関西白星一昼夜物語

ゆん

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けい…………」

 彬光の口から洩れたのは俺の名前やったけど、少なくとも3年の付き合いの中では一度も聞いたことない声やった。喉を押しつぶしてるような、変な──俺はそう考えたけど、それは頭の中で考えただけで声には出してなかった。それやのに、彬光は 「声、出しづら、い。だから、変に、なる」 と俺の考えたことに答えるように言った。

「何……風邪……?」
「声帯、使う、の、初めて……もう少し、したら、慣れる」
「は……何言ってんねん……」

 呆然と彬光を見上げるけど、彬光は虚空を見つめて唇を微かに動かし、その瞳は上下左右がはっきりしないほど細かく震えてた。本当の所は全く分からへんけど彬光の身に何かが起きてる。それは、タイミング的にも俺が見ていたあの白い星が関係あるとしか思えへんかった。

 その場を動けないまま数分が過ぎた。間もなく彬光が自分の手を見つめながら動きを確かめるようにグーパーグーパーした。

「もう大丈、ブ。お前、北泊きたどまり慧斗。俺、井草いくさアキミ、ツ」

 さっきよりは違和感が少なくなった声で、彬光が言う。けど明らかに彬光ちゃう。じゃあ誰なん。目の前の彬光にしか見えへん外見の、この男は。

「誰ト言われて、も。本当の名前、B1の言葉では、無理ヤ」

 また考えを読まれた。さっきの星といい、この様子といい……どれだけ抵抗してもSFやファンタジーとしか思えへん結論を、頭が導き出そうとする。

 それは、この男がいわゆる──

「そうヤ。俺はお前から見ると、地球外生命体と呼ばれる、もの。肉体は持ってナイ、から、正確にはチガウが。B1へ遊びに来るのは初めてヤ」
「さっきから言ってるB1って……地球のこと?」
「そう。地球、たくさん、あル。我々と交流のある地球も、ある。それはR1……交流のない地球はB1」

 信じられへん。言ってることも意味分からへん。でもこれが現実やって、信じるしかないって、目の前の彬光が伝えてくる。

「彬光は……ほんとの彬光はどこ行ったん」
「彬光は眠ってル」
「いつ起きるん」
「それは、俺が、出ていったら。でも俺、出てかヘン。カラダ、楽しい」

 マ・ジ・か。信じられへん。信じられへんけど、でもずっと一緒にいるからこそ分かった。これは彬光ちゃう。喋り方がおかしいというのを除いても、何かが、どこかが違うんや。
 このままじゃ困る。彬光の体は彬光のもんや。でもこいつをどうやって追い出せばいい?どうすればええんか見当もつかへん。

「慧斗は、俺、追い出せヘンぞ。諦めろ」
「なんやねん……そんなことしていいわけないやろ。返せよ」
「嫌や」

 人生上しんどいことはいっぱいあったけど、それでもその度なんとか解決してきた。けど、こんな手も足も出えへんカンジは初めてや。だって相手、宇宙人やもん。考えとること読まれるし、歯が立つ相手ちゃうやん。どうすればいい。どうすれば……

 宇宙人彬光は、呆然と見つめたまま立ち尽くす俺にくるりと背を向けると、すたすた歩いてベッドに潜り込み、そのまま眠ってしまった。



 寝て起きたら全てが夢で、何もかも元通りってことになってへんかなぁ、と思った。いつもは彬光の隣で寝るけど、さすがに怖くてそれは無理で、仕方なく毛布をクローゼットの上から引っ張り出して、それにくるまって床で寝た。
 翌朝、物音で起きるとすでに彬光が起きて服を着替えてて、俺が体を起こすと「はよ」と、まるでいつもの彬光みたいに声を掛けてきた。

「今日の現場、どこ?」

 あえて、普通に訊いてみた。いつも通りに。そしたら 「桜木町」 って……それがあんまり彬光っぽかったから、やっぱ夢やった!って一瞬めちゃくちゃホッとしたのに、すぐさま「夢ちゃうで」と彬光が、いや、宇宙人が俺の頭の中の考えを否定した。

「……お前……今日、どうするつもりなん」
「仕事行く。この間下見を済ませたリフォーム現場」
「なんでお前が知ってんねん……」
「彬光の情報スキャンは終了した。あとは肉体を使う作業がシミュレーション通りに行くかどうかやな」

 昨夜よりもずっと自然な話し方になった宇宙人に絶句する。情報スキャンがどういうものかは分からへんけど、その自然な言動を見ていればそれがハッタリちゃうっちゅうことはよう分かった。


「なあ。出てってくれよ。彬光の体は彬光のもんやろ」
「それはもちろんそうや。でもこんなチャンス、めったにあらへんから。憧れててん、B1の、肉体っちゅうもんに。」
「憧れてるからって勝手に人の体を盗んな!そういうんはな、ドロボーっちゅうねんで。犯罪や、犯罪」
「犯罪、はB1的思考や。我々の世界には犯罪者も被害者もおらへん。基本成った時には成る流れがあって、ことは起こるべくして起きんねんから」


 見慣れているはずの顔が、見たことない表情を浮かべてる。急激に彬光が恋しくなり、それが叶わない悲しみと、思い通りにならへんことへの苛立ちを感じた。喧嘩してもう顔も見たないわ!とまで思ってたくせに、本当にそうなったら恋しいなんて、やっぱ俺ってしょーもない……


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