5 / 47
第一部
his sister
しおりを挟む
7月最後の週に入って暑さもピークを迎えたある日、終業間際に透からLiNEが来た。
『妹が家に行くかもしれない。追い返して欲しいけどあんたじゃ無理だろうから、アトリエに通しといて。俺も仕事をひと段落させてから一旦帰るから」
え!?って思わず画面を見て声を上げちゃって、ゴメンと周りに頭を下げた。妹さん……3人兄妹なのは知ってたけど、こんな唐突に透のご家族に会うことに……!
”かもしれない” だから会うの確定じゃないけど、文面的にかなりの高確率で来るってことだよね。妹さん、高校生って言ってたっけ。至さんと透の妹だもん。美人さんなんだろうなぁ、と、僕はまだ見ぬ彼女の顔をぼんやり想像しながら、帰り支度を急いだ。
家に帰ったらまずシャワーを浴びてさっぱりしておきたい。透がマメに掃除をするからいつ来客があっても大丈夫なくらい家の中はいつも綺麗だけど、肝心の僕が汗くさかったら台無しだ。今日はまたひと際暑くて、こうして10分の距離を歩いてるだけで汗ばんでシャツが張り付いてくるくらいだし。
その後、炭酸水を飲もう。美味しいだろうなぁ、と想像だけで喉を鳴らして家に向かう最後の角を曲がったら──うちの前に、見知らぬ人影があった。座り込んだ日傘から、白いスカートの裾が見えてる。顔も何も見えないけど彼女が透の妹だってもちろんすぐに分かった。
僕が近づくと、ハッと気づいたように日傘が傾いた。びっくりするくらい綺麗な子が、大きな目でこっちを見上げてた。
肌の白い、栗色の髪の女の子。意志の強そうな大きな二重の目のその瞳は、まるで兄妹の証みたいに薄茶色。通った鼻筋も、おそらくは暑さのせいで上気した頬も、リップでさくらんぼみたいになってる唇も、文句なく ”美少女” っていう言葉が相応しいバランス。
すごく細くて華奢だから中学生くらいに見えなくもないけど、間違いなくアルファだと分かる独特のオーラが既に色気の核となって彼女を取り巻いていた。
「こんにちは。透さんの妹さん、ですよね?」
こんな綺麗な子、身近では見たことないと少し緊張して話しかけると、彼女はニコリともせずに「あなた、誰?」と可愛らしい声で訊いて来た。その不愛想さが透の初対面を思い出させて、不躾だと腹が立つよりはなんだか懐かしくなる。
「僕、松崎といいます。お兄さんと……ルームシェアしてます」
いきなり付き合ってます、とは言えず、そう答えた。すると彼女は「あなたが?」と驚いた顔をして、僕を頭の上から足の先までじろじろと眺めた。
「兄が同棲を始めたって聞いたの。あなたのことなの?」
「あー……えっと……はい……」
知ってるってことは、言ってもいいのかなと思って少し照れながら頷いた。すると突然彼女が立ち上がって、「嘘でしょ? なんで? なんでなの?」とひとりで混乱し始めた。
立ち上がった彼女の目線は僕より高い。肩までの茶色い髪はゆるやかにウェーブしてて、清楚な白いノースリーブのブラウスから覗く腕はすんなりと華奢だ。それにロングスカートの下のベージュのサンダルから覗いてる脚の指がお人形さんみたいに整ってて、とにかく全部が可愛かった。
けど……彼女がひとたび口を開くと印象は随分変わる。
「あなた、どうやって透に取りいったの? 自分が透と釣り合うと思ってるの? 信じられない。澄香ちゃんと別れたって聞いた時も信じられなかったけど、後釜があなたなんだってことはもっと信じられない。趣味を疑うわ」
ずけずけと、いっそ気持ちがいいくらいに言ってくれる。威厳すら漂う不遜な態度が、まるでどこかの国の気の強いお姫様みたいだった。年下ということもあったし、そういうことは言われ慣れてるってこともあったし、彼女の言動が僕に痕を残すことはなかった。ただひとつ、スミカちゃんって名前は別にして……
きっと、元カノの名前。もちろん透にこれまで恋人がいなかったなんて全く思わない。むしろいない方がおかしいって思うんだけど、なんかもやもや空中を漂ってただけのものが、名前を持つことで急に現実化して目の前に現れたみたいに、グサリと胸に刺さって残った。
「透はバイだったの? そんなの聞いた事ない。いったいあなたのどこに惹かれたっていうの?」
そこまで言って、彼女はハッとした顔になった。
「あなた……もしかして、オメガ……?」
僕が押され気味に「はい」と答えると、彼女は「そういうことか……」と愕然として呟き、目を僅かにうるませて「汚らわしい!」と言った。
「そうよ……オメガはそういう手口を使うのよ……透も薬を持ってたはずなのに……」
「あの、お兄さんはちゃんと薬飲んでました。そういうんじゃないんです。僕も僕のどこが好きなのかはよく分からないんですけど……」
「は!?何それ!あなたが分からないんじゃ、私に分かるはずないわね!」
僕は、イライラと怒っていても綺麗な彼女に曖昧な笑みで頷き、カバンのポケットにある家の鍵を探った。
『妹が家に行くかもしれない。追い返して欲しいけどあんたじゃ無理だろうから、アトリエに通しといて。俺も仕事をひと段落させてから一旦帰るから」
え!?って思わず画面を見て声を上げちゃって、ゴメンと周りに頭を下げた。妹さん……3人兄妹なのは知ってたけど、こんな唐突に透のご家族に会うことに……!
