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第3章 大馬鹿者
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「いっただきまーす」
リビングのテーブル上にキツネ色の焦げ目がついたバナナマフィンが並んでいる。
おれの大好物。きっと晩ご飯を食べずに寝たから、母さんがたくさん用意してくれたのだ。そんな母さんは、台所横の玄関で、扉越しに誰かと話し込んでいた。
「うまい……、でも、こんな朝早くに誰だろう?」
少し気になって、会話に耳を澄ませる。
「――いいんです、処分してください」
処分、何を?
見ると、エプロンをつけた母さんがお辞儀をしていた。唇を真一文字に結ぶ母さんは、疲れているように見えた。
「母さん?」
座ったまま声をかける。
「何でもないの、ティム」
母さんはこっちを振り返らず。口元は微笑んでいるが、何度か右手で栗色のショートヘアを触った。
「あやしい」
小声でつぶやく。というのも、母さんが隠し事をするサインが、それだ。決まって髪の毛を触るのだ。
食べかけのマフィンを皿に戻し、こそっと玄関に近づく。母さんの脇に立ち、おれはいきなり扉を開けた。
「こんちはっ!」
「こら、ティム」
母さんに怒られる。でも、おれは満面の笑みだ。
「……なんだ、アレンさんかよ」
だが、外を見てガッカリ。二軒隣に住む、ひょろりと背の高いアレンさんがいた。
「なんだ、はないだろ」
アレンさんはニッコリしたが、おれの顔から目をそらす。
「気まずそうだね。なんか、隠してる?」
「ティムに? ハハ、そんなことあるか」
彼は金髪を指でかき、次いで鼻の頭をかいた。
「メイさんに配達があってな。これから戻って、商売開始だ」
アレンさんは商店街で魚を売っている。良い人で、おれを見かけるたびに声をかけてくれる。恥ずかしくて知らんふりしても、デカい声で挨拶してくるのだ。
「ティム、お客さんを驚かすもんじゃないの」
母さんがバツが悪そうに誤った。何故か扉を閉めようとする。
「おれがいたらマズい?」
アレンさんから引き離そうとする素振りが引っ掛かって聞いた。
「そうじゃないわ――」
「あ、そうか! 魚が売れねえから押し売りにきたんだ」
母さんをさえぎって、一気に外へ飛び出した。アレンさんの背後に回って背中をこそばす。
「ぎゃははっ、ティム!」
バサバサッ――ドサッ!
「あっ」
アレンさんが両手をあげると何かが地面に落ちた。表紙がビリビリに破けた本だ。五冊もある。
「あ! ……じいちゃんの本だ」
「違うんだティム! みんなちょっと混乱してて」
アレンさんがあわてて本を拾い始める。
「触るな! じいちゃんの本に触るな!」
ついカッとして怒鳴った。
「インモビリアール社を信じたのか? 本が要らねえなら、返せ!」
アレンさんが怯えた顔になる。
生意気だと自分でも思うが我慢できない。本の表紙に「嘘つき」と赤い字で落書きまでされていたから。ひどすぎる。
パチーン!
だが、頬をぶたれた。目を充血させた母さんが叫ぶ。
「アレンさんに謝りなさい! 広場に捨てられていた本を拾って届けてくれたのよ!」
「……嘘」
言うも遅し。
突然始まった親子げんかに、アレンさんは気まずそうに帰って行った。
「さっきの態度は何!」
だが、母さんの勢いは止まらない。おれはちびりそう。いつぶりだ、本気で怒鳴られたのは。
地獄の説教は続く。
「目上の人に向かって! 今すぐ謝ってきなさい! 許してもらえるまで、家には帰ってこないで!」
バタンッ!
家に入った母さんが思い切り扉を閉めた。
「おれ、マジで馬鹿だな……」
空を見上げた。まぶしい。両手で頭をかきむしる。心がぐしゃぐしゃになる。
涙が出そうで、地団太を踏む。
昨日サリーに「すぐにカッとなるクセを直しなさい」と言われたのを思い出し、絶望した。
「馬鹿馬鹿、おれの馬鹿! 考えたら分かるだろ……アレンさんがじいちゃんの本を破るわけねえし」
おれは、暴言まで吐いてしまった。
リビングのテーブル上にキツネ色の焦げ目がついたバナナマフィンが並んでいる。
おれの大好物。きっと晩ご飯を食べずに寝たから、母さんがたくさん用意してくれたのだ。そんな母さんは、台所横の玄関で、扉越しに誰かと話し込んでいた。
「うまい……、でも、こんな朝早くに誰だろう?」
少し気になって、会話に耳を澄ませる。
「――いいんです、処分してください」
処分、何を?
見ると、エプロンをつけた母さんがお辞儀をしていた。唇を真一文字に結ぶ母さんは、疲れているように見えた。
「母さん?」
座ったまま声をかける。
「何でもないの、ティム」
母さんはこっちを振り返らず。口元は微笑んでいるが、何度か右手で栗色のショートヘアを触った。
「あやしい」
小声でつぶやく。というのも、母さんが隠し事をするサインが、それだ。決まって髪の毛を触るのだ。
食べかけのマフィンを皿に戻し、こそっと玄関に近づく。母さんの脇に立ち、おれはいきなり扉を開けた。
「こんちはっ!」
「こら、ティム」
母さんに怒られる。でも、おれは満面の笑みだ。
「……なんだ、アレンさんかよ」
だが、外を見てガッカリ。二軒隣に住む、ひょろりと背の高いアレンさんがいた。
「なんだ、はないだろ」
アレンさんはニッコリしたが、おれの顔から目をそらす。
「気まずそうだね。なんか、隠してる?」
「ティムに? ハハ、そんなことあるか」
彼は金髪を指でかき、次いで鼻の頭をかいた。
「メイさんに配達があってな。これから戻って、商売開始だ」
アレンさんは商店街で魚を売っている。良い人で、おれを見かけるたびに声をかけてくれる。恥ずかしくて知らんふりしても、デカい声で挨拶してくるのだ。
「ティム、お客さんを驚かすもんじゃないの」
母さんがバツが悪そうに誤った。何故か扉を閉めようとする。
「おれがいたらマズい?」
アレンさんから引き離そうとする素振りが引っ掛かって聞いた。
「そうじゃないわ――」
「あ、そうか! 魚が売れねえから押し売りにきたんだ」
母さんをさえぎって、一気に外へ飛び出した。アレンさんの背後に回って背中をこそばす。
「ぎゃははっ、ティム!」
バサバサッ――ドサッ!
「あっ」
アレンさんが両手をあげると何かが地面に落ちた。表紙がビリビリに破けた本だ。五冊もある。
「あ! ……じいちゃんの本だ」
「違うんだティム! みんなちょっと混乱してて」
アレンさんがあわてて本を拾い始める。
「触るな! じいちゃんの本に触るな!」
ついカッとして怒鳴った。
「インモビリアール社を信じたのか? 本が要らねえなら、返せ!」
アレンさんが怯えた顔になる。
生意気だと自分でも思うが我慢できない。本の表紙に「嘘つき」と赤い字で落書きまでされていたから。ひどすぎる。
パチーン!
だが、頬をぶたれた。目を充血させた母さんが叫ぶ。
「アレンさんに謝りなさい! 広場に捨てられていた本を拾って届けてくれたのよ!」
「……嘘」
言うも遅し。
突然始まった親子げんかに、アレンさんは気まずそうに帰って行った。
「さっきの態度は何!」
だが、母さんの勢いは止まらない。おれはちびりそう。いつぶりだ、本気で怒鳴られたのは。
地獄の説教は続く。
「目上の人に向かって! 今すぐ謝ってきなさい! 許してもらえるまで、家には帰ってこないで!」
バタンッ!
家に入った母さんが思い切り扉を閉めた。
「おれ、マジで馬鹿だな……」
空を見上げた。まぶしい。両手で頭をかきむしる。心がぐしゃぐしゃになる。
涙が出そうで、地団太を踏む。
昨日サリーに「すぐにカッとなるクセを直しなさい」と言われたのを思い出し、絶望した。
「馬鹿馬鹿、おれの馬鹿! 考えたら分かるだろ……アレンさんがじいちゃんの本を破るわけねえし」
おれは、暴言まで吐いてしまった。
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