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第2話 捕われのツインタワー

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救急車のベッドに横たわる昴が、わき腹を押さえながら顔をしかめた。
「結菜ちゃんが、無事でよかった……イテテ」
犯人の銃弾は昴のわき腹を貫通し、重傷を負わせていた――と言いたいところだが。
「ぬあ~っ、拳銃がただのモデルガンでホント良かったわ~っ!」
というわけで、結局。
昴のケガは、犯人がモデルガンを撃った際に転倒した、打撲程度のもので済んでいた。
「昴が撃たれて死んじゃったんじゃないかって、超心配してたのよ~っ」
 一緒に救急車に乗り込んだ結菜は、一滴も出血していない昴のお腹をさすって喜ぶ。
「ゆ、結菜ちゃん……一応、発砲の衝撃でヘンな倒れ方して、わき腹は本当に痛いんだ」
「あ、ごめん!」
 結菜が車内のベンチシートに座り直して落ち着きを取り戻すと、
「ま、ふたりともが無事で何よりや」
ドクロの刺繡が入ったリュックの中から、バクさんが飛び出す。
「うん、そうだね。ホントよかった」
「結菜ちゃん……また、独り言?」
 バクさんの姿が見えない昴は、痛みに顔をゆがめながらも反応する。
 だが、結菜はにっこり笑った。
「ううん、なんでもない。昴は何も考えずに、今はゆっくり休んでて」
「う、うん……」
 点滴が効いてきたのか、昴は目を開けるのもやっとの顔で返事した。
やがて、結菜は昴がスース―と寝息を立て始めるのを確認すると、
「ぬあ~っ、どうしてお父さんがっ、救急車を運転してるのよ~っ?」
 救急隊員に扮し、運転席で救急車のハンドルを握る父に声をかけた。
「バレたか」
「バレるよ! 救急隊員って、普通はひとりで行動しないでしょ? それに、さっき事件現場で昴を片手で持ち上げて、軽々とストレッチャーに乗せたよね? そんなの並の人間の筋力じゃ無理に決まってるじゃない!」
さらに、結菜は救急車に乗ってから、ずっと気になっていた違和感を付け加える。
「バックミラー越しにずーっと視線を感じてたのよ! お父さんの賢そうに見える銀縁メガネが始終光っててさ……気付くに決まってるじゃん」
「賢そうに見えるのではない、父さんは、賢いのだ!」
 父は顔を後ろに向け、ハッキリとした口調で言った。
 すると。
「わしも今気づいたんやが、海斗は今日一日、結菜の後をつけてたみたいや」
 車内に浮くバクさんが、運転席隣の席から、父の財布を取って戻ってきた。
「やめい! 返せっ、バクさん!」
 運転中の父は、前方を注視しつつ、素早く後方を振り返る。
「金を盗るつもりはないから安心せえ。それより結菜、財布の中を見てみ」
 バクさんに言われて、結菜は父の折り畳み財布の中をのぞいた。すると。
「ぬあ~っ、電車の領収書に、フードコートのお好み焼きのレシートに、美術館のチケットの半券が入ってる~っ……今日一日、私はずーっとお父さんに後をつけられてたのね」
「つけていたのではない、採点していたんだ! 夢使い格付け試験、のな」
「夢使い格付け試験っ!?」
 結菜はベンチシートから身を乗り出す。
「結菜の立ち回りが基準点以上だったなら、俺は夢使いを引退する予定でいたんだ――」
娘に後を継がせ、早期引退を試みていたという父は、そこで悔しそうに唇を噛んだ。
「だが……点数は60点。結菜は、初級夢使いだ! つまり、俺は引退できそうにない」
 予知夢を使って犯人を逮捕できたという点は良かったが、父は減点対象があるという。
「美術館に閉じ込められた点と、山岸昴の協力があったという点だ。もし彼の協力がなければ、結菜に最悪の事態が起きていてもおかしくなかっただろう!」
 それらのアクシデントと偶然が減点対象となって、結菜は初級夢使いと判断されたようだった。
 だが。
「初級でも何でもいいわ! 今回、私は超怖い思いをして心に誓ったの。夢使いの仕事なんてもう二度としないってね! お父さんが引退できなさそうで、私はホッとしてるわよ」
 救急車が大通りを左折すると、前方に大きな病院の建物が見えてきた。
「念のため、山岸昴を病院に連れて行き検査する――それにしても、はぁ。父さんの計画が台無しだ――筋トレと警備会社の仕事に精を出すつもりだったのだがな」
 ハンドルを握る父がそうぼやいた時。
「ぷっぷぷぷっ!」
「な、何よ急に?」
 突然、バクさんが堪え切れないように笑い出し、結菜はポカンとした。
「実はな~、海斗はさっき政府から、新たな役職に任命されたんやで!」
