関西白星一昼夜物語

ゆん

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「なぁ……俺が出来ることやったらなんでもしたるから、彬光に体、返したってくれ。彬光を、返してくれ」


 彬光の目を見ながら、彬光の中の宇宙人と視線を合わせる。そしたら彬光は左手に箸を持ったまま右手を伸ばしてテーブルに置いてた俺の左手を包むように触れると、朝にしたみたいに俺の目を動かす力を奪いながら見つめてきた。

 彬光の黒目の色がざぁっと広がって宇宙の海になり、そこへ飛び込んだみたいに全身が何かに包まれた。水の代わりに、切ないのと嬉しいのとありがたいのんが合わさったみたいなもんが鼻から口から耳から入り込んで、俺の内側がいっぱいになった。それはめっちゃ甘やかな……胸が苦しゅうて息が詰まるくらいの幸福──

 せやから嫌やった。途方もない幸福感が、俺が俺である感覚を失くしてしまう……俺が俺やなくてもいいって感じてしまう。そんな感じがした。


「やめてくれ……!」


 彬光の右手をなんとか払うと、ようやく現実感が戻って来る。彬光は静かな目で俺を見ていて、その形無き存在が確実に彬光の ”個” を食ってる気がしてきてゾッとした。


「あかん……返せ。今すぐ、彬光を返せ」
「人間は色んなもんが怖いんやなぁ。それもこれも ”自分” があるせいやのに、自分を手放すのは嫌なんやな。こうして肉体に入ってみて、なんやちょっと分かった気ぃするわ」
「彬光に逢いたい!お前ちゃうねん、彬光に逢いたいねや!」
「慧斗、そんな怖がらんでもええ。彬光はちゃんと生きとるし、消えて無くなったりせぇへんよ」
「お前、さっきどうなるか分からんゆうたやろ!そんなん信じられるか!」


 なんやもう半泣きで叫んどった。そんくらい、こいつが寄越す甘やかな ”幸福感” のでかさが恐ろしかった。なんもかんも消えてしまいそうで、俺にとっては大事な彬光とのくだらない日常のやりとりとかそういうんが、全部飲み込まれてその輪郭を失くしてしまいそうで。

 そしたらいきなり彬光が、自分の人差し指を鼻の穴に突っ込んだ。真顔で。

 シン、と一瞬の間があって、思わずふ、と顔の下半分だけで笑ってもた。


「何してんねん」
「慧斗がパニクってる時はこうする決まりや」


 そんな決まり、あらへん。確かに彬光の前で興奮してパニクったこと何度もあるけど、彬光のソレは一回も見たことないで。それとも、内心ではそう考えてたってことやろか。何……彬光ってそういうヤツやったん?あの仏頂面の奥で、そんなこと考えとったん?


「なぁ……彬光、出してや。話したいねん」
「一旦代わったらもう俺は入られへんからなぁ……嫌や」
「せやから俺に出来ることならなんでもする、ゆうたやろ。じゃあ彬光から出て俺に入れば。彬光と話した後やったら、入ってもええよ」
「慧斗~俺がお前の考えとること分かるの知ってるやろ?俺を彬光から出したら最後、入れる気ないの、すけすけなんよ」
「もうめんどくさい!お前、はよ出ぇや!」
「嫌や」


 彬光は笑いながらそう言って、食いかけやったロール白菜をいっぺんに口に入れて咀嚼した。部屋の様子も向かい合って晩飯食うとる俺らも、外面はなんも変わっとらんのに、昨日の夜あの星を見てから現実が一変してしもた。ほんま、信じられへん。




 飯を食い終わると、彬光が洗いモンをしてくれるゆうからその間に風呂に入った。頭をガシガシ洗いながら、彬光のデータには食後の食器洗いも入っとるんか、とまた過去の恋人がチラついてイライラしてた。今まで一回もしてもろたことないし。

 いや、俺がめんどくさいけど洗いもんせな、って考えたからか?分からん。あの宇宙人が俺の考え読めるんはほんまやけど、データに従っとるんか自分で考えとるんかの差は、俺には分からんから。

 風呂から上がると、彬光はベッドに横向きに寝転がってテレビで動画見とった。人気お笑い芸人 『牛乳少年』 が漫才やっとるところ。ところどころニヤニヤしとるから、笑いどころは分かっとるらしい。生意気やわ。宇宙人のクセに。いや、データか。でも彬光、牛乳少年好きちゃうかったやん。牛乳少年好きなんは俺やし。


「慧斗。こっち来いや」


 フローリングに敷いたラグの上に腰を下ろしたら、彬光が不満気に言った。無視してタオルで頭を拭く。彬光はそういう時、来いとか言わずに立ち上がって強引に俺を引っ張んねんから。勉強が足りんで、宇宙人。
 その途端、彬光が立ち上がって俺の腕を掴み、力づくで立たせて抱き寄せて、そのままベッドに倒れ込んだ。


「読むなや」
「慧斗は強引なんが好きやもんな」
「好きちゃう。彬光はそういう男やっちゅう話や」
「慧斗が好きやから、そうしてんねんで」
「……」


 それはどっちの意味や。俺が強引なのが好きと宇宙人が読んでそうしたっちゅうことか。それともデータの中の彬光が俺の好みに合わせて強引にしとるっちゅう意味か。日本語はややこしい。かといって訊き返すんもウザい。
 
 ぎゅうっと肉厚な彬光の体に抱き込まれてチラリと見上げれば、彬光もこっちを見とって──


「抱きたい」
「あかん」
「そういう流れやろ」
「お前は彬光ちゃう。俺はお前とは寝たない」


 逃れようと少しでも力を入れれば彬光の筋肉の檻に阻まれる。出られる気が全くせぇへん。


「彬光は強引やけど、無理矢理されたことはいっぺんもないで」
「なぁ、ええやろ慧斗。いっぺん体つこてセックスしてみたいねん」
「嫌や。彬光の顔でそんなスケベ親父みたいなことゆうな」


 間近で彬光の匂いを嗅ぎながら、いかに自分が彬光を好きやったかを実感してる。嫌やと思ってた行動もそれが彬光やと認知してて、そうやなかったら寂しいくらいに今、それを求めてる。

 あんま喋らへん彬光が好きや。
 ちょっと強引な彬光が好きや。
 彬光の世話をすんのが好きや。

 言葉にはせぇへんけど……俺のこと大事にしてくれてたん、知ってた。

 そんな、好きやと言ってくれへん彬光が、好きや。


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