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第一部
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「お兄さんから連絡貰っててね、アトリエで待っててってことだから。中にどうぞ」
鍵を差してドアを開けると、むっと暑い室内に入って彼女を中に通す。急いでアトリエのエアコンを付けたけど、彼女は驚いたように「こんな所で待たせるつもり?」と声をひっくり返らせた。
「あの……お兄さんがね、」
「透が何を言ったかなんて関係ないわ。あなたもここの住人なんでしょう。ならあなたが決めるべきことよ。ねえ、お客をこんな土間で待たせるつもりって私は聞いてるの」
「えっと……」
ものすごい目力。自信に満ち溢れていて、揺るぎない芯が伝わって来る。僕より随分年下だけど僕はまるで気圧されてしまって、結局彼女を二階へ通すことになった。
リビングのソファを彼女に勧め、エアコンをハイパワーに設定し、コーヒーか紅茶かどっちがいいかを訊ねる。
「紅茶をいただくわ」
「砂糖とかミルクとかは……」
「入れないでちょうだい」
命令し慣れてるっていうかなんていうか…… ”すごい” としか言いようがない。僕はお湯を沸かしながら、ぴんと背筋を伸ばしてソファに腰かけてる彼女を横目に、『妹さん、もう来てるよ』と透にLiNEした。
さて……初対面の人は苦手だ。というか、基本的に人は苦手だ。何を話したらいい? 紅茶を出して……お茶菓子とか何もないな。買いに行ってくる? や、彼女ひとりを残して出かけられないか……っていうか僕、彼女に会う前にシャワーを浴びようって思ってたのに、なんか全然無理そう……
透が家に置いてる、僕は知らないブランドのお洒落な茶葉の缶からひとすくいティーポットの中に入れて、ボコボコ沸いたお湯を中に注ぐ。そこで気付いたんだけど、来客用のカップがない! 透は忙しくて家に友達を呼ぶことなんてないし、僕は友達がいないし……
仕方なく、透が使ってるマグに紅茶を淹れて、彼女の元へ運んだ。
「あの、ごめんね。来客用のカップがなくて……お兄さんのマグに淹れたよ」
彼女はジロリと僕を見上げ、僕がマグをローテーブルに置くと、ツンとした雰囲気のままマグを持って紅茶に口をつけた。
「紅茶の色が台無しだわ。せめて白いカップはないの?」
「あ、僕のは白なんだけど、さすがに──」
「あなたのカップなんて死んでも嫌よ」
ですよね。そう言うと思いました。僕はどこにいたらいいのかもよく分からなくて意味もなくそこに立ちつくした。このままだと従者みたいで変だし。かといってソファの隣に座るのも変だし、ダイニングの椅子に座る? 微妙に距離があってちょうどいいけど、黙ったままそこに座ってるのもやっぱり変な気がした。
「そんな所に立っていられたら落ち着かないわ。ほんとに……なんであなたなの。落ち着いてみても、やっぱり分からない」
今度は少し落ち込んだ声が、独り言のように呟く。
「透は私の理想なの。おしゃれでかっこよくて冷たいけど優しくて……」
「確かに──」
「今まで付き合ってきた人、全員知ってるわ。みんな個性的で素敵な人よ。特に、あなたの前に付き合ってた澄香ちゃん……私、大好きだった。”森澄香” ってあなたも知ってるでしょ」
「や……ごめん、知らない、です」
「嘘でしょ……最近はドラマや映画の主題歌も手掛けてるアーティストよ。代表曲は──」
彼女のハミングに思わず「ああ、それ知ってる!」と頷く。コンビニにいる時かテレビかで耳にしたことはある曲で、思い起こせる独特の力強い歌声はそれだけで何かを訴えかけてくる力がある。あれを歌ってる人と、透が付き合ってたの……?