「そ、そうなのっ?」
 結菜は運転席に身を乗り出す。
「……これまでの上級夢使いの役職に加え、インストラクターに任命されてしまった」
「インストラクター?」
「簡単に言うと、結菜みたいな新人夢使いを、たくましく育てあげる役職ってことや」
 バクさんは、これからも忙しくなるで、と父を見てゲラゲラ笑う。
「ちょっと待って!」
 結菜はふと思った。
「じゃあっ、夢使いって! 私たち以外にもたくさんいるの――」
「成長したな、結菜」
 しかし、結菜が疑問をつぶやくと同時に父は話題を変えた。
 まるで夢使いについての詳しい情報を隠そうとするように。
 すると。
「自らSNSで発信したいという欲望を抑えて、よく頑張った!」
 父がハッキリとそう褒めてきて、結菜は調子が狂いまくってしまう。
「ぬあ~っ、またお父さんが普段は言わないこと言っちゃってる~っ」
無論、さっきの疑問は結菜の頭から吹き飛んでしまっていた。それも、無理はない。キビシイ性格の父はこれまで結菜に、感謝したり褒めたりするようなことを、ほぼ一度も言ってこなかったからである。
「だって……SNSの欲望を抑えたのは……お父さんが……夢使いは誰にも知られてはいけない秘密の職業だって言ったからでしょ………………マル」
 結菜は冷静を装って答えたが、本音は父に褒められ照れ臭かった。
(にしても、慣れないわ、まったくもって……。お父さんが普段言わないことを言うと、この世の終わりが来たみたいで超怖いっ……)
この前は父を助けて感謝され、今回は約束を守って褒められて、結菜はまさにダブルパンチを食らった気分だった。
「ともあれ、これで無事に任務終了や!」
 バクさんがまたゲラゲラと笑うと、車は救急センターの入り口に停車するのだった。

 あれから、3日後。
 ツインタワー爆破未遂事件は、翌日のテレビやネットで大々的に放送されていた。だが、その次の日にはもう、爆破未遂事件の話題など誰の口からも聞かなくなっていた。
(ぬあ~っ、あれだけの大事件が嘘のように消えちゃったわねぇ……まあ、仕方ないか。世間では毎日のように、刺激的なニュースがどんどん流れてくるものねぇ……)
怨恨による爆破未遂事件など、巷では取るに足らない事件のように思えてしまうから不思議だった。
(とにかく、事件が無事解決してよかったね)
 結菜がそう思い直して機嫌よく登校すると、
「ぬあ~っ、どうして学校中のみんなが私に視線を向けてるのよ~っ」
 校庭にいるたくさんの生徒の視線を感じ、何やら背筋がゾクゾクして立ち止まった。
(……な、何?)
 どうして皆が自分を見ているのか、結菜がそう不思議に思ったその時。
「きゃあっ、結菜ちゃ~ん!」
「愛しの愛しのヒロインがやって来たわっ!」
 桜が丘中学の何十人もの生徒たちが、結菜に黄色い声援を送るのだ。
「な……、何っ? 今度は、何がいったい、どうしちゃってるのっ?」
 熱烈な歓迎に、結菜は訳が分からず口をあんぐりと開ける。すると。
「おはよう、結菜ちゃん!」
 背後から声をかけられ、結菜は驚きで目を大きく見開いた。
「あ、昴っ! もう学校に来て大丈夫なんだっ?」
「うん」
 ニッコリと笑った昴の右腕は、ギプスで固定されている。
 犯人のモデルガンで撃たれたあの時、転倒した昴は腕を骨折していたのだ。
「全治2か月だってさ……、これで、しばらく部活動は見学になりそうだよ」
 昴は残念そうに笑うが、
「そ、そうっ! 私もダンス部に入部できそうなんだ!」
 結菜は満面の笑みで言った。
「……そ、それって!」
「うん。昴と一緒にダンスが出来るってこと!」
 今回、ずっと続けてきたバレエやダンスが事件解決につながったこともあり、結菜は引き続きダンスを続ける必要性を説いて父を納得させたのだ。
「や、やったあああ!」
 結菜の入部を聞いた昴は、その場で飛び跳ねて喜んだ。
 しかし。
「あっ……イテテっ」
 自分が骨折していたことを忘れていたように、昴は痛みに顔をゆがめてしゃがみ込む。
「無茶しちゃダメよ!」
「そ、そうだね……あはは」
 結菜が昴を軽くたしなめたその時。
「そ、そうだっ! どどど、どうしようっ」
 結菜は、校庭にいるたくさんの生徒から謎の熱烈な歓迎を受けていたことに気付く。
「ね、ねえっ……私ってば、何か注目されちゃうようなことしたのかな……超怖いっ」
 結菜が昴に小声で耳打ちすると。
「あ、ああ……それね」
 昴は少し困ったような顔をした。
 そして。
「ごめんっ、結菜ちゃん!」
 昴は、痛みに顔をゆがめながら直立し、いきなり結菜に頭を下げて謝った。
