幻想世界のセラピスト ~言の音の呪いと聖賢の乙女~

鈴片ひかり

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サマリー6 伝音性難聴

邪悪な足音

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 帰宅したものの、光平はずっと耳と中耳、内耳の解剖図を描きながら頭を悩ませていた。フィーネもそれに付き添い解呪方針について二人だけの会議が開始される。

基本方針は第一段階の解呪、そして第二段階である解呪後の黒霧もしくは黒霧手対策になる。

「大きい声で話せば聞こえているので、内耳や有毛細胞は無事だと思うんだ。中耳も耳小骨に影響はないと思いたいけどあいにく確認手段が限られている。本来ならって言い方はもうしないほうがいいと思うんだけど、聴力検査ができない状況でどう対応すればいいんだろう」

 ベリダの店を訪れたのは聴力検査機器の完成に僅かな期待をしたのだが、かなり無理な注文であったので逆に迷惑をかけてしまっていると反省していた。

フィーネが入れてくれたお茶とお土産にもらった高級菓子を食べながら、会議というより光平の独り言を必死にメモする少女との図と表現したほうが適切であろう。

「つまり耳の穴を鼓膜まで開通させてしまえばいいのですね?」

「えっと、そう! そうなんだよ。手術などはもちろんできないし、治癒呪文では鼓膜が過形成されて蓋を広げるだけになってしまう、鼓膜を減らす方法があればいいんだけどな」

「先生、つまり余分にできた皮膚を削るというか減らすような呪文であれば対応できますか?」

「え? そんなことできるの?」

「治療系呪文の一つに傷跡の盛り上がった部分を削ってならす? 平らにする? みたいな呪文があるんです。重い怪我では傷跡が残るケースがあるもので」

「なるほど、審美(しんび)系の美容呪文なのかな。その話、詳しく聞かせてもらいたい」

フィーネは思わずうれしさで跳ねてしまったことを瞬時に恥じた。困っている人がいることを忘れていたからだ。あのレインドという繊細で優しい目をした王子を助けてあげたい。

 「局所的に皮膚を分解して削る呪文なんだね」

「はい、ただやりすぎると痛みを伴うのでやりたがる治療術師はほとんどいないんです」

光平の言いたいことが伝わってくる。

だが彼は悩んでいる理由を察し、その奥に潜む優しさにフィーネは胸の奥に熱を帯びるのが分かった。

「私ならやってみせます」

「あ、ごめん。なんだか僕が無理に言わせてしまったみたいだ。何もできないな僕って本当に……」

「光平先生はすごい人です! 魔法を使わず多くの人たちの人生を救っているんです、私だって私だってもっと先生のお役に立ちたいから立てるんです! ちゃと自分に出来ることだっていう冷静な自己フィードバックは出来ています!」

「そうだったね、ごめん。うん、じゃあ成功率を上げるために準備をしようか、正常な鼓膜の形状と内部を良く観察するためのあの道具を調整して精度を上げてみよう!」

「はい!」

いつものように遊びに来たクライグの古傷を実験台にするなどして、いつまでも音無ハウスの明かりは消えなかった。


 翌々日、再び姫と王子が滞在しているヒルディス侯爵家の館へ向かった。

さっそくヴァキュラさんが出迎えてくれたが、いつもは冷静沈着な彼女の表情が重く険しい。

階段の途中、彼女は光平たちに深く頭を下げるのだった。

「姫様もかなり抵抗したのですが断り切れなかったようです。以前診察に訪れた連中が手柄を奪われるのではと危機感を持ったようで、つい先ほど訪れてレインド殿下に治癒魔術を施したいと……」

「くっ……レインド王子の未来より己のメンツが大事なのか」

「先生、ヴァキュラさん急ぎましょう」

 フィーネの発言には怒気が滲んでいることからも、相当嫌な目にあったという魔導学院の人間も関わっているのだろうか。

 駆け足で王子の居室に入ろうとすると、宮廷魔術師の副官が入室を制止する。

「どこの者か? ここは貴様らのような下賤な輩が気安く入って良い場所ではない!」

居丈高な態度と、やたら豪華絢爛なローブと杖を持っている。

見ただけで嫌味な奴だと嫌いになりそうな光平だったが、すぐにヴァキュラが怒鳴りつける。

「ここはヒルディス侯爵の館なるぞ! 貴様ら宮廷魔術師の権限が及ぶ場所ではない!」

「中に王族がおられるのだ、勘違いするなよこの売女め!」

「私はレシュティア姫の護衛侍女ヴァキュラ! 姫様がここにおられる光平殿とのお約束があるそこをどきなさい! それとも姫様のお約束にケチをつけるつもりか!」
「……ちっ!」

