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サマリー10 言の音の呪いと聖賢の乙女
人のなせる業
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残った魔導師たちは詠唱を継続し、アルシャークの不敵な笑みが光平に向けられている。戦力にならない無能は警戒する価値もないという考えが顔に滲んでいるようであった。
『ウェパブリード、フォードマードライブライド、シュレグファーイス』
邪神像が赤紫色の光を放ち始めている。
空は黒く染まり渦を巻き、邪悪な魔力が満ち満ちてきているのを光平でさえその肌で感じ始めていた。
窒息呪文の影響が少なくなってきてはいるが、まだ起き上がることができないクライグやフィーネの思いが胸に突き刺さる。
僕は何もできないのか。DAFを命がけで守っていれば!
詠唱妨害ができていればなんとかなったのに!
悔恨と己の無力さへの怒りがこみ上げる。
みんなを守りたいのに!
明日を明るい日だって、そう思えたのに。
負けてたまるか。
湧きあがる反骨の炎。
『 エルシュザール! ホバラホバラサバファクタリア シュゲルアゲル……』
あれ? さっきも詠唱していた呪文……内容、その次は
『フォゲル ショーグ エグライル』
「フォゲル ショーグ エグライル」
「「!?」」( 先生が復唱をしている!?)
光平の聴覚が、聴覚野が、脳の聴覚言語領域が異常な活動を始めていた。
磨き上げ研鑽し、積み上げてきた聞き取りと復唱能力がこの危機に際しアドレナリンの過剰分泌とも相まって限界を超えた処理を始めている。
『ファルマファルマ ホゴライアル エザルカイア フィルグレス』
「ファルマファルマ ホゴライアル エザルカイア フィルグレス」
(間隔が短くなっている!?)
光平は道具袋にあったベリダ製の別の呪道具を取り出す。
ピンクのメガホンタイプのそう、拡声器である。
『エザル フィルディルガガルテリア ローグフォリス マバラーム!』
「エザル フィルディルガガルテリア ローグフォリス マバラーム!」
エルグリンデの魔導師たちの表情が焦りに包まれ、それは恐怖となって伝播していく。
< この男は何をしようとしているんだ!? >
『シュラグシャイル ガルガガリス フォルガ ガリス ガガ カッ カリエスタ!』
「シュラグシャイル ガルガガリットガリガリ がりがりくん カッカッカカチカチ カリエスタ!」
まさに全神経を集中した嫌がらせ邪魔攻撃である。
単なる決まりきった復唱ではなく、詠唱思考へ干渉を強める働きをもたらす、極めて邪魔で脳内にこびりつく音韻や単語を挟み込んだ。
一人、また一人と言の音の呪い儀式のバックラッシュによって爆発し吹き飛ばされていく。それが新しい焦りを産み、既に30名ほどいたエルグリンデの半数がバックラッシュで詠唱不能状態に陥っている。
『バルフォス キルガリア キスフォール キギルゲリム!』
「バルフォス キチキチバッタ キスギスギス ギッタンバッタン!」
拡声器呪道具を使った光平の詠唱妨害はその間隔をさらに狭め、より効果的な干渉刺激を瞬時に判断し組み上げていく。しかも軟口蓋摩擦音と歯茎破擦音、/キ/と/ チ/、しかもイ列で側方化での歪みも加えやすい干渉刺激を混ぜる妙である。
干渉ターゲット音を口の形や視線呼吸などの情報から瞬時に見抜き、詠唱文節の勉強で培った知識を基に干渉音節を同時思考で組み上げ表出していく様は人の限界を超えていたのかもしれない。
アルシャークの集中も限界に近く、そして沸き起こる疑念。
(まさかこいつ!
音だけじゃなく口の形、
動き、
呼吸のリズム、
視線、
全てを見て感じ取って 詠唱即時復唱、
いや同時復唱に近い詠唱妨害をしているのか!?
一度も聞いたことのない呪文をか!?
それは人に可能なのか!?
