JCダンサーは夢使いをやめられない!

泉蒼

文字の大きさ
上 下
6 / 22
第1話 結菜、33代目の夢使いに

1-6

しおりを挟む
あれから、1時間。部屋の時計が夜8時をさしても獏は姿を見せなかった。
「お父さんの嘘つき……うぅぅ、ダメだ。そんなことより、お腹が空いてもう限界っ……」
 結菜はベッドで仰向けになりながら、スマホでファッション誌のWEBページをめくっていた。
 どこかで、獏のバクさんが姿を現すことを期待していたのだ。
 だが結局、しばらくスマホを見ながらチラチラと天井を観察していたのだが、何も変化は起きなかった。
(こんなことなら、おでんを食べていればよかった)
 結菜は後悔し、今夜の食事は我慢することにした。
 というより、自動的に我慢することとなった。
「自分磨きに励むモデルたちは、夜8時以降にご飯を食べない、か……はぁ」
 学校一モテる、という野望を胸に秘めた結菜はこれでなかなか意志が強かった。
 自分磨きに余念のない女性たちに負けじと、マイルールを頑なに守っている。
(私も夜8時を過ぎたら、美貌と体型維持のためにご飯は食べないぞ――)
 結菜はぬいぐるみを敷き詰めた枕もとにスマホを放ってうつ伏せになる。
グウウウッ!
盛大にお腹が鳴った。
「だけど、私の良いところは融通が利くところ……。お腹がすっごく助けを求めてるんだから、さすがに無視はできないわよねぇ」
結菜は自分にそう言い聞かせ、うつ伏せのまま机の三段目の引き出しに腕を伸ばす。
手探りで器用に選び取ったのは魚肉ソーセージ。
 結菜はその赤いフィルムを剥がし、一口かじった。
「キャアアア、うまいっ」
 水の入ったバケツに乾いたスポンジを入れたみたいに、空腹の胃に魚肉の旨味が浸透していく。
「う、うますぎ……」
 結菜は感動のあまり、ソーセージを握ったままの手で枕を何度も叩いた。
日頃から結菜は、父が買い込んだ缶詰(お酒のおつまみ用の焼き鳥)やお菓子(クッキー・グミ・おかき)に目星を付け、少しずつバレないよう非常食をため込んでいた。
今日みたいに、晩ご飯を食べ損ねた時のために。
「あと3口は楽しめそうねぇ――」
 結菜がもう一口ソーセージをかじろうとしたその時。
ガサガサガサガサガサガサササササ!
「えっ?」
 虫が天井を這うような音が聞こえた。
 それは、紛れもなく複数の虫の足音で。
「ぬあ~っ、まさか今のはムカデとか!?」
結菜の全身に身の毛がよだった。結菜はこの世で虫が一番嫌い。とくに足が4本以上ある生き物については、それはもう得体の知れない宇宙生命体だと考え警戒している。
(イカやタコの足はせいぜい8~10本……で、でもっ)
「百足」と書いて「ムカデ」と読むことを思い出し、結菜の顔からサッと血の気が引く。
「ぬあ~っ、足百本なんてもはや宇宙生命体の中の王者じゃないのよ~っ! 私の部屋に現れても何にも得はないから出て行って~っ」
 結菜はパニックで掛け布団を頭からかぶる。
「失礼な、わしをムカデと一緒にせんといて」
「へっ?」
 突然のしゃがれ声に、結菜は布団から恐る恐る顔を出した。
「まさか……、バク?」
 結菜はピンときて、勇気を振り絞って尋ねた。
「せや! でも名前がちょーっとだけ、ちゃう!」
 癖の強い関西弁は、テレビで見た漫才師みたい。
『――ちなみに、名前はバクじゃなく、バクさんだ』
結菜は、父のさっきの言葉を思い出し、
「そうだ、バクさん!」
と、すぐに名前を訂正した。
 すると。
「正解や! 敬称を現すなら、バクさん様、バクさん先生、バクさん閣下でもええで~」
 やけに陽気なトーンのしゃがれ声が聞こえた。
 次の瞬間、
 ドオオンっ、ボアアアンっ!
「……、ぬあ~っ」
 結菜は天井の蛍光灯の辺りを見上げて思わず絶叫した。なんとそこに、たれ耳たれ目のブサカワな小型犬が浮かんでいたのだ。
「やっほ~、ごきげんよう~っ、ハロ~、ナイストゥーミーチュ~」
「どう見ても、獏とちゃうし~っ!」
 結菜は、宙に浮くパグ犬に思わず関西弁で突っ込んだ。
(たしか獏は、鼻が象みたいに長かったはずでしょ……)
しかし。
「ぬあ~っ、超犬じゃん! しかも体が透けてて透明や~んっ」
どう見ても成仏し損ねたパグ犬にしか見えず、結菜の関西弁は止まらない。
(これって、放っておいたらヤバいことになるよね……)
 結菜は神妙な顔つきで、クリクリお目目のブサカワ犬に手を合わせ、拝み始めた。
「どうか憐れなパグ犬に憑依されませんように、南無妙法蓮華経……南無阿弥陀仏……大安仏滅……皆既日食ハレー彗星……牛丼豚丼つくね丼イクラ丼海鮮丼」
「わし、死んでへんし! しかも途中から、お経とちゃうし! てか自分、絶~っ対に、腹減ってるや~んっ!」
 宙でそうずっこけたバクさんに、
「ふ~ん、一応は突っ込めるんだ」
 結菜は冷静な顔で、お笑いセンスがあるかどうかをチェックした。
「良かったわ。あんたって、ただのごぼう天の使いじゃなかったのね」
「わしはチクワや、ってアホ! どう見ても、おでん種とちゃうしっ」
「うんうん。漫才師の伝家の宝刀、ノリ突っ込みもちゃんとできるみたいね――分かったわ、あんたがバクさんだってこと、信じてあげる」
「どこで信用勝ち取ってんね~ん、わし……それに、その謎のお笑い上から目線、やめてくれんかな?」
 バクさんは悲しそうな目で訴えた。
「関西人は、関西人以外から、謎のお笑い上から目線を向けられがちなのよね~」
「その通り! 関西弁を喋るだけでおもろい奴ってレッテルを貼られてな、困ってるんやで。お笑い文化が進んだ今、日本は1億総お笑いチェックマンや……」
「なるほどね。たしかに人はみんな、自分が面白いかどうかは別として、他人の評価には超キビシイもんねぇ」
 結菜はベッドで正座になって、しみじみと頷く。
関西弁を喋るバクさんの気苦労を察したのだ。
「下手にボケたら命とりや――」
「でも待って」
 結菜はバクさんを遮り、十分な間をとってから、言った。
「あんた、関西人ちゃうや~ん! ただの超犬や~んっ!」
「だから犬ちゃう! わしは花咲海斗の相棒バクさんやっ」
 バクさんに怒った口調で突っ込み返され、結菜は「冗談じゃん」と、ふて腐れながら足を崩した。
「つまんな~い。すぐマジになる犬なんてつまんな~い」
「シャラップ! ええか、結菜が予知夢を見始めたんは偶然やないで!」
バクさんは仕切り直すように宙であぐらをかく。
「花咲家っちゅうんは、人を助けるために、神さまからすんごい力を与えられたすんごい一族なんやで」
「私が……、選ばれし民?」
バクさんが真剣に話し始め、結菜の表情も自然と引き締まる。
「せや! わしも結菜も、神さまの使い、っちゅうこっちゃ!」
結菜は神さまというパワーワードに緊張を感じ、急いでベッドで正座になった。
「いや、待てよ? ……私ってば、もうそんなに偉くなっちゃった? 人間にモテまくって今度は神さまにも? ……ぬあ~っ、レベチ(レベルが違う)じゃん!」
「はぐうっ……、天下一品のうぬぼれ屋さんが登場やで」
 バクさんは何を言い出すのか、という口調になる。
すると今度は結菜を見下ろして、試すように言った。
「てゆ~か、細っ! そんなやわな体つきで夢使いになれると思ったら大間違いやで」
 まるで夢使いの資格がないとでも言いたそうな目を向けられる。
最初はブサカワなパグ犬だと油断していたが、だんだんと父に似て口うるさい相手かも知れないと結菜は思い始めた。
「あんた失礼ね! 見た目で判断しないでよねっ!」
結菜は勉強が苦手なことを言われるのは我慢できるが、運動神経を馬鹿にされるのは我慢ならなかった。
だから。
「私は幼稚園からバレエとダンスを習ってるのよ!」
 結菜は特技のバック転でベッドを下りてみせ、さらに床では華麗な逆立ち歩きを披露(ひろう)してみせた。
 すると。
「ああ、せや!」
 バクさんは何かを思い出すように両前足を合わせて叩く。
「ずっと昔、わしが海斗に言うたんやった。娘にも体力をつけさせるため、体操やダンスを習わせときいって」
「……、だからか」
結菜は、妙に納得。
父は塾を止めたいと言っても決して怒らなかったが、結菜がバレエやダンスの練習をサボるとすごく怒った。
(あれはきっと……)
自分が、夢使いになった時のことを思ってのことだったのだろう。
 結菜は、過去に感じていた父の不思議な言動の数々を、やっと理解できた気がした。
(これかあ。ミステリードラマとかでよく言う、点が線になるってやつ――なんだか、このスッキリ感はクセになりそうねぇ)
 まさにこの瞬間から、名探偵結菜が誕生しそうになったその時だ。
「……はぐうっ」
 突然バクさんが苦痛に顔をゆがめ、ガクガクブルブルと宙で身体を震わせるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】だからウサギは恋をした

