消しゴムくん、旅に出る

泉蒼

文字の大きさ
上 下
13 / 35
第五章 外の世界

5-1

しおりを挟む
(お願いっ!)
――つぎ手足がはえたら、外の世界に出発するわよ!
そう約束してから、なんと三日がたってしまいました。
いまは、月曜日の四時間目。
クラスのみんなは、先生が黒板に書いた字を、必死にノートに書きうつしています。
「――いいですか? かんたんに言えば、第一次産業は、自然からめぐみを得る仕事のこと。農業、林業、水産業とあるんだけど、そもそも農業って、なんだと思う?」
今日の社会の授業は、とてもむずかしそうで、先生の言葉はさっぱりでした。
ぼくは、集合場所のランドセルを入れる棚の一段目に、腰をおろしています。
(農業って、なんだろう……いやっ、そんなことより、ぼくだけじゃ冒険は始まらないんだよ……そろそろ、ピン子とジョーにも手足がはえてくれないと)
 土曜日と日曜日をはさんだせいもありますが、ぼくはもう限界です。
 いつまでたっても、ピン子とジョーは、机から落ちてはくれません。
 ぼくは今日だけで、もう三回も手足がはえているのに、ふたりのもちぬしである小太郎くんとサクラさんは、ピン子とジョーを使おうとさえしないのでした。
「農業は、人にとって、有用な植物を育てることなんだ。たとえば稲や野菜にくだもの。そのほか、牛や豚に馬など、有用な動物を育てることも――」
「ふわ~あ……そうだなぁ、ぼくだったら、馬に乗って、くだものを育てる仕事なんかがいいかな……あっ、そんなこと、考えてる場合じゃないよ!」
 冒険は、三人がそろわないと、出発することができません。
 それなのに三人がそろう気配は、まるでありませんでした。
(まだ、えんぴつのピン子は、チャンスがあるかもしれない。けど、じょうぎのジョーはどうだろう?)
社会の授業で、もちぬしがじょうぎを使うとは思えません。
(だったら、今日も冒険はおあずけ……ぼくもう、まちくたびれたよ)
 先生の授業に耳をかたむけ、ぼくはまた、大きなあくびをしました。
(いったい、いつになったら、外の世界に行けるのかな……)
ぼくは、教室の窓を見あげました。
窓の外に、青空が広がっています。
(雲がひとつもないや……たしか、快晴って言うんだっけ?)
快晴は、見ていると胸がわくわくするのですが、何もせずにじっとしていると、なぜか眠たくなってしまいます。
まてばまつほどに、楽しみは、ぼくから遠ざかっていくようでした。
「ふわ~あ……楽しみにしてることって、なかなか実現しないのかな」
ぼくは、ジョーとピン子がいる机を、交互にふりむきました。
(落ちろ! 落ちろ! 落ちろ!)
 お願いだよ。
 サクラさん、じょうぎを使って。
 小太郎くん、にぎったえんぴつ、落として。
(ぼくたちは、約束したんだよ。三人そろって、出発するって……だから、お願い)
文房具なかよし三人組がそろいますように。
「ピン子とジョーが、ゆかに落っこちますように――」
 とそのとき。
 先生が、黒板に描いた円グラフを、指でさしました。
「じゃあみんな、つぎは国内における、農業、林業、水産業の比率を円グラフにして描いてみよう――」
 つぎの瞬間、ぼくは身を乗りだしてしまいました。
 サクラさんが、カンペンケースから、ついにジョーを取りだしたのです。
 小太郎くんもえんぴつのピン子をにぎりしめ、ノートにむかったのです。
「――あっ」
ポンっ、カっチャン――――ポン、コロコロコロ!
はっきりと、机から落ちていくふたりが、見えました。
「……よそ見のおかげで、ピン子とジョーが落っこちた!」
 たまらず、ぼくは立ちあがってこぶしを突きあげました。
 黒板の円グラフを書きうつそうとした、ピン子とジョーのもちぬしたちが、あやまってえんぴつとじょうぎを、ゆかに落としてしまったのです。
ふいに、冒険の風が、ぼくを目がけて吹いてきました。
 バっ~バババっ!
「や、やった! やっと、ふたりにも手足が生えたよっ」
まちにまった、瞬間でした。
冒険は、もう目のまえです。
「ぴ、ピン子っ! こっちこっち!」
 ぼくはもう、これでもか、という想いで大声をだしてさけびました。
「ジョーっ! 走って走って! もちぬしが探してるよっ、逃げて!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

処理中です...