1 / 47
第一部
different future
しおりを挟む
僕と透が恋人同士になって、1年が経った。僕はその日にちまで覚えてて、でも付き合い始めた記念日なんて高校生じゃあるまいしって……あえて朝逢った時も何も言わず、何もせず、透も何も言わず、何もせず……これも大人としたら普通かなって思ってた。
でもさ。僕はやっぱり寂しくなっちゃって。それでコンビニに行ってシュークリームを2個買ってきた。記念って言わずに、ひとりでこっそりお祝い。そう思ってたら、僕がもう寝ようって上に行きかけた頃に帰って来た透が、まったく同じコンビニのまったく同じシュークリームを持ってたの。
え、まさかね、と思ったら「あんた、好きだろ」って、僕にそれをズイと渡して洗面所に行ってしまった。それだけしか言わなかったから、はっきりとは分かんなかった。確かに僕はこのシュークリームが好きで……でも、もしかしてこのタイミングは記念日を覚えてて……?
透が覚えてたって全然不思議じゃない。だって透の記憶力ってすごくて、普段も細かいことまですごくよく覚えてるから。
「ね。これってさ。もしかして──」
追いかけるように洗面所に行った僕が訊こうとすると、うがいと手洗いを終わらせた透が手を拭きながらこっちを振り向いて「今から食ったら確実にその腹につくよね」と、真顔で言った。
「……わ、分かってるし。でも今日は特別──」
「ダイエットは明日からって、明日になったらまた明日からだからそれは一生来ない日だよね」
「ほんとに今日だけだってば!」
じゃあなんで買ってきたんだよ~もう!別に太ってないし。ちょっとお腹がぷくっとしてるだけで……昔からこういう体型だし。やっぱりこのシュークリームは ”そういう” 意味らしい。僕がそれを指摘しようとしたから照れてあんな風に言うんだよ。
僕は冷蔵庫に仕舞ってた透の分のシュークリームを取ってきて、服を着替えに部屋に向かう透の後ろを追いかけるように階段を駆け上がった。
そしたら、スリッパが階段の縁で滑ってすっぽ抜け、段を踏み外して思い切り脛をぶつけた。
「~~~っ……」
痛みに悶絶。しかもバランスを崩した拍子に透が買って来てくれた方のシュークリームを腕で潰しちゃってて、僕は一気に悲しくなった。
透が呆れた顔で降りて来て「大丈夫?」と手を差し出してくれる。僕はその手に掴まりながら、「ううん……潰れちゃった……」と我ながら情けない声で訴えて透を見上げた。
「いや、俺が訊いたのはあんたの脛の方。っていうかなんでもう一個持ってるわけ」
「これは僕が買ってきてたやつ。せっかくだから、かんぱーいってやろうと思ったのに」
「シュークリームで乾杯とか聞いたことない」
階段の一番上まで上って、改めてそれだけが入った小さなコンビニの袋の中を見る。ああ……ごめんね。さっきまで綺麗だったのに。あんなに膨らんでたのに。流石に涙は出ないけど、脛はズキズキ痛いしシュークリームはクリームがはみ出てエグい姿になってるし、ほんとにしょんぼりだよ。
それなのに、透ってば「不憫」って吹き出すし。文句を言おうと顔を上げたら、廊下のオレンジ色の電気の下でニヤニヤ笑ってる透がめちゃくちゃカッコ良くて、1年経った今でもこんなに新鮮に惚れ直せる僕って幸せ者だなぁって気持ちが切り替わった。
「透、ありがと。1年おめでと」
「お。立ち直った」
一日外で頑張ってきたスーツの胸に手を置いて伸び上がると、透の力強い腕が僕の腰を掬って、ちょっと濃いめのキスをして……そう。こんな風に、透は素直じゃないけど、僕たちはなかなかのらぶらぶカポー。
でも実は……なんの心配も引っかかりもないって訳じゃあなかった。少なくとも僕は。
あれは、4月。春のざわめく気に当てられたみたいに予定より2週間も早くヒートが来た時のことだった。
年の明けた頃からヒートの時に透の精を僕の中に受けたいっていう欲望がだんだん強くなってきてて、それはオメガの本能としては全然おかしいことじゃなかったんだけど、透がヒートの時にはしたくない人だって分かってたからなかなかそれを言い出せずにいた。
1月終わりにヒートが来た時も3月に来た時も、言おう、と思いながら言えずに薬を飲んで……それで4月中頃に来そうだってなった時、いつもより透が欲しいっていうその衝動が強かったから、それでようやく口に出せたんだ。
「ヒート、来そうだから……あの、来た時にもし透が忙しくなかったら……えっと……」
ストレートに言う勇気がなくて、そんな言い方になった。すると透は難しい顔をしてしばらく黙り込んで、
「確かに前、シラフで出来るようになったらヒートの時にしてもいいって言ったけど、ちょっと……もう少し待って。悪いけど」
