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第一部
red sandals
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その週の土曜の夜、透から、明日の朝に雛子ちゃんがここへ来ると聞かされた。
「日曜どこへ付き合わされるのかと思ったら、話がしたいだけみたいでさ。正直、出先から打ち合わせ先に向かわなきゃいけないと段取りが難しいと思ってたから、ここで済むなら助かるんだ。留丸は寝てていいから」
そんなこと言っても、来るって分かってるのにそう言う訳にはいかないじゃん。ねぼすけだと思われたくないし、一応、きちっとしとかないと。ただでさえ雛子ちゃんに透には相応しくないって思われてるのに、これ以上ポイントを下げたくなかった。
だから日曜日だけど今朝もきちんと平日みたいに起きて、前に透が選んでくれた一番自分が可愛く見える服を着て、心の準備をした。
「挨拶したら、部屋に引っ込んどくから」
僕が言うと透は苦笑いしてたけど、僕が透チョイスの服を着てるのはまんざらでもないみたいで、通りすがりに頭をぽんとして向こうへ行った。
約束の時間は10時。時計を見ながらどきどきしてたら、透に仕事の電話がかかってきて、間の悪いことにほぼ同時にインターホンが鳴った。僕は透に「僕が中に通しとくよ」と小声で言って、手で「頼む」とジェスチャーしてる透の代わりにキッチンのテレビモニターで雛子ちゃんを確認すると、玄関を出て鉄階段を降りていった。
自分をよく思ってない人に会うと思ったら緊張するけど、それでも透の妹さんだから……ちょっとでも印象を良くしたいって顔を両手でぐにぐにしてから、入口のドアを開けた。
サックスブルーのワンピースを着た雛子ちゃんは僕を見ると一瞬びっくりしたけど、すぐ取り澄ました顔になって「透は?」と訊いて来た。家の前の道路には窓にスモークのかかった黒い高級車がアイドリングして停まってた。
「ごめん、今ちょうど仕事の電話がかかってきて対応してます。中へどうぞ」
僕がドアを大きく開けて中に入れるように端に寄ると、雛子ちゃんは意味ありげに後ろの車を振り向いて頷いた。
それは合図だった。同時に後部座席のドアが開いて、人が降りてきた。目に飛び込んだのは、赤いサンダル。だぼっとしたデニムは細いウエストで絞られてて、少し大きめのTシャツが華奢さを際立たせてる。マスクと黒いフチのメガネ、それにカーキのハット型の帽子。
いつも鈍い僕が、すぐに彼女が ”彼女” であることに気付いた。それは自分の巣とパートナーを守りたいっていう本能か、やっぱり一般人とは違う眼鏡の向こうの一重の眼差しの強さのせいか。
「突然ごめんなさい。私、森といいます。透に会わせて頂きたいんだけど」
口調は丁寧だけど、僕を圧倒して要望を通そうとしてるのが伝わって来る。そう分かっていてもそれに対抗する強さが僕にはなくて、雛子ちゃんが「入らせていただくわね」と言って澄香さんの手を引っ張って僕の前を通り過ぎるのを、ただ見ているしか出来なかった。
鉄階段を硬いヒールの音が上がって行く。僕はふたりのすっと背筋の伸びた後ろ姿を見送りながら、入口の戸を閉めて鍵をかけた。
後を追うように鉄階段を上り始めると、ふたりが上りきる前に玄関のドアが開いて透が顔を覗かせた。透の目がひとりに吸い寄せられるのが見える。驚いて息を呑んだ表情まで。澄香さんが「久しぶり」と言うと、透は睨むように雛子ちゃんを見て「どういうことだ」と怖い声で言った。
「透の話をしたら、澄香ちゃんが逢いたいって言ったから」
「何考えてるんだよ。帰れ」
「話をするくらいいいじゃない。雛子に時間をくれたんだから、その時間分はつきあって。松崎さんは通してくださったんだから問題ないでしょ」
階段の途中で足を止めてた僕を、透がじろっと音がしそうな目で見る。それに加担するように雛子ちゃんと澄香さんが僕を振り返って、僕は三人分の視線にさらされて俯いた。
「透。話をするだけよ。あたしも色々伝えたいことがあるの」
「……」
「雛ちゃんに連絡もらって、やっと踏み出せたのよ。もう今しかないって」
「……澄香」
「ねえ、あたしやっと今の場所へ行けたの。本当は透と喜びたかった。あなたがあたしの支えだったから」
「やめてくれ」
透は短く澄香さんの言葉を切って、仕方がないという風に体を引いた。雛子ちゃんと澄香さんが玄関に吸い込まれるように入り、透がこっちを向いて早く来い、と目線で促したから、僕は急いで残りの段を駆け上がった。
「なんで通したんだよ」
「……だって、」
追い返せなかったんだ。パワフルなオーラに圧倒されて。
「あんた、ほんと馬鹿な」