お、俺はもしや一番警戒しなければいけない男を野放しにしていたというのか!?)
光平の選んだ干渉刺激によりまた3名が吹き飛んだ。
異常ともいえる光平の反応処理速度にフィーネは狂喜し、クライグたちには対抗魔法を唱えているようにしか見えない。
そして互いに極限の集中状態における、精神過渡段階の頂点においてそれは起こった。
『クラガス エッガミイル、ウルターレテ、ウん、こ!? 』
「クラガスうんこもれーて、うんこべっちょりうんこうんこ♪」
『『『 ぶっ! 』』』
トドメのうんこ替え歌である。
極度の緊張状態に放り込まれたこの下品極まりない言い回しが、詠唱者にもたらす影響は計り知れない。予測の範疇を超えた言語情報が脳にもたらす作用によりほぼすべての魔導師が堪えきれず緊張と【うんこ】との落差に噴き出して、残りはその余波で詠唱が途切れ誘爆するように吹き飛んでいく。
最も集中力に優れていたアルシャークでさえ吹き飛び、前歯が折れ髪が頭頂部まで焼け落ちて落ち武者のような姿で転がった。
「うんこもーれて~♪ きゃはははは!」
キョウとレインドは大ウケ、フィーネたちは想像を超えた流れにすてーんとこけている。
そして赤紫色の光に染まった邪神像はぶるぶると震え出すと、音もなくドロリと黒い液体となって溶けていく。バックラッシュ現象の余波が邪神像にまで及んだだろうか。
「きしゃまああ! なにをひたあああ!?」
混乱のまま転げまわるアルシャークに、あの貴公子然とした面影はもはや残ってはいない。
「はぁはぁ、みんなはキョウちゃんとレインド殿下をお守りしてこいつは私が相手をするわ! 」
呼吸が回復してきたフィーネの指示で皆が重い身体を無理やり引き起こしていく。
すぐさまヴァキュラはレインド王子たちに駆け寄り拘束を解き、躊躇せず王都方面へ脱出を図っている。さすがだとフィーネは唸った。この状況で最も優先すべきはキョウとレインドの安全を確保することだ。
ヴァキュラはフィーネたちが動きやすいよう、その責務を果たしてくれた。
そう、フィーネはまだ終わったと思っていない。
崩れ去った邪神像から何かが蠢くように形を成していく。
キースが思わず後ずさりし、冷や汗をだらだらと垂らしている。
「な、何が起きるってんだよ」
邪神像が溶けた黒い液体から湧き出した霧が集合し蠢き、巨大な黒い手を形作っていく。
そう何度か見たあの邪悪な黒霧手が、霧状から骨ばって肉が削げ落ちた巨大な手へと変貌を遂げており、既にさきほどの小型ドラゴンよりも大きな手の平に成長を遂げている。
霧ではなく実体となった手の禍々しさは、生命の存在を拒絶するような暴虐の念を放っていた。
今までの解呪時に現れていた黒霧手とは大きさも邪悪な粒子の密度も比較にならないレベルであり、周囲の刈り取った麦の根や木々が次々と灰となってく。
フィーネは光平の手を握りながら目の前で起きている現象と、アルシャークたちの企みが過去と現在が入り混じるような錯覚に陥っていた。
アルシャークが邪神像を使ってフィーネへ言の音の呪いをかけた。
それがきっかけで光平と出会い、今の自分がある。
愛しい人と出会わせてくれたのが呪いという皮肉。
あんなに悔しかったのに、恨んだのに。
今はどうでもいい。
「まあいっか。先生と出会えたんですから」
あまりにも場違いな希望に満ちた輝く笑顔に光平は改めて魅入られていた。
「フィーネさん、君はいつも、いつも明日は明るい日だって思わせてくれますね」
「はい! だって明日も先生と一緒にいたいから!」
希望と絶望の相克がそこにはあった。
黒紫色瘴気の如き黒呪詛の大手と、明日への希望を二人で掴もうと微笑みあう男女。
フィーネと光平は暖かい光に包まれながらはっきりと声を聞いたのだ。
” 愛しき大地の子らよ。
希望と慈悲と勇気を持って邪を滅するのです。
フィーネ、聖賢の力を今ここに”
