この恋降りてもいいですか

真柴きなこ

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4話 記憶のカケラ

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これが妖族のトップ、「ゼロ」…。
彼が放つオーラは禍々しく、思わず足が竦んでしまう。

「何しに来た!こっちはまだ、姫の記憶も魔力も戻ってないんだぞ!」
「吠えるねえ忠犬君。なに、今日は挨拶しに来ただけだ」

雪と茜の背中が守ってくれているが、張り詰めた空気が後ろ姿からも伝わってくる。
緊張するこちらとは裏腹に、ゼロは余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
なぜそんなに余裕があるのだろう。

「菫殿は、本当に守るべき価値があるのかな?」
「は?喧嘩売ってんのか?」

冷静な雪がいきり立っている。

「お前たちの知らない姿があるってことだよ」

そう言うと、ゼロは右手を前に差し出し、なにやら呟きはじめた。

「思い出してくれ、菫殿。俺達の甘美なる想い出を!」

するとまた、頭が割れそうなくらいの猛烈な頭痛に襲われた。

「あぁ!あっ…!頭…が…割れる…!」
「姫!」
「菫!」

私はそのまま呆気なく気絶してしまった。

*

夢を見ていた。
辺りは血の臭いが立ち込める戦場で、あちこちに人が倒れている。
目の前にはゼロが居て、全身血だらけの状態で、膝をついていた。

「そう…か…スミレ殿は…そうやって…ここまで…のし上がってきたのか…」

私は刀の血を払うと鞘に納め、ゼロに近付く。
ゼロは抵抗することも戦うこともしない。

「いいぜ…差し出してやるよ…その代わり…この呪いで…自分の首を絞めることになるだろう…」

すると、なんと私はゼロの首に噛み付き、血を啜っていた。

*

「…え?」

ラストの衝撃で思わず目が醒めたけど、夢の内容はしっかり覚えていた。
何あれ。これも前世の記憶だっていうの?
確かゼロに術のような物をかけられて、また物凄い頭痛がしたから、これもきっとそうなのだろう。

「…私の部屋?」

どうやらあの後無事に帰ってこれたらしい。
周りは見慣れた自分の部屋。ほっとする。
ベッドの側では琥珀さんがうたた寝している。
時計は16時を差していた。
色っぽい琥珀さんの、無防備な寝姿に、思わずドキドキしてしまう。

「琥珀さ…」
「だーかーらー!どうしようもなかったって言ってるじゃん!」
「ゼロにやられてノコノコ帰ってくんな!!」
「ちょっと、二人ともやめなって!!」

部屋の前で茜と珊瑚の大喧嘩が始まっている。止めなければ…
私は慌てて部屋を出た。

「ひーーーめーーーーー!!!!」

目に涙を浮かべた茜に、間髪入れず抱きつかれる。

「菫…良かった、なんともない?」
「大丈夫だよ」
「ゼロに何された?」

珊瑚に詰め寄られ、あの夢を話していいものか迷う。

「菫ちゃん!良かったあ~」

琥珀さんも起きたようだ。

「あの…気を送られたっていうか、記憶をねじ込まれたっていうか…夢を見たの」

そして私は夢の内容を洗いざらい話した。
4人の顔が曇る。

「血を啜る?んな、姫様が吸血鬼だったってこと?」

コロッと変わって、茜は信じられないと言わんばかりに、ヘラヘラと笑う。

「生き血を吸う魔族なんて聞いたことない」
「ゼロが、からかうために、ありもしない記憶植え付けたんじゃないの」

雪と珊瑚が次々に否定する。

「ゼロとのことなんて思い出さなくていいよ、忘れなね~」

琥珀さんに頭ポンポンされるが、腑に落ちない。
本当に、彼はからかうためだけにあんな物を見せたのだろうか?
私は胸騒ぎが拭えなかった。
すると家のインターホンが鳴った。誰だろう。

「どうもー、魔術警察です」
「はい?!」
「あ、大丈夫。知り合いだよ」

普通の警察とは違い、魔術が絡む事件は魔術警察の管轄だ。…人生初めての事情聴取か。
魔術警察と名乗った二人は、長めの前髪で片目が隠れた年齢不詳の男性と、明らかに私より年下の小柄な女の子だった。
男性はゴシックファッション、女の子はコルセットにエナメルのショートパンツと、警察とは思えない黒ずくめのファッションだった。
コルセットからこぼれ落ちそうな爆乳が目のやり場に困る。