「有名になったのは透と別れてしばらくしてからだけど……路上ライブをしてるときから彼女の歌は素晴らしかったわ」
それを望んでいないのに、元カノ情報が増えてく。想像、したくないのに──
「私、透は彼女と結婚するってずっと思ってた。透もそう考えてたのに、彼女、うちと家柄が釣り合わないって悩んで悩んで、身を引いたのよ。でも絶対後悔してるわ。透だってまだ気持ちはあるはずよ」
透がその人と結婚して僕は番として陰にいるっていう世間の ”普通” 。そんなありもしない妄想が重くのしかかって、僕は、そんなわけない、彼女とはもう別れてて透は今僕と付き合ってるんだからと必死で自分に言い聞かせた。
「ねえあなた。あなたこそが身を引いてちょうだい。あなたは透に相応しくないわ」
彼女の断罪に、言い返すことが出来ない。透と僕とが不釣り合いだってことは、誰よりも僕が感じてることだから。
鍵を差してドアを開けると、むっと暑い室内に入って彼女を中に通す。急いでアトリエのエアコンを付けたけど、彼女は驚いたように「こんな所で待たせるつもり?」と声をひっくり返らせた。
「あの……お兄さんがね、」
「透が何を言ったかなんて関係ないわ。あなたもここの住人なんでしょう。ならあなたが決めるべきことよ。ねえ、お客をこんな土間で待たせるつもりって私は聞いてるの」
「えっと……」
ものすごい目力。自信に満ち溢れていて、揺るぎない芯が伝わって来る。僕より随分年下だけど僕はまるで気圧されてしまって、結局彼女を二階へ通すことになった。
リビングのソファを彼女に勧め、エアコンをハイパワーに設定し、コーヒーか紅茶かどっちがいいかを訊ねる。
「紅茶をいただくわ」
「砂糖とかミルクとかは……」
「入れないでちょうだい」
命令し慣れてるっていうかなんていうか…… ”すごい” としか言いようがない。僕はお湯を沸かしながら、ぴんと背筋を伸ばしてソファに腰かけてる彼女を横目に、『妹さん、もう来てるよ』と透にLiNEした。
さて……初対面の人は苦手だ。というか、基本的に人は苦手だ。何を話したらいい? 紅茶を出して……お茶菓子とか何もないな。買いに行ってくる? や、彼女ひとりを残して出かけられないか……っていうか僕、彼女に会う前にシャワーを浴びようって思ってたのに、なんか全然無理そう……
透が家に置いてる、僕は知らないブランドのお洒落な茶葉の缶からひとすくいティーポットの中に入れて、ボコボコ沸いたお湯を中に注ぐ。そこで気付いたんだけど、来客用のカップがない! 透は忙しくて家に友達を呼ぶことなんてないし、僕は友達がいないし……
仕方なく、透が使ってるマグに紅茶を淹れて、彼女の元へ運んだ。
「あの、ごめんね。来客用のカップがなくて……お兄さんのマグに淹れたよ」
彼女はジロリと僕を見上げ、僕がマグをローテーブルに置くと、ツンとした雰囲気のままマグを持って紅茶に口をつけた。
「紅茶の色が台無しだわ。せめて白いカップはないの?」
「あ、僕のは白なんだけど、さすがに──」
「あなたのカップなんて死んでも嫌よ」
ですよね。そう言うと思いました。僕はどこにいたらいいのかもよく分からなくて意味もなくそこに立ちつくした。このままだと従者みたいで変だし。かといってソファの隣に座るのも変だし、ダイニングの椅子に座る? 微妙に距離があってちょうどいいけど、黙ったままそこに座ってるのもやっぱり変な気がした。
「そんな所に立っていられたら落ち着かないわ。ほんとに……なんであなたなの。落ち着いてみても、やっぱり分からない」
今度は少し落ち込んだ声が、独り言のように呟く。
「透は私の理想なの。おしゃれでかっこよくて冷たいけど優しくて……」
「確かに──」
「今まで付き合ってきた人、全員知ってるわ。みんな個性的で素敵な人よ。特に、あなたの前に付き合ってた澄香ちゃん……私、大好きだった。”森澄香” ってあなたも知ってるでしょ」
「や……ごめん、知らない、です」
「嘘でしょ……最近はドラマや映画の主題歌も手掛けてるアーティストよ。代表曲は──」
彼女のハミングに思わず「ああ、それ知ってる!」と頷く。コンビニにいる時かテレビかで耳にしたことはある曲で、思い起こせる独特の力強い歌声はそれだけで何かを訴えかけてくる力がある。あれを歌ってる人と、透が付き合ってたの……?
「有名になったのは透と別れてしばらくしてからだけど……路上ライブをしてるときから彼女の歌は素晴らしかったわ」
それを望んでいないのに、元カノ情報が増えてく。想像、したくないのに──
「私、透は彼女と結婚するってずっと思ってた。透もそう考えてたのに、彼女、うちと家柄が釣り合わないって悩んで悩んで、身を引いたのよ。でも絶対後悔してるわ。透だってまだ気持ちはあるはずよ」
透がその人と結婚して僕は番として陰にいるっていう世間の ”普通” 。そんなありもしない妄想が重くのしかかって、僕は、そんなわけない、彼女とはもう別れてて透は今僕と付き合ってるんだからと必死で自分に言い聞かせた。
「ねえあなた。あなたこそが身を引いてちょうだい。あなたは透に相応しくないわ」
彼女の断罪に、言い返すことが出来ない。透と僕とが不釣り合いだってことは、誰よりも僕が感じてることだから。
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