「聞こえたよフィーネさん。あの時の女の子の声だ、ニル・リーサ」
「やはり先生は大地母神ニル・リーサさまがお遣わしになったのですね」
急激に周囲の気温が下がり大地が凍てつき凍り始め、わずかに残った麦の根が干からび枯れ果て刈り取られた麦畑の大地が灰色に腐り始めていく。
『 ニクイ……ニクイ…… 』
やがて指の一本一本がぐにゃぐにゃと変形を始め、指の腹に嘆きの亡霊たちのような顔が無数に浮かび上がり始めていく。
オオオォーン、オオオーン! 亡者の叫びが大地を穢し、その崩れかけた手の皮膚が剥がれ落ち、スケルトンやゾンビ、グールなどのアンデッド、邪悪な闇ムカデなどに変化していった。
武器を取り戻したキースとクライグたちが守るべく切りかかってくれているが、多勢に無勢。
エルグリンデの動ける魔導師たちは慌てふためきながらも、仲間たちを引き摺って逃げ去って行く。
アルシャークは光る頭頂部を揺らしながらハイハイで距離をとろうと必死のようだ。
「フィーネさん」
「はい、見ていてください先生。私に与えられた役目を今こそ果たす時。
邪悪なる黒呪詛の大手よ!
あるべき世界へ帰りなさい! 今こそ二つの力を一つに!
唸れ魔導の力、祈れ奇跡の力!
シャグデュラン フォースキルゲイグ シルヴァリオン!」
黒呪詛の大手はとフィーネと光平を奈落の底のような無数の眼窩から赤い光を発し睨みつけると、大地を汚染し侵すような大蜘蛛のごとくゆっくりと距離を詰めてくる。
クライグとキースはなんとか二人を守ろうと近づくが、奴の瘴気によって現れた邪霊たちにも邪魔され近づけない。
クライグが風の魔剣で切り裂き、クライグがファイアボルトで蹴散らしてはいるが完全に壁を作られてしまっている。
「兄貴! 姉さん!」
「逃げてくれおっさん!」
嘆きの叫びが周囲に次々とアンデッドを出現させ、振り抜いた爪の斬撃が近くの城壁を豆腐のように切り裂いた。
二人の叫びが邪霊共の嘆きの悲鳴にかき消されていくが、フィーネの手を握る光平の思いは不謹慎にも高揚していた。
”
どうして好きな人の手はこんなに尊くて、いとしくて、色んな優しい気持ちが流れ込んでくるみたいで、幸せになるんだろう。
眩く輝くフィーネが神々しくて、なんてかわいいのだろう。
そう場違いな気持ちはフィーネにも優しい思いとなって流れ込み心に溶けていく。
二人の明日を紡ぐためにも、どうせ先生はまた気付かずにもやもやするんだろう。
でもね、今の私にはね、そのもやもやな気持ちさえ愛おしくて仕方がないの。
だって好きだから、大好きだからこそ感じられる気持ちでしょ?
”
大切な人を思う気持ちが、明日もあなたの笑顔を見たいと思う純朴で純粋で、あたたかい思いが魔力を収束させ高めていった。
「聖賢魔法! シャイニングノヴァ!」
神聖魔法と魔導の力が融合し、奇跡の高熱収束魔法がここに発動する。
『 ! 』
まさに掴みかかろうとしていた黒呪詛の巨大な手に神聖爆発呪文シャイニングノヴァがさく裂した。
眩い輝きと激しい爆発と振動、優しく広がる光の波動。邪霊とアンデッドも巻き込み、その邪悪な指や手のひらを眩い光の力と、魔導の呪文の力で消し飛ばしてく。
粉々の塵として、超高熱によって吹き飛ばされた肉片すら灰となっていた。黒呪詛の大手は聖賢魔法により一撃で葬り去られたのだ。
何度も呪詛核となって現れた黒霧の手の本体ともいえる黒呪詛の大手は、白い粒子になって四散していった。
『ウェパブリード、フォードマードライブライド、シュレグファーイス』
邪神像が赤紫色の光を放ち始めている。
空は黒く染まり渦を巻き、邪悪な魔力が満ち満ちてきているのを光平でさえその肌で感じ始めていた。
窒息呪文の影響が少なくなってきてはいるが、まだ起き上がることができないクライグやフィーネの思いが胸に突き刺さる。
僕は何もできないのか。DAFを命がけで守っていれば!
