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第10章 とんでもないご褒美?

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クラブパイソンに潜入してから一週間がすぎた。晴子はお昼休みに、ずっと気になっていた話を聞くため、半花のいるテニス部の部室にやってきていた。
 部室のソファにかけた半花先輩が、ポップコーンの袋を開ける。
「中村弥生がドーピングをしてる、どうしてそれがわかったかって? そんなの、決まってんじゃん。ドーピング検査だよ」
「ドーピング検査?」
「モグモグ、うま! それも、忍びの立派な任務ってわけよ。たとえば、短期間で一気に記録を伸ばした部員なんかをチェックするんだ。モグモグ、そんでコッソリ調べる」
パイプ椅子に座った晴子は、眉をひそめた。
「でも、どうやって検査なんか……相手が、素直に応じてくれるわけじゃないし」
「ズバリ、尿検査だ!」
 ポップコーンの袋を逆さまにした半花が、それを開けた口に放りこむ。
「ングっモグっ、やっぱお菓子は最後がうめえ。ま、トイレを出た隙を狙って、尿検査をするんだよ。あんま嬉しい任務じゃねえけどな」
中村弥生は、夏の大会でタイムが一秒近く上がった。その情報を聞いて、半花先輩がすぐに尿を調べると、陽性だった。
「麻黄っていう成分が、出ちゃったわけよ~」
 ふとお薬ハットリの、商品棚が頭に浮かぶ。
「風邪薬の成分に多い、エフェドリンか」
「はは~んっ、さすがは薬局の娘、話が早くていいじゃん。興奮剤はもちろんアウトだしな。は~、でもまさか、カナメさんを助けるために反則してたなんてな……」
 半花先輩が、どこか悲しそうな顔で遠くを見つめた。中村弥生は、今日から学校に登校している。心配していたけど、思ったより元気そうだった。
 これはいけないことだとわかりつつ、晴子は意地悪な笑みを浮かべた。
「半花さん、ひょっとして焦ってます? 恋のライバル、出現ですね!」
半花先輩が、動揺したように顔をまっ赤にする。
「か、からかってんじゃねえよっ、服部! ウチはべつにっ、夜霧カナメを、そんなふうに思ってねえしっ」
「わっ、怒んないでくださいよ、冗談ですから! ……じゃ、そろそろ失礼しま~すっ」
 半花先輩が、今にも飛びかかってきそうな気がして、あわてて部室の外に飛びだした。
 ……ブルルっ……ブルルっ。
 するとちょうど、ポケットの中で、任務用のスマホが振動した。
《――兄さんの部屋にきてほしい――》
(クリスだ……これから理事長室に?)

 あと十分ほどでお昼休みが終わる中、クリスに呼ばれて理事長室にいそぐと。
「晴子が気になってると思って。あの日、クラブパイソンに兄さんがやってきただろ?」
 クリスにソファのとなりをうながされて座ると、晴子は、着物姿の明星と向かい合った。
「そういえば、明星さんはイタリアに向かってたんですよね? どうしてその日にクラブパイソンにやってこれたんですか?」
 目の前で、明星が意味深に笑う。
「あの日はプライベートジェットで母国に向かっていたんだが、ふと閃いてね。そこで機内でネット会議を開いて、明星グループの上層部と話し合ったのさ」
「兄さん、とんでもない約束をしたんだ。それで上層部も納得して、龍宮学園スキャンダル事件はおとがめなし。そのまま飛行機は神戸空港に逆戻りしたってこと」
 となりで、飛行機のマネをしたクリスのこぶしが、テーブルに着地する。
「それはわかったけど、上層部が納得する理由なんて、あったんですか?」
明星が、ソファで前のめりになる。
「服部さん、最初に出会ったときの話しは覚えてる? 一緒に、君を閉じこめたお城を破壊しよう。ぼくには、君の才能を引き出す秘策がある。そう話したよね?」
「えっと、たしかそうでした」
明星の濃いブルーの瞳が、ぐわっと開く。
「服部さんを世界一の空手家に育てる――」
「え?」
「上層部に、そう約束したんだ。龍宮学園から世界一の選手が生まれれば、スキャンダルなんてひっくり返す話題になるからね」
 クリスが、となりで尻上がりの口笛を吹く。
「そこで、まずは服部さんを閉じ込めているお城を、破壊することにした。ま、それは時間の問題から楽しみにしててほしい」
 最後に、腕を組んだ明星が、晴子たちを見つめる。
「おめでとう、今日からふたりは、五忍衆の一員だ。これからも、龍宮学園の平和のために活躍してくれ!」

