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第2話 捕われのツインタワー

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金曜日の、朝7時。
ベッドで目を覚ました結菜は、窓から差し込む柔らかい陽射しに目をすぼめていた。
「ああ……、睡眠って、なんでこんなに気持ちいいんだろう。学校なんて休んで、ずーっと寝ていたい」
 いつしか桜は散ってしまい、結菜が夢使いになって2週間が経つ。
父を救出して以来、今のところは大きな事件も起きておらず、また、結菜を身震いさせるような怖い予知夢も見ていなかった。
(やっぱり、平和がいちばんよねぇ)
 結菜は、明日からの休日を楽しみに思いながら、ぐっと伸びをした。
だが、しばらくベッドでボーっとしていると、
「そ、そうっ!」
結菜は起き掛けに見た怖い夢をふと思い出し、一気に上半身を起こす。
(どどどど、どうしようっ)
すると。
「……な、何や? キョンシーみたいに真っ青な顔して」
 学習机の上で、日向ぼっこをしていたバクさんが、結菜の異変に気付いて目を開けた。
「ちょっと! 私を勝手に中国版ゾンビに例えないでよね……」
気分を害した結菜は、目をまあるく開けたまま、バクさんを睨みつける。
「これでも私はね、フォロワー10万人超えの超モテモテJCなんだから!」
 だが。
「そのフォロワーさんは、他人の動画チャンネルのフォロワーさんなんやけどな」
 バクさんは、後ろ足で首の下をかきながら痛いところを突く。
 確かに、結菜の活躍で動画はバズってフォロワーが急増した。
 しかしそれは、昴が自身の成長記録を撮る目的で開設した、「昴☆のダンストーリーチャンネル!」という動画チャンネルでの出来事だった。
「うぅ……、超空しい」
 結菜は悔しくて掛け布団を塩昆布のように噛んだ。
「まあ、捨てた宝くじが実は1億円当選しとったぐらいのショックな出来事やしな」
「私の悔しさを上手に表現しないでくれる……でも、そう、そうなのよ……ぬあ~っ、だったらいっそのこと自分でチャンネル作って発信してればよかった~っ、って感じ!」
 結菜は両手をグーにし、それをこめかみにぐりぐりと押し当てながら後悔を叫ぶ。
このご時世、自分のではなく、他人のチャンネルでバズるほど悔しいことはない。
「私ってば、絶対にこの世で最も不幸な女の子の称号を手に入れられる自信がある」
 結菜が青白い顔でそう言うと。
「でも、夢使いは誰にも知られてはいけない秘密の職業だからこれにて終了………………マル」
 バクさんはあくびをしながら、結菜のモノマネをした。
「……あんた、モノマネの才能まであったのね」
「コツは、糸こんにゃく並みに目を細めてつぶやく、や」
「誰がすき焼き顔よっ! 私のお目目はクリっクリなんだからっ……はぁ、でも本当に自分の動画チャンネルで発信してれば、フォロワー50万人も夢じゃなかったのにな……」
 昴の動画チャンネルが急速にバズり始めた2週間前、結菜は自分の動画チャンネルを開設しようと試みた。だが、タイミング悪く父に見つかりあえなく失敗。
「夢使いは誰にも知られてはいけない秘密の職業だと言っただろう!」
父にそうこっぴどく叱られた結菜は、反論すらできずに渋々断念したのだ。
「これでもう、インフルエンサーへの道は閉ざされてしまったのね……ガックシ」
 結菜はベッドで重たい息を吐く。
(はあ、もしインフルエンサーになってれば、今頃は、どんな気分だったんだろう)
 きっと、超楽しいはず。
 きっと、超うれしいはず。
 きっと、超ウキウキするはず。
 いいや、超幸せに決まっている。
「ぬあ~っ、いっそのことスマホを破壊しようかしら! インフルエンサーになり損ねた、そんな悪魔的な後悔に押しつぶされるぐらいなら、スマホを破壊しようかしらね~っ」
そんな愚痴をこぼしながらベッドを出ると、結菜は重たい足取りでクローゼットを開けに行った。
いつもは快晴を彷彿とさせる鮮やかな青色の制服も、今日だけは曇天色に見えてしまう。
「……学校、超行きたくない」
その制服を結菜がため息まじりにつかんだその時。
「そ、そうっ!」
ネガティブオーラ全開で制服に着替えようとした結菜は、ふと大変なことを思い出す。
「なんや、まだあるんか……つぎは何の愚痴や?」
 バクさんは苦虫を嚙み潰したような顔で聞いた。
「愚痴じゃないわよ、失礼ね……じゃなくって! 思い出したのよ、超怖い夢のことを!」
「超怖い夢?」
「うんっ」
 起き掛けに見た、不気味な夢を思い出した結菜は、それが予知夢なのかどうなのかが気になり、早速バクさんに相談してみるのだった。
それは、結菜が背中に天使のような羽を生やして空を飛んでいる夢だった。
「それが突然、いきなり瞬間移動したみたいに、今度は私ってば、何故か荒野の町にいてカウボーイの恰好をしてたのよね」
 気がつくと結菜は、西部劇に出てくるような町にいたのだ。
そして、そこでいきなり結菜は何者かに銃撃されてしまう。
「すると今度は視界が真っ暗になっちゃったの……、そして後は、後は――、ぬあ~っ、ひたすら誰かの悲鳴が聞こえる、超怖い夢だったのよ~っ」
 制服に着替えた結菜は、青白い顔のまま、ベッドに力なく座り込んだ。
「――なるほどな。確かにこれまで見てきた夢とは、少し種類が違う不気味な夢やな」
 宙に浮くバクさんは、渋い顔をしながらつけ加えた。
「銃撃されるまではただの夢としても、その次が気になるわ。視界が急に真っ暗になって悲鳴だけが聞こえる夢っちゃうんは、わしにも解読が難しい夢やで……」
 そう言って、首をひねるバクさん。
 つまり、バクさんにも結菜の見た夢が、予知夢なのかどうかが分からないようだ。
(はあ……、予知夢じゃなければ、何も問題なくハッピーに過ごせるんだけどなぁ……)
だが。
「予知夢を見始めて、私ってば、夢に対して超過敏になってるだけかもしれないけど……、このモヤモヤした気持ちは超不快だから、すぐにでも取っ払いたいんだけどなぁ」
どこか釈然としないバクさんの顔を見ていると、結菜はさらに不安になってしまう。
「結菜は嫌やろけど、やっぱ海斗に相談するしかなさそうやで」
「……はぁ、だよね」
結菜は自分で動画配信をしようとして、阻止されたから、まだ父のことを恨んでいた。
(インフルエンサーへの道を閉ざした、そんな情け容赦のないお父さんに頼るなんて、なんだか面白くないのよね……)
世界中の人たちから、いや、ありとあらゆる生物からモテまくりたい結菜にとって、SNSを禁止されてしまうことは、宇宙服を着ないで大気圏外で活動することに等しかった。
結菜はもういちど試しに、無言でバクさんを見つめてみた。
「そんな物欲しげな顔で見られても、わしには夢の解読はできへんで」
 バクさんが冷たく言い放つ。
「だったら、ほったらかしにする……」
 結菜はボソッと言って肩を落とした。
「ぬあ~っ、やっぱり無理! このままだと超怖いし、夢が気になりすぎて、安心して学校にも行けないわ~っ!」
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