「菫くん、現世でははじめましてやね~。魔術警察の黒鉄香威(くろがね・かい)です」

リビングに通して座ってもらったが、さっきから女の子の視線が痛い…

「黒鉄由鈴(くろがね・ゆりん)だ」

由鈴と名乗った女の子は、威嚇しているのか、突き刺さるような視線をこちらにぶつけてくる。

「由鈴は、僕の助手兼嫁なんよ」

飲んでいたお茶を噴きそうになってしまった。突っ込みどころが多すぎる…
魔術警察は自由なんだなあ…

「さて本題やけど。目撃者からあらかた話は聞いたし、現場検証も終わったんやけど、ゼロと会ったみたいやから、記憶を見せてもらおうと思ったんよ」
「え?!」
「香威は記憶が読めるんだよ」
「また凄い頭痛がするんじゃ?!」
「香威様の術に痛みは伴わない。安心しろ」

由鈴ちゃんに睨まれてしまった。…タメ口が気になる。

「わ、分かりました…ご自由にどうぞ」

覚悟を決めて目を閉じる。香威さんの手が頭に触れてそこだけ熱を帯びる。あれ、案外気持ちいい。

「なるほど。奴は菫くんにちょっかいかけにきたんやね。その割には無族を巻き込んで派手にやってくれたなあ~」
「ねじ込まれた記憶のようなものはなんなんでしょう?」
「奴のことやから、からかってるんちゃうかなあ。妖族の血を吸う魔族なんて聞いたことないから、安心してええと思うよ」

みんながそう言うのなら、やっぱり気にしない方がいいのかな。

「あ、香威さんも前世のこと覚えてるんですか?」
「覚えてるよ~!由鈴とは今世からやけど、スミレくんとは一緒に戦った仲やからねえ」
「そうなんですか?」
「スミレくんはグループやったけど、僕は一匹狼で、協力し合ってた感じかなぁ」
「…香威様」

…由鈴ちゃんの顔が心なしかさっきより険しいような…

「久々に菫くんに会えると楽しみにしてたから、由鈴が妬いてもうたみたいで…さっきからつねってきてる」
「も~ノロケないでよ香威ちゃん!」

どっと笑いが起きたが、私は笑える状況ではない。

「ごめんごめん。今日はお暇するわあ。また何か訊きたいことあったら、いつでも連絡してきてなぁ」
「香威様!」
「分かった分かった」

香威さんが、由鈴ちゃんを宥めるために、頬にキスしたのを私は見逃さなかった。
…なんで私が妬かれないといけないんだ!

「なんなの?!」
「まあまあ。新婚さんだから許してやって」

あの感じだと、香威さんと会うときは、いつも由鈴ちゃんに睨まれなきゃいけないのでは?

「いくつなの?」
「16と31。10年前に孤児だった由鈴を拾ったんだって」
「…住む世界が違うな…」
「彼女、無族なんだよ~」
「えっ?!」

無族に産まれると、手に職を付けない限り、生きていくのは難しい。
魔術を習い出す高校や大学でバレる可能性があるからだ。
バレると差別を受けることは珍しくない。最悪なのは、殺されたり暴行を受けた場合、魔族から無族に対しては非常に罪が軽いのに対して、逆は死罪だということ。
孤児なんて、きっと彼女が相当苦労したのは想像に難くない。

「…苦労したんだろうね」
「私、あいつら嫌い」

しんみりしたところに、珊瑚が珍しく割って入ってきた。

「え?さーちゃんとゆりりんのツンツンっぷりは似てるけど?」
「やめてよ!」
「同族嫌悪?」
「違うって!昔から、あいつ掴みどころが無いっていうか…何考えてるか分からない」

たしかに、にこやかではあったけど、内に秘めた物は大きそうな印象を受けた。

「…スミレ様が亡くなったときも、あいつ何の役にも立たなかったじゃない」

前世の私の最後。
いろいろなことが隠されているはず。
聞いておかないと…

「あの、前世の私って、どんなだったの?」
「凄く強大な魔力を持っていて、特にヒーリングに長けていて、幼少期から病気や怪我人を助け、神童と呼ばれていた」

雪が語り始める。そう言えば、雪は私と幼なじみだったって言ってたっけ…

「約100年前は妖族との戦争真っ只中だったから、若くしてスミレは戦力として駆り出され、めきめきと頭角を現していき、
当主だったスミレの父上が亡くなったあとは、きょうだいを差し置いて一族のトップとなった」
「美しく気高く、聡明だけどちょっと抜けてて…」
「ちょっと割り込まないで!」

茜が割り込んだが雪に一喝されてしまった。

「あの、私、前世のことを調べても簡単な情報しか出てこなかったんだけど…なんでなの?」
「戦争でいろんな資料が無くなってしまったのと、スミレ様は強すぎてやっかみを受けたことも珍しくなくて…いろいろ不遇も受けたんだよ」