そう、返して来た。僕は恥ずかしさのあまり両手を振って「ううん、いいの。ごめんね」としか言葉が出ず、早々に自分の部屋へ引っ込んだ。
透はやっぱりヒートに対して嫌悪感があるんだ……それは、透の潔癖な性格を考えたら仕方がないことだ、と理解は出来た。きっと透にとってはヒートは過剰に動物的でみっともないんだろう。シラフの他人が見たら眉を顰める醜態だと思うし、それを僕は2度も透に見せてしまった。
もしかしたらそれが直の原因になってるかもしれないって思い当たって……だとしたら、自業自得だなぁって。そう思ったら、それ以降そのことを一切口に出せなくなってしまった。
だから5月末に来たヒートは薬を飲んで完全に抑え込んだ。もちろん『ダブダブ』の主力商品である『フェロモンオフシリーズ』のシャンプーやリンス、ボディソープもばっちり使って、オメガ臭を出来るだけ消した。ヒートを知られたくなくなってた。透の負担になるのが嫌だった。
でもさ。僕はやっぱり寂しくなっちゃって。それでコンビニに行ってシュークリームを2個買ってきた。記念って言わずに、ひとりでこっそりお祝い。そう思ってたら、僕がもう寝ようって上に行きかけた頃に帰って来た透が、まったく同じコンビニのまったく同じシュークリームを持ってたの。
え、まさかね、と思ったら「あんた、好きだろ」って、僕にそれをズイと渡して洗面所に行ってしまった。それだけしか言わなかったから、はっきりとは分かんなかった。確かに僕はこのシュークリームが好きで……でも、もしかしてこのタイミングは記念日を覚えてて……?
透が覚えてたって全然不思議じゃない。だって透の記憶力ってすごくて、普段も細かいことまですごくよく覚えてるから。
「ね。これってさ。もしかして──」
追いかけるように洗面所に行った僕が訊こうとすると、うがいと手洗いを終わらせた透が手を拭きながらこっちを振り向いて「今から食ったら確実にその腹につくよね」と、真顔で言った。
「……わ、分かってるし。でも今日は特別──」
「ダイエットは明日からって、明日になったらまた明日からだからそれは一生来ない日だよね」
「ほんとに今日だけだってば!」
じゃあなんで買ってきたんだよ~もう!別に太ってないし。ちょっとお腹がぷくっとしてるだけで……昔からこういう体型だし。やっぱりこのシュークリームは ”そういう” 意味らしい。僕がそれを指摘しようとしたから照れてあんな風に言うんだよ。
僕は冷蔵庫に仕舞ってた透の分のシュークリームを取ってきて、服を着替えに部屋に向かう透の後ろを追いかけるように階段を駆け上がった。
そしたら、スリッパが階段の縁で滑ってすっぽ抜け、段を踏み外して思い切り脛をぶつけた。
「~~~っ……」
痛みに悶絶。しかもバランスを崩した拍子に透が買って来てくれた方のシュークリームを腕で潰しちゃってて、僕は一気に悲しくなった。
透が呆れた顔で降りて来て「大丈夫?」と手を差し出してくれる。僕はその手に掴まりながら、「ううん……潰れちゃった……」と我ながら情けない声で訴えて透を見上げた。
「いや、俺が訊いたのはあんたの脛の方。っていうかなんでもう一個持ってるわけ」
「これは僕が買ってきてたやつ。せっかくだから、かんぱーいってやろうと思ったのに」
「シュークリームで乾杯とか聞いたことない」
階段の一番上まで上って、改めてそれだけが入った小さなコンビニの袋の中を見る。ああ……ごめんね。さっきまで綺麗だったのに。あんなに膨らんでたのに。流石に涙は出ないけど、脛はズキズキ痛いしシュークリームはクリームがはみ出てエグい姿になってるし、ほんとにしょんぼりだよ。
それなのに、透ってば「不憫」って吹き出すし。文句を言おうと顔を上げたら、廊下のオレンジ色の電気の下でニヤニヤ笑ってる透がめちゃくちゃカッコ良くて、1年経った今でもこんなに新鮮に惚れ直せる僕って幸せ者だなぁって気持ちが切り替わった。
「透、ありがと。1年おめでと」
「お。立ち直った」
一日外で頑張ってきたスーツの胸に手を置いて伸び上がると、透の力強い腕が僕の腰を掬って、ちょっと濃いめのキスをして……そう。こんな風に、透は素直じゃないけど、僕たちはなかなかのらぶらぶカポー。
でも実は……なんの心配も引っかかりもないって訳じゃあなかった。少なくとも僕は。
あれは、4月。春のざわめく気に当てられたみたいに予定より2週間も早くヒートが来た時のことだった。
年の明けた頃からヒートの時に透の精を僕の中に受けたいっていう欲望がだんだん強くなってきてて、それはオメガの本能としては全然おかしいことじゃなかったんだけど、透がヒートの時にはしたくない人だって分かってたからなかなかそれを言い出せずにいた。
