たとえ月しか見えなくても

ゆん

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第一部

his sister

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 7月最後の週に入って暑さもピークを迎えたある日、終業間際に透からLiNEが来た。

『妹が家に行くかもしれない。追い返して欲しいけどあんたじゃ無理だろうから、アトリエに通しといて。俺も仕事をひと段落させてから一旦帰るから」

 え!?って思わず画面を見て声を上げちゃって、ゴメンと周りに頭を下げた。妹さん……3人兄妹なのは知ってたけど、こんな唐突に透のご家族に会うことに……!

 ”かもしれない”  だから会うの確定じゃないけど、文面的にかなりの高確率で来るってことだよね。妹さん、高校生って言ってたっけ。至さんと透の妹だもん。美人さんなんだろうなぁ、と、僕はまだ見ぬ彼女の顔をぼんやり想像しながら、帰り支度を急いだ。

 家に帰ったらまずシャワーを浴びてさっぱりしておきたい。透がマメに掃除をするからいつ来客があっても大丈夫なくらい家の中はいつも綺麗だけど、肝心の僕が汗くさかったら台無しだ。今日はまたひと際暑くて、こうして10分の距離を歩いてるだけで汗ばんでシャツが張り付いてくるくらいだし。

 その後、炭酸水を飲もう。美味しいだろうなぁ、と想像だけで喉を鳴らして家に向かう最後の角を曲がったら──うちの前に、見知らぬ人影があった。座り込んだ日傘から、白いスカートの裾が見えてる。顔も何も見えないけど彼女が透の妹だってもちろんすぐに分かった。

 僕が近づくと、ハッと気づいたように日傘が傾いた。びっくりするくらい綺麗な子が、大きな目でこっちを見上げてた。
 肌の白い、栗色の髪の女の子。意志の強そうな大きな二重の目のその瞳は、まるで兄妹の証みたいに薄茶色。通った鼻筋も、おそらくは暑さのせいで上気した頬も、リップでさくらんぼみたいになってる唇も、文句なく ”美少女” っていう言葉が相応しいバランス。
 すごく細くて華奢だから中学生くらいに見えなくもないけど、間違いなくアルファだと分かる独特のオーラが既に色気の核となって彼女を取り巻いていた。

「こんにちは。透さんの妹さん、ですよね?」

 こんな綺麗な子、身近では見たことないと少し緊張して話しかけると、彼女はニコリともせずに「あなた、誰?」と可愛らしい声で訊いて来た。その不愛想さが透の初対面を思い出させて、不躾だと腹が立つよりはなんだか懐かしくなる。

「僕、松崎といいます。お兄さんと……ルームシェアしてます」

 いきなり付き合ってます、とは言えず、そう答えた。すると彼女は「あなたが?」と驚いた顔をして、僕を頭の上から足の先までじろじろと眺めた。

「兄が同棲を始めたって聞いたの。あなたのことなの?」
「あー……えっと……はい……」

 知ってるってことは、言ってもいいのかなと思って少し照れながら頷いた。すると突然彼女が立ち上がって、「嘘でしょ? なんで? なんでなの?」とひとりで混乱し始めた。

 立ち上がった彼女の目線は僕より高い。肩までの茶色い髪はゆるやかにウェーブしてて、清楚な白いノースリーブのブラウスから覗く腕はすんなりと華奢だ。それにロングスカートの下のベージュのサンダルから覗いてる脚の指がお人形さんみたいに整ってて、とにかく全部が可愛かった。
 けど……彼女がひとたび口を開くと印象は随分変わる。

「あなた、どうやって透に取りいったの? 自分が透と釣り合うと思ってるの? 信じられない。澄香ちゃんと別れたって聞いた時も信じられなかったけど、後釜があなたなんだってことはもっと信じられない。趣味を疑うわ」

 ずけずけと、いっそ気持ちがいいくらいに言ってくれる。威厳すら漂う不遜な態度が、まるでどこかの国の気の強いお姫様みたいだった。年下ということもあったし、そういうことは言われ慣れてるってこともあったし、彼女の言動が僕に痕を残すことはなかった。ただひとつ、スミカちゃんって名前は別にして……

 きっと、元カノの名前。もちろん透にこれまで恋人がいなかったなんて全く思わない。むしろいない方がおかしいって思うんだけど、なんかもやもや空中を漂ってただけのものが、名前を持つことで急に現実化して目の前に現れたみたいに、グサリと胸に刺さって残った。

「透はバイだったの? そんなの聞いた事ない。いったいあなたのどこに惹かれたっていうの?」

そこまで言って、彼女はハッとした顔になった。

「あなた……もしかして、オメガ……?」

僕が押され気味に「はい」と答えると、彼女は「そういうことか……」と愕然として呟き、目を僅かにうるませて「汚らわしい!」と言った。

「そうよ……オメガはそういう手口を使うのよ……透も薬を持ってたはずなのに……」
「あの、お兄さんはちゃんと薬飲んでました。そういうんじゃないんです。僕も僕のどこが好きなのかはよく分からないんですけど……」
「は!?何それ!あなたが分からないんじゃ、私に分かるはずないわね!」

 僕は、イライラと怒っていても綺麗な彼女に曖昧な笑みで頷き、カバンのポケットにある家の鍵を探った。

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