女で一族のトップ…約100年前は今よりもっと男尊女卑だっただろうから、苦労したであろうことは手に取るように分かる。

「みんなで力を合わせて戦わなきゃいけないっていうのに、魔族は、グループ同士の揉め事も嫉妬も多かったからね…」
「あの、死んだときのことは…」

一番気がかりだったことを訊いてみる。

「…妖族との戦いも終わって、のんびり過ごしてたある日、2階の自室から転落死」
「ええっ?!」
「警察は転落死だって言ってたけど、そんなはずない!100階から落ちたって、スミレなら0.1秒で飛べる!誰かに眠らされて落とされでもしなきゃあんなことにはならない!
香威に屋敷に居た全員の記憶を見てもらったけど全員シロ。他に可能性があるなら、誰かが結界を破ってスミレに接触した可能性…」

雪が肩を震わせながら一気にまくし立てる。
そんな死を遂げていたとは思いもよらず、なんと言っていいのか言葉に詰まる。

「でも、みんなぐらいの魔力があれば、生き返らせることくらい」
「無理だよ」

珊瑚が強い口調で割って入る。

「菫ちゃん、ヒーリングは生きている者にしか使えないんだ。例えどんなに魔力が強くてもね」

琥珀さんが優しい口調でそう言うが、とても悲しそうだった。

「便宜上は。死者を蘇生させるのは論理上可能らしいけど、やったが大罪で牢屋行きだ。菫もそれくらい知っているだろ」

諌める口調の雪に返す言葉がない。
法律管理士を目指しているから、勿論知っていたが、もしかしてと思い訊いてしまったことを恥じた。

「ごめん、ちょっと一人にさせて」
「ゆ、雪…」

席を立ち、雪が部屋にこもってしまった。
茜を見るとしくしく泣いている。

「ちょっともう、泣かないでよ…」
「ごめん、昨日のことのように、私が一番覚えてるから…」

そう言えば記憶が一番濃いと言っていた。

「…言いたくないけど、自死の可能性は…」
「そんなわけない!私達を置いて、スミレ様が死ぬわけない!」

珊瑚まで、声を荒らげて出ていってしまった。

「ご、ごめんなんか…」
「菫ちゃんごめんね、みんなこのことはいつも感情的になっちゃって…大丈夫、頭冷やしたらすぐ戻ってくるよ」

過去の資料が少ないのは、戦争の混乱でいろいろ消失したのと、不遇を受けていたからだということ。
死んだのは、転落死と言われているが、自殺か他殺かはっきりしないこと。
そして、茜は私を追ってすぐ自殺したこと…
明らかになっていることはその3つだった。
もうこれ以上訊くのはよそう…
めそめそ泣き続ける茜の頭を撫でながらそう思った。

*

夕飯は琥珀さんによる本格イタリアンだった。夕飯の頃にはみんな元通りになっていて、気まずいこともなく団欒を過ごせた。
その後お風呂に入ったあと、自室で勉強しながら、添い寝当番の琥珀さんを待った。

「菫ちゃん、お待たせ~」
「あ、はい…」

昼と同じく女のままだったが、どっちでもセクシーだから、どっちでも結局緊張する気がしてきた。

「…パジャマは案外普通なんですね」
「え?どんなの想像したの~?」

立ち上がりベッドに向かおうとしたところ、琥珀さんに後ろから抱きしめられる。

「や、やっぱりちょっと、おっぱいが当たるから、男の方でお願いできますかーっ?!」
「ふふ、照れなくていいのにい~」

そう言うとドロンと一瞬で男に変化していた。

「…俺のことは、思い出して欲しいような欲しくないような…」
「え?」

抱きしめられたまま、後ろから耳をついばまれて、思わず吐息が漏れる。

「や、やめ…」
「え~?俺だけおあずけはなしだよ~?」

琥珀さんがニヤリと不敵に笑う。
立ったまま耳への愛撫が止まらず、すぐに膝が笑いだした。

「む、無理ぃ…」
「ふふ、弱いねえ~」

ひょいとお姫様抱っこされ、ベッドに優しく降ろされる。
面と向かい合うと恥ずかしさがいっそう際立つが、もう逃げ場がない。

「あれ?頭痛来ない?」
「う、はい…」
「やっぱり唇じゃなきゃ駄目なのかな?」

すぐ唇が塞がれたと思うと、咥内に舌がねじ込まれてきた。
必死の抵抗も虚しく、腕は押さえつけられて身動きが取れない。
もうこれ以上は無理…と思ったところで、遅れてとんでもない頭痛がやってきた。

「う…き、来た…」
「おお!どんなのが見える?」
「栗色の…くせ毛の…小さな男の子を…私が抱っこしてる…」
「うわ~やっぱりそうだよね…」

この小さな男の子がまさか琥珀さん?!