1月終わりにヒートが来た時も3月に来た時も、言おう、と思いながら言えずに薬を飲んで……それで4月中頃に来そうだってなった時、いつもより透が欲しいっていうその衝動が強かったから、それでようやく口に出せたんだ。
「ヒート、来そうだから……あの、来た時にもし透が忙しくなかったら……えっと……」
ストレートに言う勇気がなくて、そんな言い方になった。すると透は難しい顔をしてしばらく黙り込んで、
「確かに前、シラフで出来るようになったらヒートの時にしてもいいって言ったけど、ちょっと……もう少し待って。悪いけど」
そう、返して来た。僕は恥ずかしさのあまり両手を振って「ううん、いいの。ごめんね」としか言葉が出ず、早々に自分の部屋へ引っ込んだ。
透はやっぱりヒートに対して嫌悪感があるんだ……それは、透の潔癖な性格を考えたら仕方がないことだ、と理解は出来た。きっと透にとってはヒートは過剰に動物的でみっともないんだろう。シラフの他人が見たら眉を顰める醜態だと思うし、それを僕は2度も透に見せてしまった。
もしかしたらそれが直の原因になってるかもしれないって思い当たって……だとしたら、自業自得だなぁって。そう思ったら、それ以降そのことを一切口に出せなくなってしまった。
だから5月末に来たヒートは薬を飲んで完全に抑え込んだ。もちろん『ダブダブ』の主力商品である『フェロモンオフシリーズ』のシャンプーやリンス、ボディソープもばっちり使って、オメガ臭を出来るだけ消した。ヒートを知られたくなくなってた。透の負担になるのが嫌だった。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
アルファ貴公子のあまく意地悪な求婚
伽野せり
BL
凪野陽斗(21Ω)には心配事がある。
いつまでたっても発情期がこないことと、双子の弟にまとわりつくストーカーの存在だ。
あるとき、陽斗は運命の相手であるホテル王、高梨唯一輝(27α)と出会い、抱えている心配事を解決してもらう代わりに彼の願いをかなえるという取引をする。
高梨の望みは、陽斗の『発情』。
それを自分の手で引き出したいと言う。
陽斗はそれを受け入れ、毎晩彼の手で、甘く意地悪に、『治療』されることになる――。
優しくて包容力があるけれど、相手のことが好きすぎて、ときどき心の狭い独占欲をみせるアルファと、コンプレックス持ちでなかなか素直になれないオメガの、紆余曲折しながらの幸せ探しです。
※オメガバース独自設定が含まれています。
※R18部分には*印がついています。
※複数(攻め以外の本番なし)・道具あります。苦手な方はご注意下さい。
この話はfujossyさん、エブリスタさんでも公開しています。
【完結】Ω嫌いのαが好きなのに、Ωになってしまったβの話
秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】
無遠慮に襲ってくるΩが嫌いで、バースに影響されないβが好きな引きこもり社会人α
VS
βであることを利用してαから寵愛を受けていたが、Ω転換してしまい逃走する羽目になった大学生β
\ファイ!/
■作品傾向:ハピエン確約のすれ違い&両片思い
■性癖:現代オメガバースBL×友達以上、恋人未満×攻めからの逃走
βであることを利用して好きな人に近づいていた受けが、Ωに転換してしまい奔走する現代オメガバースBLです。
【詳しいあらすじ】
Ωのフェロモンに当てられて発情期を引き起こし、苦しんでいたαである籠理を救ったβの狭間。
籠理に気に入られた彼は、並み居るΩを尻目に囲われて恋人のような日々を過ごす。
だがその立場はαを誘惑しないβだから与えられていて、無条件に愛されているわけではなかった。
それを自覚しているからこそ引き際を考えながら生きていたが、ある日βにはない発情期に襲われる。
αを引き付ける発情期を引き起こしたことにより、狭間は自身がΩになり始めていることを理解した。
幸い完全なΩには至ってはいなかったが、Ω嫌いである籠理の側にはいられない。
狭間はβに戻る為に奔走するが、やがて非合法な道へと足を踏み外していく――。
甘い香りは運命の恋~薄幸の天使Ωは孤高のホストαに溺愛される~
氷魚(ひお)
BL
電子書籍化のため、2024年4月30日に、一部を残して公開終了となります。
ご了承ください<(_ _)>
電子書籍の方では、暴力表現を控えめにしているので、今よりは安心して読んで頂けると思います^^
※イジメや暴力的な表現、エロ描写がありますので、苦手な方はご注意ください
※ハピエンです!