「ちょ、ちょっと! いきなりどうしたのっ?」
「――実はね」
 昴は、ズボンのポケットから自分のスマートフォンをとって、結菜の目の前にかざす。
「たぶん、美術館での死闘の動画を勝手にアップしたからだと思うんだ……確認する?」
「するっ!」
 焦った結菜は、昴からスマートフォンを奪い、「昴☆のダンストーリーチャンネル」を画面に表示させる。
「ええっと……昴がジョギングをしている動画は観たし、私が駅のフェンスを飛び越える動画は前に観たし――あっ!」
結菜はまだ観ていないサムネイルを発見した。
「ぬあ~っ、いつの間にっ!? リードをつかむ私が、犯人めがけて飛んじゃってる~っ!」
 数個のサムネイル画像の中に、リードをつかんでターザンのようにサーバールームを降下している女の子の画像が。
 さらに。
「チャンネル登録者を見て」
 昴に言われて、結菜は画面の左下の、動画タイトルと視聴回数の数字を見て驚愕した。
「……ええっ? ……動画タイトル、『JCダンサーが降下する!』の視聴回数がっ、1億回再生超えっ?? う……うそだっ!」
 しかも、昴のチャンネルの登録者は――。
「103万人っ!? な、ななっ、何よこれっ!」
「ご、ごめんね……病院がヒマで、結菜ちゃんが嫌がるかなと思ったんだけど……。でも、とっさに撮った割に良い動画だったからさ。ついアップしたらこんな結果になっちゃったんだ……」
 昴は少し申し訳なさそうに言い、ギプスをはめていない反対の手で頭をかいた。
「ぬあ~っ、朝から学校のみんなに超注目されちゃってた理由は、この動画のせいだったのね~っ!」
 結菜はまだ動画の反響に頭がついてこず。
「落ち着けっ、落ち着けっ、私~っ!」
 深呼吸をしながら、結菜はゆっくりと頭の中を整理し始めた。
(ええっと、ええっと……私の動画が1億回再生を超えて、チャンネル登録者数が100万人を超えちゃったんだよねぇ――)
いったい自分の日常に、どんな影響があるのだろうか?
結菜の周りには人がたくさん集まる。
     ↓
 町を歩けば、ファンに握手を求められる。
     ↓
 すべてのファンと握手をして、結菜の手が腫れあがる。
     ↓
 右手が野球のミットのようになり、ある日スカウトされる。
     ↓
 それはメジャーリーグのスカウトで、結菜は急遽渡米することに。
     ↓
 だが、結菜は英語が喋れず、チームメイトからのけ者にされて解雇になる。
     ↓
 日本に帰るお金を稼ぐため、結菜は路上でハンバーガーを販売するはめになった。
(……じゃあっ、私は今から! ジェスチャーだけでハンバーガーを販売する技術を磨いておかないといけないのね……そんなの、無理っ!)
 英語が喋れずにアメリカに渡り、そこで日本までの渡航費を稼ぐまでの道のりを想像すると、もはや逆立ちで富士登山を達成するほどの難易度に感じた。
「ぬあ~っ、嫌よ嫌よっ! 私は食べるのは専門でも身振り手振りでテリヤキバーガーを売り切るテクニックは持っていないのよ~っ」
結菜は両手をグーにし、それを自分のこめかにぐりぐりと押し当てながら、必死に自分を落ち着かせようと試みる。しかし。
「ごめんね。でも結菜ちゃんのおかげで、僕の動画は大人気になったよ」
 昴は、結菜に謝ると同時に、ニッコリ笑って感謝を告げた。
「そんなこと言って、本当は私を利用してハンバーガーチェーン店を拡大させてひと儲けするつもり――」
結菜はそこでハッと我に返る。
(今、何て? 私のお・か・げ??)
「ねえっ、昴! 私のおかげって、言った?」
 結菜は、2秒ほど時間を巻き戻して昴に聞く。
「そうだよ! すべて結菜ちゃんのおかげだよっ!」
「ぷっ、ぷぷぷっ! そ、そそ、そんな~っ! 昴ったら超大袈裟なんだから~っ!」
 結菜は、人からありがたがられるのがこの上なく好き、という自身の性格にはやっぱり抗えずに。
 結局。
「しょうがないな~っ! これじゃあ、超怖い夢使いの仕事もやめれないねぇ~っ」
後々になって、たくさんの人からモテていると実感できた結菜は、あれほど怖くてやめたくて仕方なかった夢使いの仕事を、今後も、また続けることに決めたのだった。
(予知夢なんて超怖いけど……、でもまあ、私ってばもうフォロワー100万人超えの超モテモテなインフルエンサーだもん!)
 結菜は、これからもどんどん人を助けていこうと思うのだった。
「ってことで、これからもよろしくね~っ」
(了)
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