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サマリー1 音無光平

異世界

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 光平が目覚めたのは堅く腰に響くベッドの上であった。

その様子を見た女性職員、看護師? が何やら男性を連れてきたのだが……ロードオブザリングなどのファンタジー映画で見たことのあるような鎧を身に着け、腰には剣を吊り下げていた。

演劇鑑賞会で倒れたのか? とも思ったがその男は乱暴に光平を立たせると離れた場所にある個室へと連行したのだった。

そこには似たような、それよりも高そうな鎧や大仰な衣装を身に着けた居丈高な男が座れと顎で命じる。

「お前が異世界から流れ着いた稀人(まれびと)であることは分かっている。さあ名前を教えるんだ」

異世界? 稀人? なんのことだと思考する暇もなく、衛兵が槍の石突でゴンゴンと足元を叩きせっついた。

逆らうだけ無駄だと思った光平は素直に応じることにする。

「音無光平です」

「おとなし、こうへい とな。稀人の名前は面倒だな。ふむふむ、魔法適正どころか魔力もゼロ、剣術や槍術も才能がなし、多少知力がましなぐらいか」

魔力? 魔法? 剣術だって? 光平も男の子ではあるので憧れがあるというか、もしかしたらというドキドキがあったが、ものの数秒で適正ゼロという診断にがっくり来ていた。

目の前で水を出したり、魔法の光や書類を整理する呪文などが日常動作のように繰り広げられている。
まるでホグワーツだ。

「おいお前、何か役に立つ知識や技術はないのか? 医術や医学・薬学の知識については常に求めているらしいぞ」

「あ、多少の医学の知識はあります。主に言語障害関連ですが」

「は? 言語? そういうのは王立治療院の奴らに聞いてみるといいだろう。今日中に連れて行って手続きしておけ……まああそこなら飯も出るしとりあえず生きていけるだろうよ」

意外と優しい人なのかもしれない。

 光平はお礼を言うと部下の乗る馬車に押し込まれ、混雑した通りを抜け高台にある施設へと連れてこられたのだ。

そこから約一週間。

魔法無しの肉体労働が光平を待っていた。

 すぐにへたばるかと思いきや、毎日数回のブンバボーンやぱわわっぷ体操をこなしてきた光平である。基礎体力はまあまあのもの。もちろん、あいう体操は最も得意とし 『園長先生、え!?』のポーズには定評があるのだ。

子供相手は体力が勝負というか、体力があって初めて土俵に立てるみたいな面があるのは事実。

そのため施設のおばちゃんたちから珍しい黒髪と噂もされたが、次第にお茶の時間におやつをもらったりと徐々に距離が縮んできたのを感じる。

 ここは異世界にあるラングワース王国の王立治療院。

ほとんど白人系の外見で、たまに黒人系の肌の人や頭に獣耳のついた人を見かけるも話すとみんな普通の穏やかで優しい人々であり、光平に気遣いをしてくれる人が増えていった。

 みんなは魔法を使って日常業務をぱぱっと片付けているが、光平は洗濯物の入ったカゴを運んだりベッドメークをしてみたりと、それなりに疲れる仕事である。

気味悪がって近づかない人も多かったが、仲良くなったおばちゃんたちは何かと世話好きな人が多かった。今は比較的余裕のある時期らしく、光平の衣類や寝具などに洗浄魔法というとても便利な呪文をかけてくれたりもする。

 素直に喜んでびっくりする姿がおもしろいらしく、色んなおばちゃんが世話焼きに訪れた。

子供に好かれるタイプの光平ではあったが、マダムキラーとしての一面も備えておりお婆ちゃんからはとても好意的にみられることが多い。
 便利な世界だなとも思ったが、連絡通信関連の魔法は魔導バトという伝書バトの親戚みたいな方法が主流でありまだまだ発展の余地がありそうではある。

文明レベルは中世から近代ヨーロッパ程度で、ファンタジー作品の街並みがイメージに近いと思われた。

魔法を除けば、食器や衣類、家具など、中世時代よりは魔法加工の影響で洗練された物が多いようには思う。上下水道は魔法建築で整備されているらしく、日本並に清潔感を感じられる都市に見える。
行きかう人々の表情は豊かで活気のある経済が回っているという印象を受けた。

 だが火薬や銃の気配はなく、魔法という別の文明技術が発達した世界というのが光平の観察によるところだった。

 数日に一回ほど、軍から派遣された管理官であるキースという青年が、稀人である光平の状況を確認しにやってくる。

不穏な行動はないか、役に立つ技術を発揮してはいないかなど、眼鏡をかけた神経質そうな男だが、困ったことはないかと一応気にかけてくれていた。

 光平は以前よりも活き活きと仕事をしていることに、ある日気付いた。

ここに来てもう二週間ほどになるが、三食ありつけるし、なによりここでは死にたくなるような無実の醜聞に苦しむこともなくそれを知る者もいない。

常勤についてあれこれ悩み、将来設計を考える必要もない。少なくとも今のところは。

 若干の精神的余裕が出てきたことで、治療院近くの森へ散歩に出たときのことだった。

この世界の森は、見たこともない草花が観察できる。

風によって蝶が羽ばたいているかのように花弁を揺らす花々や、木の幹にガラス様の光る筋が入っていたりと何時間見ていても飽きない生態が街の近くでさえ見られるのだ。

 これが夜になると、木々や花々が発光し遠目には夜空が地上に降りてきているような幻想的な空間を描いてくれる。

夜は魔物が出るのであまり外へは出ないようにと釘を刺されているが、窓から眺めるこの景色を見るだけでもこの世界に来た価値があったとさえ光平には思えてならない。

 そんな休憩時間の散歩時、見慣れぬ少女が唄のような、いや呪文詠唱? の練習をしている姿を見かけるようになった。

この世界の言葉は、何の因果か日本語そのもので光平の使う言葉がほぼすべて通じるというご都合主義な世界である。

 だからこそ、あの子が練習している言葉が聞き慣れないものであることから、魔法の呪文ではないかと思ったのだ。

 すぐに帰るつもりだった。


だが光平の足は大地に縫付けられたかのように動けなくなっている。

金縛りでもない。
恐怖でもない。

心の襞に染み込むような、清水にも似た音色が優しく胸に響いていく。

「なんて綺麗な声なんだ」

 呪文の詠唱をしているのだろうか? ひと際大きな大木の後ろ側にその人はいるはずだ。

好奇心は猫を殺すというが、光平の聴覚印象がこの声の主を見てみたい。会ってみたい、もっと声を聞いてみたいと思わせていた。

プロであるからより耳が鍛えられ、綺麗な声に対して余計に惹かれてしまうという習性が染みついてしまっている。

ニュース原稿を読むアナウンサーの発音でさえ、微妙なものが多いと分かるほどの耳をしているせいもあった。


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