分かってる。自分で自分の首を絞めるようなことをした。まだ何も聞いてないけど、嫌な予感しかしない。彼女の強い決意と情熱に満ちた瞳を見てたら──
「日曜どこへ付き合わされるのかと思ったら、話がしたいだけみたいでさ。正直、出先から打ち合わせ先に向かわなきゃいけないと段取りが難しいと思ってたから、ここで済むなら助かるんだ。留丸は寝てていいから」
そんなこと言っても、来るって分かってるのにそう言う訳にはいかないじゃん。ねぼすけだと思われたくないし、一応、きちっとしとかないと。ただでさえ雛子ちゃんに透には相応しくないって思われてるのに、これ以上ポイントを下げたくなかった。
だから日曜日だけど今朝もきちんと平日みたいに起きて、前に透が選んでくれた一番自分が可愛く見える服を着て、心の準備をした。
「挨拶したら、部屋に引っ込んどくから」
僕が言うと透は苦笑いしてたけど、僕が透チョイスの服を着てるのはまんざらでもないみたいで、通りすがりに頭をぽんとして向こうへ行った。
約束の時間は10時。時計を見ながらどきどきしてたら、透に仕事の電話がかかってきて、間の悪いことにほぼ同時にインターホンが鳴った。僕は透に「僕が中に通しとくよ」と小声で言って、手で「頼む」とジェスチャーしてる透の代わりにキッチンのテレビモニターで雛子ちゃんを確認すると、玄関を出て鉄階段を降りていった。
自分をよく思ってない人に会うと思ったら緊張するけど、それでも透の妹さんだから……ちょっとでも印象を良くしたいって顔を両手でぐにぐにしてから、入口のドアを開けた。
サックスブルーのワンピースを着た雛子ちゃんは僕を見ると一瞬びっくりしたけど、すぐ取り澄ました顔になって「透は?」と訊いて来た。家の前の道路には窓にスモークのかかった黒い高級車がアイドリングして停まってた。
「ごめん、今ちょうど仕事の電話がかかってきて対応してます。中へどうぞ」
僕がドアを大きく開けて中に入れるように端に寄ると、雛子ちゃんは意味ありげに後ろの車を振り向いて頷いた。
それは合図だった。同時に後部座席のドアが開いて、人が降りてきた。目に飛び込んだのは、赤いサンダル。だぼっとしたデニムは細いウエストで絞られてて、少し大きめのTシャツが華奢さを際立たせてる。マスクと黒いフチのメガネ、それにカーキのハット型の帽子。
いつも鈍い僕が、すぐに彼女が ”彼女” であることに気付いた。それは自分の巣とパートナーを守りたいっていう本能か、やっぱり一般人とは違う眼鏡の向こうの一重の眼差しの強さのせいか。
「突然ごめんなさい。私、森といいます。透に会わせて頂きたいんだけど」
口調は丁寧だけど、僕を圧倒して要望を通そうとしてるのが伝わって来る。そう分かっていてもそれに対抗する強さが僕にはなくて、雛子ちゃんが「入らせていただくわね」と言って澄香さんの手を引っ張って僕の前を通り過ぎるのを、ただ見ているしか出来なかった。
鉄階段を硬いヒールの音が上がって行く。僕はふたりのすっと背筋の伸びた後ろ姿を見送りながら、入口の戸を閉めて鍵をかけた。
後を追うように鉄階段を上り始めると、ふたりが上りきる前に玄関のドアが開いて透が顔を覗かせた。透の目がひとりに吸い寄せられるのが見える。驚いて息を呑んだ表情まで。澄香さんが「久しぶり」と言うと、透は睨むように雛子ちゃんを見て「どういうことだ」と怖い声で言った。
「透の話をしたら、澄香ちゃんが逢いたいって言ったから」
「何考えてるんだよ。帰れ」
「話をするくらいいいじゃない。雛子に時間をくれたんだから、その時間分はつきあって。松崎さんは通してくださったんだから問題ないでしょ」
階段の途中で足を止めてた僕を、透がじろっと音がしそうな目で見る。それに加担するように雛子ちゃんと澄香さんが僕を振り返って、僕は三人分の視線にさらされて俯いた。
「透。話をするだけよ。あたしも色々伝えたいことがあるの」
「……」
「雛ちゃんに連絡もらって、やっと踏み出せたのよ。もう今しかないって」
「……澄香」
「ねえ、あたしやっと今の場所へ行けたの。本当は透と喜びたかった。あなたがあたしの支えだったから」
「やめてくれ」
透は短く澄香さんの言葉を切って、仕方がないという風に体を引いた。雛子ちゃんと澄香さんが玄関に吸い込まれるように入り、透がこっちを向いて早く来い、と目線で促したから、僕は急いで残りの段を駆け上がった。
「なんで通したんだよ」
「……だって、」
追い返せなかったんだ。パワフルなオーラに圧倒されて。
「あんた、ほんと馬鹿な」
分かってる。自分で自分の首を絞めるようなことをした。まだ何も聞いてないけど、嫌な予感しかしない。彼女の強い決意と情熱に満ちた瞳を見てたら──
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