詠唱妨害ができていればなんとかなったのに!
悔恨と己の無力さへの怒りがこみ上げる。
みんなを守りたいのに!
明日を明るい日だって、そう思えたのに。
負けてたまるか。
湧きあがる反骨の炎。
『 エルシュザール! ホバラホバラサバファクタリア シュゲルアゲル……』
あれ? さっきも詠唱していた呪文……内容、その次は
『フォゲル ショーグ エグライル』
「フォゲル ショーグ エグライル」
「「!?」」( 先生が復唱をしている!?)
光平の聴覚が、聴覚野が、脳の聴覚言語領域が異常な活動を始めていた。
磨き上げ研鑽し、積み上げてきた聞き取りと復唱能力がこの危機に際しアドレナリンの過剰分泌とも相まって限界を超えた処理を始めている。
『ファルマファルマ ホゴライアル エザルカイア フィルグレス』
「ファルマファルマ ホゴライアル エザルカイア フィルグレス」
(間隔が短くなっている!?)
光平は道具袋にあったベリダ製の別の呪道具を取り出す。
ピンクのメガホンタイプのそう、拡声器である。
『エザル フィルディルガガルテリア ローグフォリス マバラーム!』
「エザル フィルディルガガルテリア ローグフォリス マバラーム!」
エルグリンデの魔導師たちの表情が焦りに包まれ、それは恐怖となって伝播していく。
< この男は何をしようとしているんだ!? >
『シュラグシャイル ガルガガリス フォルガ ガリス ガガ カッ カリエスタ!』
「シュラグシャイル ガルガガリットガリガリ がりがりくん カッカッカカチカチ カリエスタ!」
まさに全神経を集中した嫌がらせ邪魔攻撃である。
単なる決まりきった復唱ではなく、詠唱思考へ干渉を強める働きをもたらす、極めて邪魔で脳内にこびりつく音韻や単語を挟み込んだ。
一人、また一人と言の音の呪い儀式のバックラッシュによって爆発し吹き飛ばされていく。それが新しい焦りを産み、既に30名ほどいたエルグリンデの半数がバックラッシュで詠唱不能状態に陥っている。
『バルフォス キルガリア キスフォール キギルゲリム!』
「バルフォス キチキチバッタ キスギスギス ギッタンバッタン!」
拡声器呪道具を使った光平の詠唱妨害はその間隔をさらに狭め、より効果的な干渉刺激を瞬時に判断し組み上げていく。しかも軟口蓋摩擦音と歯茎破擦音、/キ/と/ チ/、しかもイ列で側方化での歪みも加えやすい干渉刺激を混ぜる妙である。
干渉ターゲット音を口の形や視線呼吸などの情報から瞬時に見抜き、詠唱文節の勉強で培った知識を基に干渉音節を同時思考で組み上げ表出していく様は人の限界を超えていたのかもしれない。
アルシャークの集中も限界に近く、そして沸き起こる疑念。
(まさかこいつ!
音だけじゃなく口の形、
動き、
呼吸のリズム、
視線、
全てを見て感じ取って 詠唱即時復唱、
いや同時復唱に近い詠唱妨害をしているのか!?
一度も聞いたことのない呪文をか!?
それは人に可能なのか!?
お、俺はもしや一番警戒しなければいけない男を野放しにしていたというのか!?)
光平の選んだ干渉刺激によりまた3名が吹き飛んだ。
異常ともいえる光平の反応処理速度にフィーネは狂喜し、クライグたちには対抗魔法を唱えているようにしか見えない。
そして互いに極限の集中状態における、精神過渡段階の頂点においてそれは起こった。
『クラガス エッガミイル、ウルターレテ、ウん、こ!? 』
「クラガスうんこもれーて、うんこべっちょりうんこうんこ♪」
『『『 ぶっ! 』』』
トドメのうんこ替え歌である。
極度の緊張状態に放り込まれたこの下品極まりない言い回しが、詠唱者にもたらす影響は計り知れない。予測の範疇を超えた言語情報が脳にもたらす作用によりほぼすべての魔導師が堪えきれず緊張と【うんこ】との落差に噴き出して、残りはその余波で詠唱が途切れ誘爆するように吹き飛んでいく。
最も集中力に優れていたアルシャークでさえ吹き飛び、前歯が折れ髪が頭頂部まで焼け落ちて落ち武者のような姿で転がった。
「うんこもーれて~♪ きゃはははは!」
キョウとレインドは大ウケ、フィーネたちは想像を超えた流れにすてーんとこけている。
そして赤紫色の光に染まった邪神像はぶるぶると震え出すと、音もなくドロリと黒い液体となって溶けていく。バックラッシュ現象の余波が邪神像にまで及んだだろうか。
「きしゃまああ! なにをひたあああ!?」
混乱のまま転げまわるアルシャークに、あの貴公子然とした面影はもはや残ってはいない。
「はぁはぁ、みんなはキョウちゃんとレインド殿下をお守りしてこいつは私が相手をするわ! 」
呼吸が回復してきたフィーネの指示で皆が重い身体を無理やり引き起こしていく。
すぐさまヴァキュラはレインド王子たちに駆け寄り拘束を解き、躊躇せず王都方面へ脱出を図っている。さすがだとフィーネは唸った。この状況で最も優先すべきはキョウとレインドの安全を確保することだ。
ヴァキュラはフィーネたちが動きやすいよう、その責務を果たしてくれた。
そう、フィーネはまだ終わったと思っていない。
崩れ去った邪神像から何かが蠢くように形を成していく。
キースが思わず後ずさりし、冷や汗をだらだらと垂らしている。
「な、何が起きるってんだよ」
邪神像が溶けた黒い液体から湧き出した霧が集合し蠢き、巨大な黒い手を形作っていく。
そう何度か見たあの邪悪な黒霧手が、霧状から骨ばって肉が削げ落ちた巨大な手へと変貌を遂げており、既にさきほどの小型ドラゴンよりも大きな手の平に成長を遂げている。
霧ではなく実体となった手の禍々しさは、生命の存在を拒絶するような暴虐の念を放っていた。
今までの解呪時に現れていた黒霧手とは大きさも邪悪な粒子の密度も比較にならないレベルであり、周囲の刈り取った麦の根や木々が次々と灰となってく。
フィーネは光平の手を握りながら目の前で起きている現象と、アルシャークたちの企みが過去と現在が入り混じるような錯覚に陥っていた。
アルシャークが邪神像を使ってフィーネへ言の音の呪いをかけた。
それがきっかけで光平と出会い、今の自分がある。
愛しい人と出会わせてくれたのが呪いという皮肉。
あんなに悔しかったのに、恨んだのに。
今はどうでもいい。
「まあいっか。先生と出会えたんですから」
あまりにも場違いな希望に満ちた輝く笑顔に光平は改めて魅入られていた。
「フィーネさん、君はいつも、いつも明日は明るい日だって思わせてくれますね」
「はい! だって明日も先生と一緒にいたいから!」
希望と絶望の相克がそこにはあった。
黒紫色瘴気の如き黒呪詛の大手と、明日への希望を二人で掴もうと微笑みあう男女。
フィーネと光平は暖かい光に包まれながらはっきりと声を聞いたのだ。
” 愛しき大地の子らよ。
希望と慈悲と勇気を持って邪を滅するのです。
フィーネ、聖賢の力を今ここに”
「聞こえたよフィーネさん。あの時の女の子の声だ、ニル・リーサ」