 放課後の部活動。晴子は先輩に、組手の相手をしてもらっていた。
「せいやっ! ……あっ」
 晴子の上段突きが宙をさまよう。あっけなくもバックステップで、先輩にかわされてしまった。練習を見守っていた先輩たちがいっせいにため息をもらす。
「服部、反応が遅いわっ」
「頭で考えすぎだって!」
(まだ、無駄な力が入ってるんだ……平常心を保ち、体に溜まった力を出す)
 そこで肩の力を抜いて、晴子がステップを踏んだときだった。
 道場の扉が、ガラっと空いた。
「いったん練習ストップや。みんな、ちょっと集まってんか」
 道場に入ってきたのは、監督だった。ハーフパンツに手を突っこんだまま、入り口の前で振りかえる。
「おーい。こっちこっち」
誰かを呼んでいる、……そう思ったら。
「えっ!」
監督の背後からあらわれたのは、空手着の男子だった。長身の彼が道場に足を踏み入れると、緊張が走った。道場が、しんと静まりかえる。
髪をツンツンに立たせた彼が、集合した部員たちを鋭い目つきで見回す。
(誰? ……まさかっ!)
「夜霧、カナメっ……さん?」
 思わず、声をあげた。腕を組んだ監督が、愉快そうに笑う。
「みんなの新しいコーチや。てゆうても、一年生以外は知っとるわな」
「みんな、ひさしぶり。色々あって、龍宮学園の高等部に復学することになった」
 どこか居心地が悪そうに、夜霧カナメが視線を天井にむける。まわりの部員たちは、ほとんどがポカンとしていた。ところが――。
「おい、夜霧さんが帰ってきたっ」
「みんな、カナメ先輩だってよ!」
 去年まで一緒に汗を流していた先輩たちが、夜霧カナメに駆け寄る。
「……みんな、元気そうだな」
みんなに囲まれて、夜霧は少し照れくさそうに鼻をかいた。去年、闇討ち事件で退学になり、とつぜん姿を消したことなど忘れたように、、部員たちが嬉しそうにはしゃいでいる。
「カナメさん、正拳突きのコツを教えてくださいっ」
「先輩が好きだった、トンカツ屋さんにいきましょ」
部員たちが向けたその笑顔が、夜霧カナメの葛藤を溶かしていくようだった。胸の中にずっとあった、モヤモヤした黒い氷が、彼の中でスーッと消えていくのがわかった。
「ええか、みんな」
 そのとき、監督がパンと手を叩いた。
「カナメは、もちろん高等部の空手部に所属するんや。けどな、同時に中等部のコーチも引き受けてくれたんや」
そこで監督が、不思議そうに首をまげる。
「でもなんでやろな? 明星理事長が今朝、これからはもっと空手部に力を入れますって、わしにゆうてきたんや。そんなん、はじめて言われたわ」
(ああ、これか! 私を閉じ込めたお城を、まずは破壊するって)
 晴子は、明星の言葉を思いだした。
(明星さんが、特別コーチをつけてくれたんだ!)
 すると、晴子を見つけた夜霧がこっちに歩いてくる。
「服部、ちょっといいか」
 見上げると、夜霧カナメが、自分にだけ聞こえる声でつぶやいた。
「クラブパイソンで組手をしたとき、オマエの弱点に気がついたよ。きっと服部は、感情と思考に操られているんだなって」
「感情と、思考?」
「過去の反則行為で、オマエは罪悪感をかかえている。それが、思考だ。技が決まる瞬間に、体がストップをかけるのはそのせいだ。頭の声を、体がきいてしまうのさ」
 晴子は、食い入るように彼を見つめた。
「そして、オマエは短気な面がある。感情が先走ると、ついカッとなって、体の制御がきなくなる」
(そうか……そのふたつが、私を閉じ込めていたお城の正体だったんだ)
「まずは、感情と思考を乗り越えろ」
 夜霧が道場のタタミに目を向ける。
「それは簡単なことじゃない。乗り越えるには時間もかかるだろう。だが焦るな。そいつらにジャマをさせるな。オレが思うに、服部は、自分のために空手をしないほうがいい」
「自分のため?」
 夜霧の鋭い目が、晴子をとらえる。
「龍宮学園のため、仲間のために戦えばいい。どんなスポーツでも、その極意は自分を無くすことにある。まあ、オレがビシバシ鍛えてやるから覚悟しておけ」
 そこで夜霧の黒い瞳が柔らかく笑った。晴子は、静かな気合いを注入された気がした。
「お、押忍っ! よろしくお願いします!」
 こうして晴子には、また新たな目標ができた。世界一の空手家になるには、まだまだ先は遠い。けど、目標を決めると道ができるから不思議だと思った。
(ヒミツの忍び、私を支えてくれる仲間――)
はじめは、ただの障害物にしか見えなかったものが、ひとつ壁を乗り越えるたびに、どんどん道がハッキリと見えてくる。
晴子は、ふと直感した。
(人生って、こうやって新たな道ができて、ずっとずっとつづいていくのかな?)
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