※視点が交互に変わるため、タイトルに名前を記載しています
<あらすじ>
白亜(はくあ)が10歳の時に、ママは天国へ行ってしまった。
独りぼっちになり、食堂を営む伯父の家に引き取られるが、従姉妹と伯母にバカと蔑まれて、虐められる。
天使のように純粋な心を持つ白亜は、助けを求めることもできず、耐えるだけの日々を送っていた。
心の支えは、ママからもらった、ぬいぐるみのモモだけ。
学校にも行かせてもらえず、食堂の手伝いをしながら、二十歳になった。
一方、嶺二(れいじ)は、ナンバーワンホストとして働いている。
28歳と若くはないが、誰にも媚びず、群れるのが嫌いな嶺二は、「孤高のアルファ」と呼ばれ人気を博していた。
家族も恋人もおらず、この先も一人で生きていくつもりだった。
ある日、嶺二は、不良に絡まれた白亜を見かける。
普段なら放っておくはずが、何故か気にかかり、助けてしまった。
偶然か必然か。
白亜がその場で、発情(ヒート)してしまった。
むせかえるような、甘い香りが嶺二を包む。
煽られた嶺二は本能に抗えず、白亜を抱いてしまう。
――コイツは、俺のモノだ。
嶺二は白亜に溺れながら、甘く香るうなじに噛みついた…!
可愛くない僕は愛されない…はず
おがこは
BL
Ωらしくない見た目がコンプレックスな自己肯定感低めなΩ。痴漢から助けた女子高生をきっかけにその子の兄(α)に絆され愛されていく話。
押しが強いスパダリα ✕ 逃げるツンツンデレΩ
ハッピーエンドです!
病んでる受けが好みです。
闇描写大好きです(*´`)
※まだアルファポリスに慣れてないため、同じ話を何回か更新するかもしれません。頑張って慣れていきます!感想もお待ちしております!
また、当方最近忙しく、投稿頻度が不安定です。気長に待って頂けると嬉しいです(*^^*)
きょうもオメガはワンオぺです
トノサキミツル
BL
ツガイになっても、子育てはべつ。
アルファである夫こと、東雲 雅也(しののめ まさや)が交通事故で急死し、ワンオペ育児に奮闘しながらオメガ、こと東雲 裕(しののめ ゆう)が運命の番い(年収そこそこ)と出会います。
αは僕を好きにならない
宇井
BL
同じΩでも僕達は違う。楓が主役なら僕は脇役。αは僕を好きにならない……
オメガバースの終焉は古代。現代でΩの名残である生殖器を持って生まれた理人は、愛情のない家庭で育ってきた。
救いだったのは隣家に住む蓮が優しい事だった。
理人は子供の頃からずっと蓮に恋してきた。しかし社会人になったある日、蓮と親友の楓が恋をしてしまう。
楓は同じΩ性を持つ可愛らしい男。昔から男の関心をかっては厄介事を持ち込む友達だったのに。
本編+番外
※フェロモン、ヒート、妊娠なし。生殖器あり。オメガバースが終焉した独自のオメガバースになっています。
幼馴染から離れたい。
June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。
だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。
βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。
誤字脱字あるかも。
最後らへんグダグダ。下手だ。
ちんぷんかんぷんかも。
パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・
すいません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる