たとえ月しか見えなくても

ゆん

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第一部

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 5月、課長の秋宮さんの結婚披露パーティに招待された。もちろんお相手はもう5年も一緒に暮らしてるオメガの彼。話には聞いてたけど、会うのは初めてで……はにかみ屋のとても可愛い人だった。1年くらい前から結婚の話が出てたんだけど何となく伸び伸びになってたのが、彼の妊娠を機に一気に決まったらしい。

 ごく親しい仲間の集まる食事会っていう感じの小さなパーティーだったけど本当に素敵だった。秋宮さんの友達がプライベートショットをスライドショーにして見せてくれて、そこには普通のカップルの歴史があって、僕の知らない秋宮さんの素顔が覗いてた。

 ふたりの間にはもうすぐ小さな命が生まれて、家族になっていくんだ。皆にはやし立てられて恥ずかしそうにしてるふたりが、お父さんと、お母さんに。自分に当てはめて考えないではいられなかった。僕も透と番になりたいって……赤ちゃんが欲しいって……ものすごく羨ましくなった。

 僕に迷いはなかった。透と一緒にいる以外の未来なんて考えられなかったし、考えたくなかった。でも、透は……

 家に帰った時、ちょうどリビングにいた透にふたりのことを話したけど、ふうん、と聞き流してる感じだった。どこか、他所の世界の話みたいに。それもそうだよね。透はまだ24歳だし、付き合い始めてやっと9カ月だし。そう、自分を納得させた。

 僕の方はたった今将来を決めてしまっていいくらいに透のことが大好きだったけど、それは感情やその場の空気に流されやすい僕だけのこと。

 透は流れや弾みで何かを決めたりはしないし、しっかり計画を立てて行動する。だから僕とのことは始まったばっかりで続くかどうかも分からない、まだまだ不確定な未来のことなんだろう。もし僕がはっきりと「番になりたい」って言ったら「今は考えられない」と即答する透が目に浮かぶ。あまりにらしすぎて、笑っちゃうくらいに。



 ヒートの中のセックスを断られたことと秋宮さんの結婚のこと……偶然連続したこの出来事で僕と透のスタンスの違いが知らずのうちに浮き彫りになって、その上この頃から透の仕事が輪をかけて忙しくなった。

 会社に泊まり込みで1週間まるまる顔を見れないって日があったり、秋には3ヶ月の長期出張があるって聞かされたり……それは偶然なのかもしれないけど、僕は牽制されているように感じていた。今は仕事に没頭したい。だから番とか結婚とか面倒な話を出すなって。

 もちろん僕はそんな話はしなかった。絵を描く時間が取れないくらい仕事を頑張ってる透の邪魔になりたくなかったし、ネットの恋愛相談室を覗いてるうちに思い知ったことがあったから。

 なんで恋愛相談室を見てたか──恥ずかしながら僕は、恋人にもっと求められるにはどうしたらいいか知りたくて調べてて、そこに辿り着いた。

 透がもっともっと僕のことを好きになってくれないかなって……家に、早く帰ってきたくなるくらいに。なんて。仕事の邪魔をしたくないとかいいながら、矛盾してる。

 検索して出てきた恋愛相談室のページは──

『ベータ女子です。アルファの彼から結婚を申し込まれましたが、番のオメガを愛人として持つことを了承して欲しいと言われて悩んでいます』

Q&Aリストに見つけたその文を読んでドキッとした。

『付き合ってる彼(α)に番がいました。別れるかどうか迷っています』
『旦那の番(しかも男)がうっとうしいです。どうやったら別れさせられますか』

 他の相談に比べて数は圧倒的に少ない、ベータ女性のオメガ絡みの悩み相談に釘付けになる。『ダブダブ』にいるとオメガの社会的差別の度合いを軽く見積もってしまうけど、質問や回答の文の中から滲み出てくるオメガに対する偏見は、まだまだ社会的に認められていないことを実感させて、僕を居心地悪くさせた。

 ”変態” ”淫乱” ”好色” そんな言葉が平気で行き交う。もちろん全員じゃないけど、8割方の意見はオメガとは強い性欲に支配される低俗な種族である、という前提の元に語られているというのが、直接的にも間接的にも伝わって来る。出会ったばかりの頃……透にも言われたっけ。オメガは恋愛依存、セックス依存ばっかだって。



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