「いや、抱っこされるほどガキじゃないんだけど、実際年は離れてて、童顔でチビで、男扱いされてなかったと言うか…」

照れながら話す琥珀さんがかわいい。
現世とはあまりにギャップがありすぎる。

「ふふ、ギャップありすぎでしょ」
「ほら!やっぱり笑うから思い出してほしくなかった…」

琥珀さんが頭を撫でてくれて、頭痛の痛みもすぐに和らいだ。

「こんな調子で、いつ全て記憶が戻るのかな…そもそも魔力も戻るんでしょうか?!」
「やっぱりエッチなことしないと…」

琥珀さんの手がお尻に回ってきて撫で始めた。

「ちょっともう!」
「菫ちゃんは、誰を選ぶのかな?」

琥珀さんの唇が髪に触れて擽ったい。
すると、琥珀さんの首すじに虫さされのようなあとが見えた。
…これはまさか…
さーっと気持ちが急速に冷えていく。

「ちょっとこれ!キスマークですよね?!」
「え?ち、違うよ、虫さされだよ~」

慌てふためくが嘘が下手すぎる。

「私以外にイチャイチャする相手が居るんじゃないですか!」
「いや、定期的に発散しないとね、ちょっと…」

言い訳が見苦し過ぎる。

「やっぱりほんとにチャラチャラしてるんですね…見損ないました」

琥珀さんに背を向けて目を閉じる。

「菫ちゃん、そ、そんなに怒らないでよお~」
「早く寝ましょう」

しばらく琥珀さんがうるさかったけど、繋いできた手は振りほどかないであげた。
一応優しさだ。

*

また夢を見ていた。

泣いている。
魔力によって人を救っても、敵ができる。
私の力のせいで、親族でさえ派閥ができる。
女が一族を束ねるトップだなんておかしいと言われる。
どんなに人を救っても、どんなに妖族と戦っても、私は救われないー…



ねえ、どこまで走ればいいの?



「菫ちゃん、菫ちゃん!」

目を開けると心配そうな琥珀さんの顔。

「あれ、私…」
「凄いうなされてたよ」

そうか、夢…
前世の記憶と言うか感情みたいなものが蘇った。
みんなにあとで話そう。

「今朝は珊瑚がフレンチトースト作ってくれたよ」
「食べるっ!!食べる食べるっ!!」 

私は飛び起きてダイニングに向かった。
卵と牛乳とバターの香りが鼻を擽る。たまらない。

「姫~っ!おはよ~っ!」
「おはよう菫」
「…おはよう」

琥珀さん以外は女の姿で、茜と雪はもう身支度を済ませていた。
珊瑚はトレーニング終わりで、スポーツウェアだった。

「んん~朝からフレンチトーストなんてっ!」
「はいはい、今持っていくから…」

席につくとすぐに、半ば呆れながら、珊瑚が焼きたてのフレンチトーストを持ってきてくれた。
柔らかく鼻をくすぐるような匂い。はちみつをかける前に一口食べてみよう。

「ん~美味しいっっ!!」
「…オーバーだなぁ」

そう言いつつも、いつも険しい珊瑚の表情が緩んだ。

「あのね、また記憶?というか感情?みたいなものが戻ったというか…夢を見たの」
「おお、どんな?」

私は4人に今朝の夢の内容を話した。

「姫様はいつも悩んでたからなあ、力あるが故に…」
「だんだん、前世にシンクロしていってるのかもね。いい兆候だと思う」
「…それでね、思ったんだけど…本家に今度の休み行こうと思うの」

4人とも驚いた様子でこちらを見ている。無理もない。絶縁状態と言ってもいいくらいだったからだ。

「母さんは本家とモメたかもしれないけど、私は次期当主なわけでしょ。いずれ行かないと」
「でも、時期尚早じゃ…」
「100年以上ある家なんでしょ?懐かしくていろいろ思い出すかもしれない」

幼い頃に何度か行ったことあるが、母さんがお祖母ちゃんお祖父ちゃんと喧嘩ばかりしていて、じきに行かなくなってしまっていた。

「うん、みんな喜ぶと思うよ。菫ちゃんに会いたがってる」
「…本家に行くということは、法律管理士を諦めたと取られるかも?」

茜に心配されたが、私は強い口調で否定した。

「…それは違う」

私は諦めない。絶対に…
なんとしてでも法律管理士にならないといけないのだ。

「法律管理士は諦めない!けど、本家には行く!」
「まあ、反対する理由はないね」
「菫ちゃんの好きなように」
「姫が行くとこならどこへでも!」
「菫がそう言うなら」

私は、魔力と記憶を取り戻すことも、法律管理士の夢も、どちらも叶えてみせるんだ!

続く
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