 舌打ちをしながら嫌そうにドアから離れる宮廷魔術師の副官たちを、ヴァキュラが殺意を持って睨みつけている。

フィーネの脳裏に浮かんだのは、これは政治案件に利用されてしまたっという怒りだ。

中に入ると仰々しい衣服を身に着けた偉そうで禿げたジジイ共が、我の魔術こそ最も効果があると自慢大会を繰り広げている。

思わず醜悪な自己顕示欲の放つヘドロにも似た臭気に、吐き気すら込み上げてきた光平だった。
「光平殿!」

救いを求めるようにレシュティア姫がレインドを側に抱き寄せながら駆け寄ってくる。

「申し訳ございません、私に彼らを拒否する発言力がなかったのです……」

「私のことなどより重要なのはレインド殿下と姫のお心です」

こそこそとした会話で姫に取り入ろうとする下賤な者どもの会話が気に入らなかったのか、リーダー格のでっぷりと超えた50代の男が声を張り上げた。

「これはこれは巷で噂の言の音の呪いを解いて回っているという、詐欺師と元聖賢の乙女ではないか」

下卑た笑いが広がり、まるで王子の部屋に汚物を巻き散らしているかのような外道な行為に見えてしまう。

「光平先生は私にかかった言の音の呪いを解呪してくれました!  ソーエグリクス フォルドギース!」

ぱっと光の玉が複数浮かび上がると、回転しながら天井の明かりに融合する。

「魔導学院の教授に聞いたが、恐らく呪文が使えぬように演技していたのであろうということでした。そうでありますな、トランバルス教授!」

「トランバルスですって!?」

60代の白髪頭に鉤鼻の男が一歩進み出る。瞬間的にフィーネが光平の腕にしがみつく。

魔導学院でうけた仕打ちはこいつのせいかと、光平の視線が鋭くなる

「元、聖賢の乙女フィーネか、今では詐欺師の客寄せパンダとは随分と落ちぶれたものよのう」


 フィーネは心を落ち着けようと、光平の手を握った。恥ずかしさよりもこの場を堪えることが重要と考えたからだ。

光平も思いに応え、ぎゅっと握り返してくれる。大丈夫、この人が側にいてくれるならどんな屈辱も痛みにも耐えることができる。



最初に絡んできたデブは宮廷治療師のモダール、そして取り巻きに囲まれて長い顎鬚を撫でているのが宮廷魔導師フォーベル。

白いローブに突き出た腹を押し込んでいるのが大地母神神殿の特級治療師のイルミス、そしてあの宿敵とも言える魔導学院教授のトランバルス。

 ヴァキュラの説明で理解できたが、魔術業界の膿みが勢ぞろいといったところだと逆に感心する。

姫はヴァキュラに支え守られながら寝具脇の椅子に腰かけ、ベッドの上で毛布をかぶって隠れている王子について無頼の客たちは誰も見向きもしようとしない。

フィーネがどう切りだすか、そう頭を巡らせていた矢先、すっと手を離した光平が前に進み出る。

「あの、みなさんどういう御用でここにいらしたのですか? 僕はこれからレインド殿下や姫様と約束があるのでお話しがしたいのであれば別室でどうぞ」

予想通り、無数の罵声や怒鳴り声が光平に襲い掛かる。

無礼だの身の程をわきまえろだの、メンツや威張り散らすことだけにしか関心がないようだった。

「では別室でケース会議を実施しましょう。お互いの持つ見解を参考にレインド王子の呪いを解呪することが目的ですのできっとご協力いただけるはずです」

「その提案に賛同する、皆は別室でその会議に参加せよ。第二王女レシュティアの命である!」

痺れるほどにかっこいい。奴らは渋々不満を垂らしながら円卓状の机が設置された会議室へと案内されたのだった。


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