やがて恋に変わるもの。

玉菜

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5:Prince 〜来訪者〜

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 ***

 研究室は書類や器具を置き去りにはされるが、その分、仕事が無くなることがない。それでも片付けのローテーションにも慣れてきた私は、魔法薬ポーションの研究に参加させてもらえることになった。ノートや教科書で勉強しているのとは違う、現実の魔法薬の研究はとても興味がある。

 所謂ポーションは、レシピ通りなら比較的低魔力の人でも普通に作れる。それを更に魔力値に関係なく、高品質を誰でも作れるようなレシピを探すのが今回の研究目的だ。

「別の薬剤を違うタイミングで添加した場合の、反応の変化をチェックしてほしい」
「わかりました、頑張ります!」

 添加物は既存の薬剤を使用する。試薬を揃え、データを取ってはまとめていく。その過程で出た疑問も一緒に追求し、いいサンプルが取れると残業の疲れも吹き飛ぶ思いだった。

 しかし、この研究室については設備面でひとつだけ不満がある。

「ごめんね、パウラ。助かります」
「いえいえ、半分、そのために来た様なものですから」

 実験室の秘匿性を高めるため、人の出入りの度にドアに鍵がかかる仕様になっているのだが、まだ完全には自動化されてはいないため、出るのはいいけど、外から入る人がいる時は中から解除しなくてはならない。その手間を、私が負っていた。

「すみません、パウラ。この部屋のロックシステム自体も、他の研究室の実験なものですから……それもなかなか一方通行から進まないようで」
「なるほど。そちらの実験も、早く進むといいですね……」
「魔道ドアの研究は、僕も参加してるんだけどね」

 と、カール様。

「兼任もされてるんですか」
「なかなか思うように進まなくてね。今も条件付けで悩んでるんだ」

 現在、このシステムは実験的に幾つかの部屋に装備されているようで、実験段階。ならば手間があるのは仕方がない。それで今日も私は門番の様な事もしています。
 そこへまたノック。室内は全員揃っているので、来客かしら?

「はい、どなたですか?」
「僕だよ」

 ものすごく知っていて、でも他の誰もが首を捻る声が聞こえた。急いでドアを開けると、そこには。

「ラルフ様?!」
「やぁパウラ!僕の声を覚えていてくれて嬉しいよ」
「ご無沙汰しておりました。ご機嫌麗しゅうございます」
「久しぶりだね!元気にやってる?」
「はい、ありがとう存じます。」

 ドアを開けたら王子様が立っていた!とか、どんなドッキリですか。
 と思っていたら、スッと私とラルフ様の間に先生が割り込んだ。

「ランドルフ様、何か御用向きがございましたか?」
「いや、ちょっと別の研究室に来たついでに寄ったんだ。ポーションのアレは順調?」
「はい、そろそろデータ取りが終わるところで……」

 お仕事の話になるようでしたので、応接テーブルに案内してお茶を準備することに。イルダも手伝ってくれたので、こそこそと話す。

「ねぇ、パウラってほんとに王子様を愛称で呼ぶのね?」
「あ……つい癖で。ラルフ様も、今後もそのままでいいとおっしゃってくださったので……」

 と、不敬に当たらない事をやんわりと説明する。

「そうなんだね~すごいね、やっぱり元婚約者なんだ……」
「婚約者候補でした、ですね。」

 くすくすと笑い合いながらお茶の準備を整え、テーブルに運んだ。

「ありがとう、パウラ。君のお茶を飲むのは久しぶりだ」
「そうですね、上手に淹れられているといいのですが」
「うん、美味しいよ。ありがとう。仕事は順調?」
「はい。お仕事も皆さんに助けていただいています。」

 少し話をすれば、懐かしい空気にほっとする。

「パウラはとてもよくやってくれていますよ」
「先生、ありがとうございます」
「ん?パウラはまだ彼を先生と呼んでいるの?」

 あ、そこ、ツッコミます?