東 里胡
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞応募作品】鈴城学園中等部生徒会書記となった一年生の卯依(うい)は、元気印のツインテールが特徴の通称「うさぎちゃん」 入学式の日、生徒会長・相原 愁(あいはら しゅう)に恋をしてから毎日のように「好きです」とアタックしている彼女は「会長大好きうさぎちゃん」として全校生徒に認識されていた。 困惑し塩対応をする会長だったが、うさぎの悲しい過去を知る。 自分の過去と向き合うことになったうさぎを会長が後押ししてくれるが、こんがらがった恋模様が二人を遠ざけて――。 ※これは純度100パーセントなラブコメであり、決してふざけてはおりません!(多分)

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

桃の木と王子様

色部耀
児童書・童話
一口食べれば一日健康に生きられる桃。そんな桃の木に関する昔話

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

【完結】アシュリンと魔法の絵本

秋月一花
児童書・童話
 田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。  地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。  ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。 「ほ、本がかってにうごいてるー!」 『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』  と、アシュリンを旅に誘う。  どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。  魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。  アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる! ※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。 ※この小説は7万字完結予定の中編です。 ※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。

獣人ディックと赤ずきんちゃん

佐倉穂波
児童書・童話
「赤ずきん」の物語を読んでトラウマになった狼の獣人ディックと、ほんわかしてるけど行動力のある少女リリアの物語。  一応13話完結。

処理中です...