「やはり先生は大地母神ニル・リーサさまがお遣わしになったのですね」
急激に周囲の気温が下がり大地が凍てつき凍り始め、わずかに残った麦の根が干からび枯れ果て刈り取られた麦畑の大地が灰色に腐り始めていく。
『 ニクイ……ニクイ…… 』
やがて指の一本一本がぐにゃぐにゃと変形を始め、指の腹に嘆きの亡霊たちのような顔が無数に浮かび上がり始めていく。
オオオォーン、オオオーン! 亡者の叫びが大地を穢し、その崩れかけた手の皮膚が剥がれ落ち、スケルトンやゾンビ、グールなどのアンデッド、邪悪な闇ムカデなどに変化していった。
武器を取り戻したキースとクライグたちが守るべく切りかかってくれているが、多勢に無勢。
エルグリンデの動ける魔導師たちは慌てふためきながらも、仲間たちを引き摺って逃げ去って行く。
アルシャークは光る頭頂部を揺らしながらハイハイで距離をとろうと必死のようだ。
「フィーネさん」
「はい、見ていてください先生。私に与えられた役目を今こそ果たす時。
邪悪なる黒呪詛の大手よ!
あるべき世界へ帰りなさい! 今こそ二つの力を一つに!
唸れ魔導の力、祈れ奇跡の力!
シャグデュラン フォースキルゲイグ シルヴァリオン!」
黒呪詛の大手はとフィーネと光平を奈落の底のような無数の眼窩から赤い光を発し睨みつけると、大地を汚染し侵すような大蜘蛛のごとくゆっくりと距離を詰めてくる。
クライグとキースはなんとか二人を守ろうと近づくが、奴の瘴気によって現れた邪霊たちにも邪魔され近づけない。
クライグが風の魔剣で切り裂き、クライグがファイアボルトで蹴散らしてはいるが完全に壁を作られてしまっている。
「兄貴! 姉さん!」
「逃げてくれおっさん!」
嘆きの叫びが周囲に次々とアンデッドを出現させ、振り抜いた爪の斬撃が近くの城壁を豆腐のように切り裂いた。
二人の叫びが邪霊共の嘆きの悲鳴にかき消されていくが、フィーネの手を握る光平の思いは不謹慎にも高揚していた。
”
どうして好きな人の手はこんなに尊くて、いとしくて、色んな優しい気持ちが流れ込んでくるみたいで、幸せになるんだろう。
眩く輝くフィーネが神々しくて、なんてかわいいのだろう。
そう場違いな気持ちはフィーネにも優しい思いとなって流れ込み心に溶けていく。
二人の明日を紡ぐためにも、どうせ先生はまた気付かずにもやもやするんだろう。
でもね、今の私にはね、そのもやもやな気持ちさえ愛おしくて仕方がないの。
だって好きだから、大好きだからこそ感じられる気持ちでしょ?
”
大切な人を思う気持ちが、明日もあなたの笑顔を見たいと思う純朴で純粋で、あたたかい思いが魔力を収束させ高めていった。
「聖賢魔法! シャイニングノヴァ!」
神聖魔法と魔導の力が融合し、奇跡の高熱収束魔法がここに発動する。
『 ! 』
まさに掴みかかろうとしていた黒呪詛の巨大な手に神聖爆発呪文シャイニングノヴァがさく裂した。
眩い輝きと激しい爆発と振動、優しく広がる光の波動。邪霊とアンデッドも巻き込み、その邪悪な指や手のひらを眩い光の力と、魔導の呪文の力で消し飛ばしてく。
粉々の塵として、超高熱によって吹き飛ばされた肉片すら灰となっていた。黒呪詛の大手は聖賢魔法により一撃で葬り去られたのだ。
何度も呪詛核となって現れた黒霧の手の本体ともいえる黒呪詛の大手は、白い粒子になって四散していった。
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長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
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伊賀海栗
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