「ええと……現在もお仕事では上司というか師匠の様な、先生の様な……なので」
「苦しい言い訳になってるよ」

 ちょっと慌てていると、ラルフ様はニヤニヤと笑い先生はジトっとした目でこちらを見ている。

「……どうして戻ってしまうんですか?」
「え?」
「名前です」

 はぁ、とため息をつく。

「えと……ヴィクトル様?」
「はい」
「これから、気をつけます」
「そうしてもらえると嬉しいです」

 彼が嬉しそうに目尻を下げて微笑むと、ラルフ様も、カール様とイルダ様も実験の手を止めて驚いていた。

「ヴィクトル、君そんな顔もするんだね」
「そんな顔とは?」

 すん、といつもの無表情に戻る。どうやらあの笑顔は無意識らしい。

「ああ、パウラ、ちょっと」
「はい?」

 こちらへ、という身振りにヴィクトル様へ一歩近寄ると、その手が耳元に伸び、そこに落ちかかってきた髪をそっと掬って耳にかけた。耳朶に指先が触れてぴくり、と肩を揺らす。

「ごめんね。落ちかけていたので、つい」
「い、いえ、ありがとう、ございます……」

 なんとも言えない空気が流れ、周りの視線が生ぬるくなる。

「これはまた……珍しいものを見たな」
「何がですか?」

 1人でくすくす笑うラルフ様と、何を笑っているかわからない様子のヴィクトル様に和みつつ、仕事に戻る。
 ラルフ様はヴィクトル様としばらく話をした後、『また来るねー』と言って去っていった。進捗は確認できたのでしょうか。

 ***

「今日は王子様がいらして、びっくりしましたね」

 と、実験の片付けをしながらカール様が楽しそうに言うと、イルダ様も話に乗ってきた。

「進捗の確認と言いつつ、あれはアレですよね。パウラの様子を見に来た感じでしたね」
「そうですか?」

 しれっとかわしておく。

「あっ、それ思いました!お茶を飲んだ時も嬉しそうでした」
「普通と思いますが……」
「いやいや、やはり手元におられた方の事がご心配で……」
「カール、今日のデータのレポートはこれですか?」

 先生……いやヴィクトル様が、カール様のデスクから書類を引き上げています。

「あっヴィクトル様、僕がやります!」
「早く帰りたいならそうしてください」
「はい、申し訳ありません」

 ピリっと、室内の空気が冷えた。ラルフ様が帰ってから、ちょっと寒いですよねこの部屋……なんでかしら。

「そ、そういえば、ヴィクトル様も王太子妃教育でパウラと会われていたんですよね!」

 イルダ様が話題の矛先をヴィクトル様に変えた。

「そうですね、3年ほどになりますか」
「私は他の教育より、ヴィクトル様の授業を沢山受けていたと思います。」
「とても熱心な生徒でしたよ」
「ええ。私は魔法省に入りたかったので、すごく」
「ええ?!王太子妃候補なのに?!」
「そうですね」

 王太子妃候補は、政略結婚の駒です。普通に考えて楽しいわけがないし、ラルフ様もああいう飄々とした方なので、どちらかというと候補者同士の方が仲は良かった。
 この場でそこまでは言わないけれど、やんわりと勉強がしたかったことと、魔法薬の研究がしたかったことを伝えた。

「貴族って勉強するのにも面倒があるんですねぇ……パウラ、お疲れ様」
「ありがとうございます。」
「でもじゃあ、今は好きなことができてますね!」

 カール様も同意してくれた。

「はい、そう思います。ヴィクトル様の教育のおかげです」
「君が自分で頑張ったからですよ」
「だと、いいのですが」

 そう答えると、ヴィクトル様の目元に微笑みが戻り、部屋の空気が少し温まったような……?

「さぁ、もう片付けてしまいましょう」

 その声に、さくさくと片付けが進む。あとは器具の洗浄くらい、となったところで、定時の鐘が聞こえた。ヴィクトル様がカール様とイルダ様へ先に退室を促す。

 ヴィクトル様は管理者なので最後までいなくてはならない。私と一緒に、最後の器具の片付けをしてくれることになったのだけど……。

 ***
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