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031_リーンの場合5

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 031_リーンの場合5
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 カフェで2人きりで向き合います。
 スピナー様は頼んだコーヒーをフーフーと可愛らしく冷ましています。日ごろのスピナー様と違った子供らしい姿に、ほっこりとしますね。

「何かおかしいですか?」
「コーヒーを冷ますお姿が、可愛らしくて」

 こんなことを言ったらまた機嫌を損ねてしまいます。わたくしは失敗したと口をつぐみましたが、もう遅いです。席を立たれてしまうのでしょうか……。

「猫舌なのです」

 スピナー様は恥ずかしそうにフーフーとしています。どうやら怒ってはいないようです。良かった。
 わたくしと同じ年の少年。今のスピナー様はそう見えます。

 スピナー様の意外な一面を見ていたら、見返されてしまいました。
 思わず目を逸らしてしまいました。怒ってませんよね?

「話とは?」

 そろりと上目遣いで彼を見やると、話をしろと振られました。
 そうですわ、お話をするためにスピナー様に来ていただいたのですから、話をしなければいけませんわね。

「そう言えば聞きましたよ、殿下の周囲に居たえーっと……なんとか言う女子生徒は学園を去ったらしいですね」

 うっ、今はその話ではないのですが、出てしまった以上言わなければいけませんわね。

「ミランダさんは地方の学園に転校しました」
「身分をひけらかしたいなら、自分よりも高位の貴族が居ない田舎のほうがいい」

 うっ……あのことを根に持っているのでしょうか?

「そんな目で見ないでください、殿下。俺が手を回したわけじゃないですよ」
 以前は「様」をつけていましたが、名前のリーンで呼んでいました。ですが今は「殿下」ですか。距離を感じます。

「そんなつもりで見ていたわけでは……」
 スピナー様がミランダさんに興味ないことは知っています。
 興味どころか、まったく眼中にないですよね。スピナー様にとって、ミランダさんは池の中の水。そこに居ても気づかれない存在なのでしょう。

「それで、話というのは何でしょうか?」

 フォークでレアチーズケーキを少し切り取ってそれを口にするスピナー様は、話よりもケーキのほうが大事そうに見えます。
 美味しそうですね、わたくしも頼めばよかったです。

「単刀直入にお聞きします。あの時、スピナー様はどうしてお怒りになったのでしょうか? わたくしはそれが知りたいのです」
 眉間に皺を寄せて眉毛をハの字にされました。聞いてはいけなかったでしょうか? ですがここで聞いておかないと、またスピナー様を怒らせてしまいます。だから怯まず聞きます。

 スピナー様はフォークを置き、姿勢を正しました。いったいどんな話が出てくるのでしょうか?

「たとえば……俺が殿下のことを知ったかぶりしたら、殿下はどう思いますか? 俺は殿下の名前程度しか知りませんよ。そんな奴に知ったかぶりされて、気分いいですか?」
「………」
 わたくしはお父様にスピナー様の調査報告書を見せていただいたから少しは知っています。
 でもスピナー様はそのことを知りません。知らせていいものなのか、判断がつきません。

「それでしたら、わたくしにスピナー様のことを教えてください!」
 はしたないと思いましたが、分かり合うためにも色々聞きたいです。

「俺のことは国王陛下に聞かれれば良いでしょう。色々調べているようですから」
 やっぱり気づいておられるのですね。ですが、それではこの距離が縮まりません。ですからスピナー様の口から聞きたいのです。

「スピナー様の口から聞きたいのです」
「………」
 スピナー様は大きく息を吐きました。呆れられてしまったでしょうか? はしたないと思われてしまったかしら?

「ぶっちゃけますけど、大丈夫ですか?」
 そんな前置きをされますと、少し不安です。大丈夫かと聞かれるくらいショッキングなことを仰るのでしょうか。

「はい。大丈夫です」
「正直に言いますが、俺は貴族になる気はありません。俺と結婚する女性は、ただの平民のスピナーの妻になるということです。国王陛下も殿下もそのことを分かっておられないのではないですか?」
 以前お父様から聞いた話では、名誉伯爵になるということでしたが……違うのでしょうか?

「名誉伯爵に叙されるという話もありましたが、そもそも俺はそんなことに同意してません。パパ……父が公爵をしていますしやがては兄が公爵を継ぎますから、2人に迷惑をかけるのは忍びないと思っています。ですから今のところ他国へ行くつもりはありませんが、あまりしつこいようならこの国を出ることも考えるつもりです」
「そう……だったの……ですね……」
 薄々ですが、スピナー様は貴族になんの魅力を感じてない。そう感じていましたが、正しかったようです。

「分かってくださいましたか。ですから、俺のことはあき───」
「わたくしのことが嫌いで嫌がっていたのではないのですね!? 良かったですわ。わたくしは平民でも構いません。スピナー様が望んでおられる平民になれますように、お父様に申しあげますわ」
 最初は平民になるなんてと思っていました。でも、スピナー様のことを少しずつ知るにつれ、わたくしの考えは変わりました。

「え……?」
 わたくしのことが嫌いじゃなかったのですから、あとはわたくしの心一つということなのです。彼のことがもっと知りたいのです。そのためなら平民になってもいいですわ!

 以前ならこんなことは思いもしなかったでしょう。ですが今は平民でもいいと思えるのです。
 なぜそう思うのか、正直よく分かりません。でもわたくしが貴族に拘らなければ、スピナー様に拒絶されないと知ってとてもホッとしました。

「うふふふ。ちゃんと話ができて良かったですわ。わたくしはこれで失礼しますわね。お父様にこのことを申し上げなければいけませんので!」
「ぁ……ぇ……ぃ……ぉ……ぅ……はい?」
 スピナー様は口を魚のようにパクパクさせています。可愛い表情をされるのですね。

 名残惜しいですが、わたくしはスピナー様とお別れし、城に戻りました。そしてすぐにお父様に面会を求めました。

 お父様にお会いし、スピナー様の言葉を伝えました。
「スピナー様が平民になりたいと仰るなら、わたくしも平民になりますわ」
「お前、本気なのか? 平民だぞ? 王族どころか貴族じゃなくなるんだぞ?」
「スピナー様がそう仰るのであれば、それについていくのが妻の役目です。それが王族や貴族でなくても関係ありませんわ」
 以前呼んだ書物に、平民の男性と伯爵令嬢が大恋愛の末に駆け落ちしたものがあります。お父様が反対されるなら、わたくしだって駆け落ちするくらいの覚悟ですわ。

 以前のわたくしなら、平民に嫁ぐなど考えられなかったと思います。ですがスピナー様のことを徐々に知って、その考えを改めました。
 スピナー様はたしかに気難しいところがあります。それは自衛のためのものだとわたくしは思うのです。
 若くして大富豪となり、下手な貴族よりも多くの資産を持つスピナー様は、これまで多くの人々の妬みや嫉妬などの悪意と向き合ってこられたのだと思います。そういう悪意からご自分の心を護るために、人と一定の距離を保つようになったのだとわたくしは考えるのです。

 それはスピナー様が悪いのではなく、悪意を持ってスピナー様に接した者たちが悪いのです。わたくしはそんなスピナー様をお支えしたいと思うようになりました。

「本当にいいのだな?」
「はい!」
 わたくしは心の底から肯定の返事をしました。

「分かった。スピナーを貴族にするのは止めよう。リーンがスピナーの妻となれるよう、最大限の譲歩をすることにする」
「ありがとうございます。お父様」
 これでスピナー様との婚約話は進むはずです。
 楽しみですわ。

 
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