま僕を見て、口を尖らせた。一方で隣の澄香さんは何とも言えない顔をしてた。ちょっとショックを受けたみたいな。自分は何を言ったっけ、と思い出そうとしたけど、必死過ぎて何を言ったのかすぐには思い出せない。
「困っちゃったな……そんなのってナシでしょ……」
澄香さんの口元がちょっと笑って黙り込む。”そんなのってナシ” と言われたもののそれが何なのか分からないくて僕が「そんなのとは……」と訊き返すと、澄香さんは目をつぶって首を振った。
すると澄香さんが言ったことの意味が分かったみたいに、雛子ちゃんが「私は認めないから」とやっぱり拗ねた口調で言った。
「あなたがオメガなのはあなたのせいじゃないけど、でも透が大変になるのは目に見えてるじゃない。うちの父も母も絶対認めないし、オメガと付き合ってるだけで将来的に制限を受けるのに。今は良くても先に進むほど実感するわ。そうしたら透だって笑ってられなくなるんだから」
僕は、ネットで知った ”アルファがオメガと結婚しない理由” を生きた声として聞いてどきりとした。嘘と思ってた訳じゃないけど、本当にそうだったんだと実感して。
雛子ちゃんが僕と透が付き合うことを良く思わないのは、自分の個人的な想い以外にそういう社会の状況をよく知った上で自分なりにお兄さんを想った結果なんだってこと……
僕は透に出来ることはなんでもしてあげたいって言ったけど、そもそも僕と付き合う事が透にとっての大きなハンディキャップになるんだってことが、分かってるようで分かってなかった。今も……実感として分かってる訳じゃない。透も周りに誰と付き合ってるかなんて言ってないだろうし、僕も言ってないから。
それが、後々透の道を狭めることになるんだろうか。どんな形で?透がそのために何かを諦めなきゃいけなくなるようなことが、今後起こってくるのかな……
「松崎さん。あなたさっきからずっと黙ってるけど、どう思ってらっしゃるの」
雛子ちゃんがまるで教官か何かみたいな冷ややかな目で僕を見た。どうって……僕の意志を尊重してくれる気なんかないのに、それを聞いてどうするんだろう。
そう思ったら、やっぱり何も言えなくて。
「ねえ。聞いてるんだから答えなさいよ」
「えっと……」
「自分が身を引かなきゃいけないなって思った?」
「雛子。いい加減にしろ」
透の声に今までよりも強い怒気が含まれると、雛子ちゃんは途端にむっとした顔をした。
「だっておかしいもの。この人のどこがいいのよ!」
「それをお前に言う必要はない。こっちの貴重な時間をこんな形で潰させてお前こそどういうつもりだ」
「透のためよ!雛子は前の透の方が良かった!この人と付き合うようになってから冷たくなった!」
「何言ってんだお前……」
涙ぐむ雛子ちゃんから目を逸らした透は正面に向き直って、「澄香も……俺はこいつと別れる気はないし、お前とはやり直せない。諦めてくれ」ときっぱり言って、返答を待つように押し黙った。
前に座るふたりから僕へ、痛い視線が刺さる。僕は勝者というよりは彼女らの夢を潰す罪人。元恋人を奪った不相応な盗人であり、優しい兄を変えた下手人だった。
「諦めろって言われて分かりましたってすぐに言うくらいなら、ここへ来てない。でも貴重なお休みなのに嫌な気分にさせちゃったのはほんとにごめん」
澄香さんの話し方や声がどんどん透との元の距離を思い出してるみたいに柔軟に変化してきてるのを感じて、僕はいよいよこの時間が早く終わって欲しいと強く願った。
透が澄香さんとふたりで作り上げた空気感を思い出す前に。完全に終わっていたはずのひとつの恋が、息を吹き返す前に。
僕はどうすればいい。透を繋ぎとめるために、どうすれば。
付き合うふたりの間に絶対はない。僕は何の約束も貰ってないし、確固たる未来がイメージ出来るような賢さもない。でも何かしなければ……僕の世界から透が消えてしまう。
「あの……」
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でも僕は言わなければ。僕の世界を守るために。
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目を逸らしたくなるのを堪えてふたりを順番に見ながら言って、それからお辞儀をした。
雛子ちゃんは透と言い合った泣きべそ顔のまま僕を見て、口を尖らせた。一方で隣の澄香さんは何とも言えない顔をしてた。ちょっとショックを受けたみたいな。自分は何を言ったっけ、と思い出そうとしたけど、必死過ぎて何を言ったのかすぐには思い出せない。
「困っちゃったな……そんなのってナシでしょ……」
澄香さんの口元がちょっと笑って黙り込む。”そんなのってナシ” と言われたもののそれが何なのか分からないくて僕が「そんなのとは……」と訊き返すと、澄香さんは目をつぶって首を振った。
すると澄香さんが言ったことの意味が分かったみたいに、雛子ちゃんが「私は認めないから」とやっぱり拗ねた口調で言った。
「あなたがオメガなのはあなたのせいじゃないけど、でも透が大変になるのは目に見えてるじゃない。うちの父も母も絶対認めないし、オメガと付き合ってるだけで将来的に制限を受けるのに。今は良くても先に進むほど実感するわ。そうしたら透だって笑ってられなくなるんだから」
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僕は透に出来ることはなんでもしてあげたいって言ったけど、そもそも僕と付き合う事が透にとっての大きなハンディキャップになるんだってことが、分かってるようで分かってなかった。今も……実感として分かってる訳じゃない。透も周りに誰と付き合ってるかなんて言ってないだろうし、僕も言ってないから。
それが、後々透の道を狭めることになるんだろうか。どんな形で?透がそのために何かを諦めなきゃいけなくなるようなことが、今後起こってくるのかな……
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