”かもしれない” だから会うの確定じゃないけど、文面的にかなりの高確率で来るってことだよね。妹さん、高校生って言ってたっけ。至さんと透の妹だもん。美人さんなんだろうなぁ、と、僕はまだ見ぬ彼女の顔をぼんやり想像しながら、帰り支度を急いだ。
家に帰ったらまずシャワーを浴びてさっぱりしておきたい。透がマメに掃除をするからいつ来客があっても大丈夫なくらい家の中はいつも綺麗だけど、肝心の僕が汗くさかったら台無しだ。今日はまたひと際暑くて、こうして10分の距離を歩いてるだけで汗ばんでシャツが張り付いてくるくらいだし。
その後、炭酸水を飲もう。美味しいだろうなぁ、と想像だけで喉を鳴らして家に向かう最後の角を曲がったら──うちの前に、見知らぬ人影があった。座り込んだ日傘から、白いスカートの裾が見えてる。顔も何も見えないけど彼女が透の妹だってもちろんすぐに分かった。
僕が近づくと、ハッと気づいたように日傘が傾いた。びっくりするくらい綺麗な子が、大きな目でこっちを見上げてた。
肌の白い、栗色の髪の女の子。意志の強そうな大きな二重の目のその瞳は、まるで兄妹の証みたいに薄茶色。通った鼻筋も、おそらくは暑さのせいで上気した頬も、リップでさくらんぼみたいになってる唇も、文句なく ”美少女” っていう言葉が相応しいバランス。
すごく細くて華奢だから中学生くらいに見えなくもないけど、間違いなくアルファだと分かる独特のオーラが既に色気の核となって彼女を取り巻いていた。
「こんにちは。透さんの妹さん、ですよね?」
こんな綺麗な子、身近では見たことないと少し緊張して話しかけると、彼女はニコリともせずに「あなた、誰?」と可愛らしい声で訊いて来た。その不愛想さが透の初対面を思い出させて、不躾だと腹が立つよりはなんだか懐かしくなる。
「僕、松崎といいます。お兄さんと……ルームシェアしてます」
いきなり付き合ってます、とは言えず、そう答えた。すると彼女は「あなたが?」と驚いた顔をして、僕を頭の上から足の先までじろじろと眺めた。
「兄が同棲を始めたって聞いたの。あなたのことなの?」
「あー……えっと……はい……」
知ってるってことは、言ってもいいのかなと思って少し照れながら頷いた。すると突然彼女が立ち上がって、「嘘でしょ? なんで? なんでなの?」とひとりで混乱し始めた。
立ち上がった彼女の目線は僕より高い。肩までの茶色い髪はゆるやかにウェーブしてて、清楚な白いノースリーブのブラウスから覗く腕はすんなりと華奢だ。それにロングスカートの下のベージュのサンダルから覗いてる脚の指がお人形さんみたいに整ってて、とにかく全部が可愛かった。
けど……彼女がひとたび口を開くと印象は随分変わる。
「あなた、どうやって透に取りいったの? 自分が透と釣り合うと思ってるの? 信じられない。澄香ちゃんと別れたって聞いた時も信じられなかったけど、後釜があなたなんだってことはもっと信じられない。趣味を疑うわ」
ずけずけと、いっそ気持ちがいいくらいに言ってくれる。威厳すら漂う不遜な態度が、まるでどこかの国の気の強いお姫様みたいだった。年下ということもあったし、そういうことは言われ慣れてるってこともあったし、彼女の言動が僕に痕を残すことはなかった。ただひとつ、スミカちゃんって名前は別にして……
きっと、元カノの名前。もちろん透にこれまで恋人がいなかったなんて全く思わない。むしろいない方がおかしいって思うんだけど、なんかもやもや空中を漂ってただけのものが、名前を持つことで急に現実化して目の前に現れたみたいに、グサリと胸に刺さって残った。
「透はバイだったの? そんなの聞いた事ない。いったいあなたのどこに惹かれたっていうの?」
そこまで言って、彼女はハッとした顔になった。
「あなた……もしかして、オメガ……?」
僕が押され気味に「はい」と答えると、彼女は「そういうことか……」と愕然として呟き、目を僅かにうるませて「汚らわしい!」と言った。
「そうよ……オメガはそういう手口を使うのよ……透も薬を持ってたはずなのに……」
「あの、お兄さんはちゃんと薬飲んでました。そういうんじゃないんです。僕も僕のどこが好きなのかはよく分からないんですけど……」
「は!?何それ!あなたが分からないんじゃ、私に分かるはずないわね!」
僕は、イライラと怒っていても綺麗な彼女に曖昧な笑みで頷き、カバンのポケットにある家の鍵を探った。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
六日の菖蒲
あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。
落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。
▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。
▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず)
▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。
▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。
▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。
▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ
樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース
ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー
消えない思いをまだ読んでおられない方は 、
続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。
消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が
高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、
それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。
消えない思いに比べると、
更新はゆっくりになると思いますが、
またまた宜しくお願い致します。
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる